78.覗き見
サマエルと関係を持って、三日が経った。
すぐにラミエルたちが帰ってくると思っていたが、予想以上に日にちが経つ。
「じゃあ、今日は……そこのバスケットにあるものよ」
「あぁ」
ベッドの上で、サマエルは指をさすが、そこにはお菓子や、質のいい果物など、贅沢品が入っている。俺はそれを分けてもらっていた。
この地下の暮らしでは珍しい……いや、そもそも地下でなくとも俺のような底辺階級の労働者ではありつけないようなものだ。
「これで、十分ね?」
「あぁ」
あの日から、レネが寝静まった頃を見計らって、サマエルが俺を起こしにくるようになった。
サマエルの要求どおりに、男女の交わりをこなせば、こうして報酬として贅沢品をサマエルは分けてくれる。
「はぁ、昨日より良かったかも……」
サマエルは、はしゃいだようにして、俺の首筋に口づけをする。
彼女は、言ってみれば純粋で、単純だった。
「サマエル。もう今日でおしまいにしないか?」
「どうして? 気持ちいいんだもの。続けないと損よ」
純然たる性欲という欲求に従って動いている。
その根源的な欲求を満たすために、彼女は多少のなりふりは構わないのではないかと思えてさえくる。
「他に恋人を見つけてくれ。お前くらい綺麗なら、簡単に見つかるだろ?」
「えっ? だって、毎日毎日、気持ちよくなっていくのよ? 私、わかるもの……明日は絶対今日よりすごいって……。ここで変えたらきっと一から……いいえ、あなたほど手慣れてる相手は珍しいでしょうから、マイナススタートってこともありうる」
「俺はそんなんじゃない……」
ほとんどが無理やりだ。俺がすすんで関係を持ったのはガブリエルくらいのもので、他に言えばウリエルのときは、なにが起こったのかいまだに理解しきれていない。
他の女性経験といえば……前世……。
やたらと男女の営みに面倒な手順を要求する女性と付き合っていたような気がしたが、よく思い出せない。
――なぜかラファエルの姿が思い浮かんだ。
「はぁ……。明日が楽しみだわ……」
うっとりと目を輝かせて、サマエルはそう言う。ラミエルが来たらどうするつもりなのかはわからない。
俺は諦めて、話を合わせることにする。
「明日ってことは、今日はもういいのか?」
「そうね。もう前菜からデザートまででお腹いっぱいって感じ。疲れて動けないし」
サマエルは俺に抱きつきながらそう言った。
ラミエルのように何度も要求してこないだけマシだろう。ほっとできる。
「大丈夫か?」
「……少し飲み物がほしいかも」
「わかった。持ってくる。すぐそこだろ?」
「いいの……? いってらっしゃい」
そうして俺は、ベッドから出て部屋の冷蔵設備に置いてある液体の入ったボトルを手に取る。振り返って、サマエルにボトルをみせる。
「これでいいか?」
「ええ」
ベッドへと持って戻った。サマエルはそれを受け取って、口に含む。
アンドロイド用の液剤なのか、甘ったるいような少し嫌な匂いがした。
「溢れてる」
タオルで、飲み終わったサマエルの口もとを拭ってやる。
「ん。ありがとう」
お礼を言ったサマエルは、そのままに俺に抱きついてくる。
とても安心しきったように、彼女は俺に体重を預けてくる。そんな彼女の頭を俺は優しく撫でる。
終わった後、サマエルは決まってこうしてだらだらと甘えてくる。
落ち着いた時間だった。
今さらだが、動いた後の熱のこもる感覚がある。
俺は視線を窓へと向ける。
「サマエル。少し暑いから、窓でも……――っ!?」
そこには、信じられない光景があった。
「どうしたの……? 窓が……えっ!?」
サマエルも、そちらを向くが、俺と同じように言葉を失ってしまっている。
「お前は……」
子窓から覗く影がある。
その人物のことを俺は知っている。透き通る氷のように青みがかった髪に、青天の空のように青い瞳を持つ少女。
「ばれた?」
「サリエル……」
本来ならば首都にいるはずのアンドロイド。大天使。そのはずの彼女が、子窓から俺たちの情事を覗いていた。
「……っ」
次の瞬間には、鍵が弾けて窓が開く。
サマエルは、ベッドから降りて、武器を手に取ろうとする。
その間にも、サリエルは窓に身体を捻り込んで、こちらへと侵入してくる。
ここで、無防備で、なんの準備もできていない今、サリエルと戦えば、負けることは目に見えている。
サマエル一人、ラミエルのいない状況で、戦ってはいけない相手だ。
なにか……なにか……手は――、
「抜けない……引っかかった……」
サリエルは、上半身こそ窓の内側に入り込めたようであったが、腰が窓枠につっかえ、それ以上、進んで来れない様子だった。
小さい窓だ。人が通ることは想定されていないからだろう。
「……武器が……。足腰が……うぅ、動けないわ……」
サマエルは、ベッドから出たはいいものの、床に転がっている。武器のある場所に手を伸ばしてはいるようだったが、届いてはいない。
動くことに支障があるほど、消耗してしまっていたのだろう。
「…………」
気が抜けるような光景だった。
とりあえず、サマエルを助け起こして、毛布を被せる。
「あ、ありがとう」
「サリエル。なぜ、お前がここにいるんだ!」
「サリィは、サリィの役目を果たす。そのため」
解釈を一つに絞ることのできない答えだった。
サリエルの役目といえば、真っ先に思い浮かぶのが、現在の体制に逆らう邪魔者の排除。だが、もしかしたら、そうではない可能性も考えられる。
「いったい、いつからそこにいた?」
「最初から、ずっと。サマエルは死んだ魚だった」
「死んだ魚?」
サマエルは、首を傾げる。
サマエルにとっては聞き慣れない言葉だったのだろう。
「男の人にされるがままで、自分から動かない女のこと」
「……? そういうものじゃないの? 気持ちよくてなにもできないし……」
そんな答えを無視して、サリエルはこちらへと顔を向ける。
「甘やかしすぎ」
彼女は無表情だった。表情を変化させる機能が存在しないのかと思うほどに最初から今まで、一貫してニュートラルな表情のままだ。
「別に俺は、サマエルに何かしてほしいわけじゃない」
対価はもらっているが、無理に付き合わされているようなものだ。サマエルにそういう態度になられても、困るというのが正直なところだった。
対等じゃない。下手になにかをされても、拒めずに辛くなるだけだろう。
「恋人というのは、互いに思いやって、絆を育むもの」
「私たち、恋人じゃないわ。体の関係があるだけ」
サマエルは、俺の左手を両手で握ってそう言い切った。うっとりとした目をしている。
最初の夜からサマエルは、俺との距離感を肌と肌との触れ合いが普通におこなわれるくらいまでに近づけていた。レネがいるところでは、生きた心地のしないくらいの距離感だ。
「……変なの」
無表情にサリエルは呟く。
サマエルは、体だけの関係と言っていながら、心の距離もグッと寄せてきている。他人と他人では考えられないほどの距離で、はたから見てもそれはわかりやすかったのだろう。サリエルは不思議に思っているようだった。




