72.多数決
「そうだ。ワタシからも……一夫多妻の婚姻の形を提案したいんだ。今、データを送った」
送られてきたデータは、婚姻関係を管理するコンピュータのシステムの処理をどのように変化させるかの詳細だった。
そんな新しいプログラムの細部を語ればキリがないが、大雑把に言えば、ラファエルの言ったとおり、組み込めば一夫多妻の形が公的に認められるようになるものだ。
「おー! わらわは賛成じゃ!」
「いや、反対ですよ。なにを考えているんですか?」
「うん。ボクも反対だね」
「楽しそうです。サリィは賛成します」
「反対かしら……ぁ。メリットがないわ」
「反対……」
どうやら、票は出揃ったようだ。
「うーん。賛成三票。反対四票か……。惜しかった。事前に誰か抱き込んでおくべきだったか……」
一票の違いで、こんな改正案がまかり通ろうとしたこの会議に俺は慄いた。
彼女たちのさじ加減次第で世界の全てが決まってしまうのは、知っている。だが、それが行われる気軽さを見て、俺は自らの足もとが容易く崩れる薄氷の上であるかのような、危うさを覚えてしまった。
「ボクからは、そうだね……。現在進めている……銀河間移動路の計画だ。あれは流石に無謀がすぎる。リソースを減らした方がいい」
「え? それに、あなたが口を出すのかしら?」
「何もやめろと言っているわけではないさ。今は、別のことに力をそそいだ方がいいんじゃないかい?」
「……反対」
まず意見を言ったのはミカエルだった。
「サリィも反対」
「わたくしも……いえ、そうですね……賛成しましょう」
「ワタシも賛成だ。急ぎすぎる必要はないと思うからな」
「む……これは……棄権じゃ。わらわは棄権する。わらわはこの計画に関わってはおらぬから、当事者に任せておくべきじゃろうて……」
「ボクが賛成だから、反対二人、賛成が三人……なるほど……あとは、キミの判断に委ねられたってわけだね?」
「……そうねぇ」
視線の先には、未だ俺の出会ったことのない女性がいる。
彼女はたしか――、
「この世にあるほとんど全ての自律知能の母とも呼べるキミだ。さぞかし、ボクらのためになるような現実的で素晴らしい判断をしてくれるのだろう。あぁ、勘違いをしないで欲しいのだけれど、ボクもボクら人類の大いなる発展を願っているよ? 身を切るような思いさ」
「よくもぬけぬけと……!」
睨みつけられて、ガブリエルはやれやれと首を振った。
ガブリエルはよく、本心と悟られないように、本心をこぼす。なぜか裏があるような言い方をする癖があった。
「で、君はどちらを選ぶんだい?」
「……っ。賛成するわ……ぁ。えぇ、無理をして進める計画ではないことはたしか……それでも……くっ……」
「勇気ある判断に感謝するよ」
どうやら、ガブリエルの思い通りにことが運んでいるようだった。
とはいえど、銀河間の移動というのは夢のある話に思える。それを、断念してしまうのは、前に進むことを諦めるようで、あまり喜ばしいことではなかった。
「規模の縮小、ということですよね? 完全に撤退というのなら、話は別ですけど」
「うん。そうだね。これからのプランを練ろうか」
「どうせ、お前のことだ。皆の納得できるような着地点を用意してあるんだろう?」
「まあね」
あらかじめ、彼女の用意していたであろうデータが皆へと配られる。
その内容をみなで吟味して、最初に口を開いたのはウリエルだった。
「最初にこれを配らなかったということは、どれほど反対されるかで、いくつか妥協案も用意してあったじゃろう?」
「いやいや、忘れていただけだよ。最初にこれを配った方が話が早かったかな」
「抜け目のないやつじゃの」
ガブリエルは、段取り良く進める。
隣の――俺たちのいる銀河は、質量の大きい銀河であるため、小さな銀河……伴銀河が惑星のように付近を周回しているが――伴銀河への道を作るというだけでも数十万年という規模の計画だった。
その見通しを修正した計画を、ガブリエルは提出していた。
「百万年規模になるけど、まぁ、気長にやっていこう」
「サリィは認めないです」
「決まってしまったことだわ。受け入れるほかないの」
そう、少女は宥められる。
ただ、その言葉にも不満げな態度のまま、顔を背けるばかりだった。
「他に……こんなボク達が揃う機会は滅多にないんだ……通したい案がある者はいないかい?」
皆が顔を見合わせる。
これ以上、何かはないような様子だった。
「あ!」
そんな中、一人、ピンと姿勢よく手を高く挙げる女性がいた。
「なんだ?」
「サリィから一つ、いいです?」
「いいですけど……」
答えるラミエルは困り顔だった。なにか厄介なことを言い始めそうだと顔に書いてあった。
「あの人の居場所、教えてください!」
「それならワタシが教えよう!」
答えたのはラファエルだ。
ラミエルに、それにミカエルが渋面を浮かべる。ウリエルは愉快そうにことの成り行きを見守っていた。
「それは是非、聞きたいわぁ」
話を聞き、横から入る形で、間伸びをした口調の女性は身を乗り出してくる。
「ありがとう。先に退出します」
「え……っ」
そして、彼女は走り去ってしまう。
「あぁ、データを送ったんだ」
飄々とした態度をして、ラファエルは言った。
アンドロイドどうしなのだから、別に話して情報を伝える必要はない。量子的な暗号技術から、傍受は不可能だろう。
「ひどい、ママ、仲間外れなのね……」
「別にお前はワタシのママじゃないだろ……」
「じゃな……」
そうして、会議は終わるようだった。
同時に、意識が遠のく。
「…………」
「なにか、用かい?」
「別に……」
ミカエルが、じっとこちらを、ガブリエルの方を見つめていたのが、やけに印象に残った。




