73.逢引き
「ん……」
「あぁ、起きたかい?」
ベッドの中、隣にガブリエルがいた。
裸で、実際に触ってみると、柔らかな肌の弾力がある。ガブリエルが、幻覚ではないということは、ここは夢の続きなのだろう。
「おはようで、いいか?」
「うん……。んぅ……」
軽く口づけをする。
俺たちはそういう関係だから、なにもおかしなことではなかった。
「ていうか、あざだらけじゃないか?」
肩や首筋、胸なんかにも、ぽつぽつと……というか、背中には、抱きしめた時の腕の跡のような、ひどいアザがある。
「昨晩は貪るように愛されちゃったからねっ」
「それでも普通はこんなふうにならないだろ……」
「まぁ、真相は、そういう跡が付きやすいボディってことなんだけど」
今までのやりとりがなんだったかと思うほど、やすやすと、ガブリエルはそんなことを言ってのけた。
そのままにベッドから降りると、鏡の前で、自分についたあざを確認している。
「不良品……だったのか?」
「ふふ……こういうのいいじゃないか。君が愛してくれた証拠ってことでね」
自分についたあざを見ながら、彼女はニヤニヤと頬をだらしなく緩めていた。その気持ちは、俺にはよくわからない。
俺はベッドから降り、服を着る。
多分、昨日と同じものだ。ここはホテルで、ガブリエルとのデートに、着替えを持っては出かけなかった。
「ガブリエル。胸元とかなら隠れるからいいけど、首筋のそれは無理だろう?」
「ん、そうだね。ボクは誰に見られても構わないけど。むしろ見せつけたいくらいさ」
鏡の前で、服を着て、髪を整えながらガブリエルはそんなことを言う。
彼女がそういう考えに至るということは、なんとなく予想がついた。
「俺は……そういうのは恥ずかしい」
「ふふ。それじゃあ、これをボクにつけてくれないかい?」
彼女が俺に差し出したものは、チョーカーだった。少し太めで、これならたしかに首筋についたあざも少しは隠れる。
「ああ、別にかまわない」
「それじゃあよろしくね」
受け取って、彼女の首に巻く。柔肌に、簡単に手折れてしまいそうな、少女のか細い首だった。優しく、緩く、なにかの間違いでも首を絞めてしまわないようにと心がけて、そうして留金をはめる。
「大丈夫か? 苦しくないか?」
「大丈夫さ。それじゃ、行こうか」
ガブリエルは愛おしげに、首に巻かれたその飾りを軽くつまんで引っ張って、鏡で見つめながらそう言う。
なにか忘れていないか確認をして、部屋から出る。
すると、ガブリエルは、少し小さめのキャリーケースを持っていた。
「その荷物……」
「ん? 服だよ。昨日着てたボクのとキミの。このケース自体は先に預けておいたわけだし」
「あぁ、俺が持つよ」
「じゃあ、任せようか」
「これくらいは、しないとな……」
たしかに今俺が着ている服は、昨日から着ていたにしては皺も汚れもない。
ガブリエルは、いつもいつも用意がいい。
チェックアウトも、手早くガブリエルが済ませてしまった。
二人で並んでホテルの外に出る。
朝だというのに、それほど明るさがないのは、ここが地下の世界だからだろう。
太陽の波長を模した電灯が照らしているとはいえ、限りのあるエネルギーだ。地上ほど明るくはしていられない。
「昨日は楽しかったな……ぁ」
「久しぶりのデートだったもんな」
ガブリエルとのデートはいつぶりだっただろうか。
記憶をたどると、遊園地に行ったのが最後だったような気がする。
「あぁ、きっとまた当分は無理だろうね……」
寂しそうに彼女は言う。
そんな彼女の横顔を見つめて、またすぐにでもと俺は思った。しかし、そういうわけにはいかない事情が……たしかあったような気がする。
ふと、こちらに向けるような誰か男の声がする。大切なことを思い出しかけるような、その思考を掻き消していく。
「……あ……! お前は……!!」
「……ん?」
声の方へと振り向く。
そこにはどこか見覚えのあるような男がいた。
「お前は……たしか新入りの……。そうだ……! ラルだった……!」
「ん?」
「俺だ……! ザックだ! 物資調達のとき一緒だった!」
「あぁ」
ガタイの良い、いかつい男だった。物資調達といえば、ラファエルの襲撃だが、あのときの仲間に、たしかこの男もいたはずだ。
「それで、そうだ! ジェイクを見なかったか? 最近、あいついないんだ。ほら、あれだ……神がなんたらって、言ってたやつで……」
「あ……」
「何か知ってるのか! 急にいなくなっちまったから、心配でな……」
ガブリエルの方を向く。
その男なら、覚えがある。俺を刃物で刺し殺したのはその男だ。あれはガブリエルに唆されてだったはずだ。そういえば、その後どうなったかは知らない。
「いや、そうだな……」
「うん、そうだね。その男のことなら、諦めた方がいい。追及はキミの命を縮めることになるだろう」
「ていうか、お前は……アンドロイド?」
ガブリエルを見て、男は眉を顰める。
俺は男とガブリエルの間に割り込むように身を乗り出す。
「よくわかったな」
「人間にしては顔が綺麗すぎるだろ。アンドロイドはよく見てるからな。というか、そのアンドロイド、どうした? いや、お前がそういう趣味なのはわかるが……大丈夫なのか? 起動して」
「大丈夫とは、なんのことかい?」
ガブリエルは、俺の腕を掴んで、組むと、ぐっと体を寄せてくる。密着する。
俺は少し困って、ガブリエルの顔を見つめる。
「なにやってるんだ?」
「恋人アピールさ」
「…………」
なんとなく、ガブリエルのやりたいだろうことは察しがついた。
男を見れば、やれやれと肩をすくめているようだった。




