67.同情をして
「お前たちの仲間が、堂々と陽の光のもとを歩ける世界になった! それなのに、お前は、こんな暗いところに引きこもりやがって……!」
「な、なぜじゃ……? なぜそれを……」
ひどく狼狽えたように、ウリエルは呟く。
自分でも、どうしてこんなことを言ってしまったのかわからない。ただ、言わなくてはいけない気がして、つい、言ってしまった。
「こんな暗いところから、引き摺り出してやるよ!」
だけれども、止まらなかった。
「ええい! お主になにがわかる!! 数多の罪なき敵を殺めて、それでもわらわに救いきれない同胞はたくさんいた。わらわと一緒にいないお前になにがわかる!」
翼が、その『焔翼』が展開される。
太陽と同じフレアだ。彼女が、感情のままに吐き出したからか、あたりはひどく明るく、まるで昼のように建物たちが照らされる。
この常夜の世界では、彼女が唯一の太陽だろう。
それがまるで皮肉のように思えてしまった。
「あぁ、知らないよ。俺は知らない。でも、そんな考え方は、お前が苦しいだけだろ……! それはわかる。よくわかる。だから、お前を救ってやりたい」
「そなたには、そんな資格はありはせぬ!」
「資格がなくてもだ!」
俺は、間違えてばかりだ。
二度と元には戻らない……この世の中は、非常で、決して、やり直すことなんてできない。
それでも、取り返せるのならばと、俺は叫んだ。
「もういい! 意識を奪う。そなたと話していても、時間の無駄じゃ」
彼女が構えたのは、非殺傷の電気式の銃だ。
もちろん、非殺傷と言っても当たりどころが悪ければ死んでしまうが、その武器を選ぶ彼女の優しさに苦笑する。
いま、俺は丸腰だ。そんな武器でも簡単に制圧できるだろう。
「すまない。借りる」
だから、撃たれる前に、どうしても近づく必要がある。
「……っ」
俺が近づこうとしたのを見て、彼女は立ち上がり、わずかに躊躇いながらもその銃の引き金を引く。
非戦闘時のサマエルのような、射撃能力の低さを期待したが、どうやらダメのようだ。
だが、あぁ、この距離なら、いけるだろう。
仕方なく、ケイ素で壁を作り、身を守った。
「全く、キミは人使いが荒いなぁ」
「『アストラル・クリエイター』……。なぜ、わらわはわらわの攻撃を……」
ありえない現象に、ウリエルは動揺を隠せずにいる。
その間に、俺は救難艇を走って登り、ウリエルへとまた近づいていく。
「どうした? ウリエル」
「く……っ」
今度は実銃を即座に作り、俺へと向ける。
「危ないな」
先ほどとは違い、俺との距離が近いままに生成が行われている。だから、対処は簡単だった。
その銃口を鉄で塞いでおけばいい。
「な……またっ……! わ、わらわの……わらわのじゃぞ!! どうして勝手に動いておる……!? いや……これは……『虹翼』!? まさか」
「そうさ! これが、ボクだけでは成し遂げられなかった『スピリチュアル・キーパー』のフルスペック! ボクたちの共同作業で初めて成し遂げられる! ボクだけじゃ、ボク以外がもつ兵器の使い方はわからないからね?」
単純な話だ。
ガブリエルの『スピリチュアル・キーパー』は、人やアンドロイドの持つ人格に影響を与える。
彼女たち大天使の兵器は、彼女たちの人格と大きく絡み合っているゆえに、こうして、『スピリチュアル・キーパー』で干渉を与えることで、こちらの望むよう、誤作動させることができる。
「それに……、これは未来の分岐が見えぬ……! どういうことじゃ……!? グリゴリ……グリゴリのシナリオじゃと……! グリゴリは、あのおなごと共にすでにもう……!」
その高い演算能力から、大天使は、あらゆる未来を並行して予測している。
だが、そのいくつも見えるはずの未来が、一つに収束してしまっているのだ。
「ウリエル……!」
ウリエルは、後ずさるが、救難艇から足を踏み外し、危うく落ちるところだった。
そんなウリエルを抱きとめ、支える。
「ひ、卑怯じゃぞ!! 前々から思っていたが、そんなふうに他人の未来を弄んで……!! 神気取りとは……っ!!」
ウリエルは、俺の服の裾を強く握った。
「そんな都合の良い力じゃない。しょせんは、できることしかできないし、できないことはできない。ちゃんと積み上げてきた今がないと、当たり前に失敗するんだ」
「あの娘子は、神気取りだったがの……」
「全く、『円環型リアクター』は貴重なのに、それごとだったからね。困ったものだよ」
誰のことを言っているかは、なんとなくわかった。
「……ぐっ……」
ウリエルは、『アストラル・クリエイター』を起動させて、なんとかこの状況を打開しようとしているが、その全てが失敗に終わる。失敗させた。
出来上がるのは、武器には使えそうもない金属の塊ばかりだった。
「ウリエル……! もう、いいだろ? お前は十分に頑張った」
「なぜじゃ、なぜ今になってなんじゃ……! ふざけるな! あのとき……、わらわはあのとき一緒にいてほしかった……! ずっと、一緒がよかったんじゃ! 一人で寂しかった……ぁあっ!」
そうやって、ウリエルは内心を吐露する。
何年にもわたる恨み節がこもっていた。
あぁ、わかる。
俺がウリエルに同情しているように、ウリエルは俺に同情をしていたんだ。
ウリエルには、その、自分で掴み取った力のおかげで、たくさんの同胞を迎えたが、ついぞ、ウリエルの苦しみを共有できる相手は現れなかったのだ。
「あぁ、だから大丈夫だ。今まで続いたお前の苦しみは、なかったことにはできないけど、これからは……これからはちゃんと、太陽の下を一緒に歩こう。きっとそれは、俺も同じだから……」
「そんなの、そんなのはダメじゃろ……わらわは、わらわはもう……。うぅ……。うぁああぁあ……! 」
泣いた。声を上げて、ウリエルは泣いていた。
子どものように、彼女は涙を流していた。そんな彼女を、俺は強く抱きしめる。
そして、ウリエルは『アストラル・クリエイター』を起動する。
それが攻撃でないことは、俺にはわかった。
俺たちを囲うように、壁ができる。今の姿を彼女は他の誰かに見られたくなかったのだろう。
「はぁ、キミってやつは……」
ガブリエルの嘆息が聞こえる。
彼女の力である『スピリチュアル・キーパー』との接続が断たれたことがわかった。
ウリエルが戦う意志を失った今、彼女の力がなくとも、もう大丈夫だ。心配いらない。
「ウリエル……」
「ひぐ……っ。まったく、お前様は本当に卑怯じゃ……。ん……」
そんな彼女は、俺に口づけを迫る。
そうして、俺たちは――、




