66.常夜の星
「うぐ……っ」
目を覚ます。
空には満天の星が輝いていた。
なにがあったのかは思い出せる。重力特異点に飲み込まれたのだった。
近くには救難艇が転がっている。放り出されたのか。
「やぁ、起きたかい?」
「あぁ、ガブリエル。散々だったな」
「全くだよ」
俺たちは重力特異点から、放り出されたわけだ。なんとか、助かっている。
重力特異点は、すでに存在を保つためのエネルギーを熱として放射し尽くして、無くなってしまっているようだった。
「あぁ、でも、どんな手を使ったんだい?」
「簡単だよ。疑似的な時間反転だ」
説明すれば簡単だろう。
一般相対性理論と量子力学の融合は、長年課題とされてきた。
そして、重力特異点に関する問題は、それが大きく関わってくるが、今はいいだろう。
重力特異点を、ブラックホールとホワイトホールの重ね合わせと考え、片方の性質を無理やりに引き出してやったまでだ。
「そうかい。ボクには理解の及ばない話かもしれないね」
「難しいことじゃない。ただ、予定と違うな……。お前に最後にとってもらった観測データで、ラミエルか、サマエルに、やってもらおうと思ったんだが……違うな。エントロピー的に自然に起こっていい現象じゃない。これは……誰だ?」
それは、俺の知らない誰かの意思によって、行われたように思える。
「……? 覚えていないのかい?」
その誰かを、ガブリエルは、どうしてか知っているようだった。
「いや、ちょっと待て……思い出す……」
「……!? ……っ?」
そんな俺を見てか、ガブリエルはなにか言いたげな、妙な表情をしていた。
「どうした? 言いたいことがあるなら、遠慮なんかいらないんだぞ?」
「えっと……キミはよく記憶を失うねっ」
「いや、最近は寝不足のせいか、意識がはっきりとしないんだ……たぶん、そのせい……というか、ガブリエル。寝不足なのはお前のおかげだろう?」
「やれやれ。これもまたグリゴリのシナリオか。いや、あるいは……」
そんな俺の弁明に対しては、肩をすくめて、意味深長にそんなことを呟く。
俺の言葉は届いていないように思えた。
「ガブリエル、それはそうと、あれからどのくらい経ってる?」
「大丈夫だよ。数分だ」
「そうか」
重力特異点による時空の歪みにより、特異点周りは時間の流れが違う。何十年と経っていてもおかしくはない。
救難艇の時空制御システムが役に立った形だろう。
それでもなぜか、半年ほどの時間を過ごしたような感覚だった。
「どうやら、無事のようじゃな?」
「……なっ」
大破した救難艇の上にウリエルは優雅に座っていた。
彼女はおもむろに脚を組んだが、同時に衣装がはだけ、ちらりと見える。
「さっきのは、わらわの大規模な攻撃の副産物じゃ。剥がれた地面はすでに修復を終えているゆえ、ここが崩れることはないぞ? わらわの『アストラル・クリエイター』の自動修復じゃな」
どうやら、あの重力特異点は、ウリエルの意図したものではないようだった。
「ラミエルは、それにサマエルはどうした?」
「飽和攻撃で足止めじゃ……。時間さえあれば、わらわにも、自律式の機械は作れる。とはいえど感情を持つようなAIは、わらわの領分ではないゆえ、単純なものにはなるが……」
無限に湧き出る弱い敵が、ラミエルには群がっているということか。
尽きない資源というのは、それだけで厄介だろう。
とはいえど、ラミエルも『円環型リアクター』を持ち、使えるエネルギーには限りがない。
ウリエルが、生成をやめている以上、いつかは突破してやってくるだろう。
「それで、ウリエル……お前はどうしてこんな星にいるんだ?」
「唐突じゃな……。ここでは、あらゆる物性を持った物質をつくっておる。恒星のエネルギーが扱いやすいこの場所が、一番に都合が良い。わらわの『円環型リアクター』でも、一度の出力では限界があるゆえ、人類全てに行き渡る分は作りきれんのじゃ」
「そんなに、太陽が怖いのか……?」
「……っ!?」
ここは恒星を囲う球殻の上。ゆえに、絶対に日が昇らない。
物資の面では、その場その場で、ウリエルは必要なものを作ることができるために、ウリエルは生活をここでだけで完結させているのだろう。
情報に疎いのも、それが理由だ。
暗い、こんな世界に、ウリエルは一人閉じこもっている。




