75.好奇心
「ん? 帰っていたのね」
拠点に戻ると、まずサマエルと出くわした。
「あぁ、レネは?」
「寝てるんじゃないかしら? 昨日、あなたが帰って来るのを起きて待っていたから……限界が来て、今はぐっすりね」
「そうか……」
昨日は、ガブリエルと楽しくデートをしていたわけだ。その間にも、レネがそんなふうに待っていてくれたことを考えると、心が痛む。
なにか、埋め合わせをしてあげられないか……咄嗟には思い浮かばないから、後で考えることにしておく。
「正直、あの子のあなたへの執着は凄まじいと思うのだけれど……」
「レネは家族だから。ずっと一緒にいるんだ」
ただ、俺はレネとは考え方が少し違う。レネは俺と一緒にいたいようだけれど、俺はレネが幸せであるならば、レネが遠くに離れていようとそれで俺は満足だった。
「まぁ、いいわ」
あまり納得できていないようだがサマエルは、話を打ち切る。聞いてはみたものの、それほど興味がないことだったのだろう。
彼女は、戸棚の横の隠し収納を開けると、中から銃を取り出して弄り始める。
「ラミエルは……」
「まだ帰ってきてないわ。ウリエルも……」
外せない用事があると、ラミエルとウリエルは出かけていた。
久しぶりのラミエルがいない時間に、俺は心が休まる思いだ。ただそれは束の間で、帰ってきたときのことを思うと、またラミエルとの生活が始まるのかと思うと、今からでも気が重い。
「そうか……」
「あ、そっちの工具箱、取ってくれない?」
「あぁ、これか?」
近くにあった工具箱を彼女へと渡す。
受け取ったサマエルは、黙々と銃の手入れを始めてた。
なんとなく、気まずい。
サマエルとは、それほど交流が深いわけではない。その上で、ウリエリでの作戦の失敗あたりから、彼女の態度が少しよそよそしかった。
「そうだ。私のこと抱いてくれないかしら?」
そう言った彼女の目線は、作業をする手元にあった。
かちゃかちゃと、銃の部品同士で擦れる音がよく響く。
「……っ、どうしたんだ?」
「戦いにいけば、運がなければ死ぬわけだし。そういう経験もないまま死ぬのは少し遠慮したいと思ったのよ」
分解された銃身を覗きながら彼女は言う。
そのままに武器の手入れを淡々と進めている。
「いや……だからって、どうして俺に頼むんだよ……」
「だって経験豊富そうだし。ちょうど、ラミエルもいない、あなたの妹さんも眠っているでしょう? さっさと済ませましょう」
サマエルは、銃を組み立て直す。
がちゃがちゃと乱暴で、あと少しなにか間違いがあればたちまちに壊れてしまいそうな、そんな嫌な音がする。
「ラミエルにバレたらまずいだろ。いや、絶対バレる。ずっと思ってたが、サマエル。お前……嘘、下手だろ?」
「ラミエルは優しいもの。見ないふりをしてくれるわ」
組み立て直して完成した銃を、サマエルは満足そうに見つめていた。
「好きな男でも別に作ればいい」
「だれかを好きになったりとか、そんな気分じゃないわ。それに、あなたは少し……私の初恋の人に似ている気がするの」
組み立て終わった銃を彼女は握る。トリガーへと指をかける。
そうして、なぜか彼女は俺の方に向けて構える。
俺は両手を挙げて降伏の姿勢を見せ、後ろに下がる。
「そもそも、俺に利益のない話だ」
「そうね。私にも考えがあるわ」
彼女は、そのまま銃の引き金を引いた。
火薬が爆破し、弾が放たれる。銃声が響く。俺の頬を弾が掠めた。
振り返れば、壁に穴が空いている。鉄骨にぶつかったのか、弾は壁に突き刺さったまま、壁の向こうへと貫通はしていないようだった。
彼女は、驚いたように、自分の手に持つ銃を見つめている。
そうして青い顔で、俺に頻りに謝ってきた。どうやら、点検のための空砲のつもりだったらしい。
そうはいえども、空砲だろうと、至近距離で当たったならば、ただではすまない。今はそれなりに距離があったが、それでも人に向けるのはまずいとわかるはずだ。加えて、さっきのように間違えて弾の出る万一があることも忘れてはならないだろう。
そんな心がけを、彼女は知っているはずだが、どうしてか衝動的に行動してしまうのがサマエルだった。
「はぁ……」
「とにかく、私を抱くことに、あなたに利点のない話というのなら、そうね。じゃあ、あなたにはこれをあげるわ」
彼女が取り出したのは、赤い臓器のような形の機械だった。
「なんだ、それは?」
「『スピリチュアル・キーパー』。機能の停止していたガブリエルの抜け殻を捌いて、取り出したわ。あなたなら、使えるでしょう?」
「いや、どうだろうな」
この形は見たことがない。けれども、『スピリチュアル・キーパー』を使えれば、大天使に対して大きな戦力になる。試してみて損はないだろう。
あぁ、ガブリエルに頼らずに、俺だけで戦えるなら、それが一番だ。
「抱いてくれたら、これ、あげるわ」




