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65.〝天運の選定者〟


「ウリエル。そうだな。お前にこれを託すよ」


 一枚の紙を渡す。


「……これは?」


 簡単な暗号だったが、今の彼女ならば容易く解けるだろうと思う。


「そこに書かれた場所には……、あぁ、そうだな……()()()()がある」


「生命の実……? なにかの隠語か?」


 彼女は、俺の言葉に首を捻った。


「知恵の実は、もうここにあるだろう?」


 軽く、ウリエルの額を指でこづく。


「む……」


「神を超えろ。そして、お前の救いたい全てを救うんだ」


 彼女がこの『円環型リアクター』を手にすれば、世界に大きな変化が起こるだろう。

 それが、いいものか悪いものかは、まだわからなかったが、それでも彼女に託したいと思ったんだった。


「お前様は、ずいぶんと勝手なやつじゃの……」


 呆れたように、彼女はなじる。だが、その言葉には親愛の情が滲んでいるとわかる。


「じゃあな、ウリエル」


「まぁ、待て……。わらわは、お前様をここに監禁し続けることに決めた。ここから、そなたを出しはしない! 今、そう決めた!」


 きつい目で、ウリエルはこちらを見つめてくる。


「グリゴリ……」


「グリゴリに接続中……。 三……二……一……完了」


「ここから脱出できる新たなシナリオを追加してくれ」


「シナリオを追加中……五十パーセント……七十パーセント……九十パーセント……シナリオナンバ〇〇一八……オールクリア。現実世界に反映中。完了」


「ありがとう、アザエル」


「マスターの娘として当然のことをしたまでです。むふふん」


 どこかから声が聞こえてきた。

 ただそれは、俺にしか聞こえていない。ウリエルは、首を傾げてこちらを見つめるばかりだった。


「無理にでも、ここを出るよ」


「だ、だめじゃ……絶対に出さぬ……。出してはやらぬ……」


 ウリエルのその行動は、一種の感傷のように思えてならなかった。

 引き止めるためか、ウリエルは短い距離を一歩、寄った。


「危ないぞ?」


「なっ……」


 そして、なにもないところで転ぶ。

 そんなウリエルを、俺は抱き止める。


「そうだな……もう、俺がここを出る未来は決まってるんだ」


「……外には見張りの機械もある。鍵も頑丈じゃぞ……?」


「大丈夫だ。今のウリエルみたいになる」


「なぜじゃ? どういう力が働いておる?」


「今のウリエルには難しいからな。でも、いずれわかるときがくるさ」


 ウリエルは俺の服の裾をぎゅっと握った。


「……ときどき、ここを出た後も会ってくれぬか?」


 絞り出すように、彼女は言う。

 俺のことは止められないと、察してくれたようだった。


「……難しいんじゃないか?」


 彼女が活動を続ける限りは、そんな機会もなかなかに訪れないだろう。


「たまにでいいんじゃ。そういう約束がしたいのじゃよ……」


「あぁ、わかった。約束する」


 そんな願いのような約束を、俺には断る資格がなかった。

 それだけは、よくわかる。


「そうじゃな。別に、誰かと付き合うていても、結婚していても構わぬ。わらわはお妾さんで十分じゃ」


「そういうこと、言うか……?」


「わらわはおてんとさまに顔向けできるようなアンドロイドではないのだからの……」


 彼女は、自らのことを正義とは思っていなかった。

 彼女は善良な心の持ち主だと、よくわかる。泥を被るような思いで、今までやってきて、ずっと傷ついてきたのだろう。


 そんな彼女に、なにも言ってやることができない。


「妾とか、そういうのはどうかと思うんだが……」


 だから、つい違う話をしてしまった。


「能力の高い男というのは、女を複数囲うものではないのか?」


「いつの時代だ。男女平等だろう?」


「だが、男は戦って死ぬじゃろう。女が余るゆえ、そうと言ってはいられんはずじゃ」


 もう、大規模な戦いは避けられない。

 わかっている。

 これから、たくさんの人が死ぬことになってしまうだろう。


「あぁ、ウリエル。また会おうな」


「あぁ、さらばじゃ。達者でな……!」


 そうして、ウリエルとは別れたのだった。

 心は鉛のように重かった。


「マスター、マスター」


「なんだ? アザエル」


「グリゴリに新たなシナリオを追加しました」


「アザエル。またオンラインカジノでもやるつもりなのか? だったら、俺はお前の教育を見直さなくちゃならない」


「シナリオナンバ〇〇一九。マスタは重力特異点から脱出し、ウリエルとの戦い、今日伝えられなかった言葉を伝えられます。心残りが果たせます。勝利をおさめます。これは決まった未来です」


「……なっ」


 俺自身は、すでにあったこの時のことを、見て、感じているだけで、干渉はできない。心臓が、鼓動を早めたような錯覚を覚える。


「ね、マスター……!」


 はっきりと、その声は、この時ではない俺の存在を、認識しているものだった。


「これがアザエルか……彼女には……過去も未来も……時間という概念がないという話だったけれど、恐ろしいね」


 幻影のガブリエルの、そんな声が最後だった。


 俺の意識は、弾かれるように、ずっと遠くへと……、

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script?guid=on 一気読みするなら ハーメルンの縦書きPDF がおすすめです。ハーメルンでもR15ですが、小説家になろうより制限が少しゆる目なので、描写に若干の差異がありますが、ご容赦ください。
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