64.造られる兵器
「今まで、量子力学じゃ、波動関数を扱ってきたが、粒子っていうのは生成されたり消滅したり、するわけだ。そういうのを扱うには、今までの量子力学に手を加えなくちゃならない」
「……ここまでやって、まだ足りないのじゃな……」
場の量子論へと足を踏み入れていく。
「こうやって、永年項を消すんだ」
摂動論を近似的に扱う際、本来なら小さくなるべき値に時間がかかり、時間が経てば経つほど、近似もとの関数から大きくずれてしまう現象があった。
それを防ぐための操作が繰り込みだ。
「おぉ……なかなかにこすいのぉ。して、どうやって、そのための方法を見つければよいのじゃ?」
「経験と勘だ」
「なんじゃ曖昧じゃな」
全てに適応できるような、便利な方法があるわけではないのだから、仕方がないだろう。
自然というのは時に、理不尽で厄介だ。
「それでだ。いちいちこの摂動の項を書いていくのは面倒じゃないか?」
「たしかに、そうじゃが……」
「いい方法を教えてやろう? ルールを決めて楽しくお絵描き、だな」
そうやって、ダイアグラムを書き出していく。
そこから、そのダイアグラムと計算の対応関係を説明する。
「高度なことをやっているはずじゃが、知らぬ者がみればただの落書きじゃな……」
「まぁ、文字自体そんなものじゃないか?」
「それもそうじゃな」
今までと違う書き方にも、ウリエルはすんなりと慣れてくれる。
このダイアグラムを使って、いくつかの問題に立ち向かっていった。
「それで、電子と電子の相互作用だが、過去から光子を受け取るのと、未来から光子を受け取るのの重ね合わせだな」
「み、未来から受け取ってしまってよいのか……?」
「あぁ、重ね合わせにするから、心配いらない。計算してみるんだ」
「むむ……この光子は……この世に存在できるとは思えぬ……」
「あぁ、仮想光子だ。だから電磁気は仮想光子を交換することにより発生してるって考えられる」
さらには電磁気だけではない。他の力についても学んでいくことになる。
「……グルーオンは光子と同じく、質量がないのじゃな……。だから、色力は無限に届く」
「だが、色荷を持つクォークは、閉じ込めの性質を持つ。一人では存在できない。理論上、力は無限に届くけれども、隣に必ず相手がいるから、そこまでしか発揮されない」
「一人では存在できない……か」
そんな自然の法則に、ウリエルはセンチメンタルな気分になっているように感じられた。
加えて、自然に存在するさまざまな素粒子の性質を語った。
そして、そこからは、最新の論文の内容を話すことになる。
現在おこなわれている研究や、発展途上にある理論。難解なものも数多くあったが、根気よくウリエルは向き合い、理解していった。
全ての内容が終わったのは、教え初めてちょうど半年経った頃になる。
「どうだ……?」
「これは……っ、悪魔の発明ではないか?」
彼女の言いたいことは十分に理解できた。
このレベルの機械になれば、情報処理に高度なAIが必要になる。
状況に合わせた判断が必要で、さらには非常に難解な計算をこなさなければならない。
「あぁ、このレベルの兵器ともなれば、搭載するAIは、必ず高い知性を……自我を持つことになる」
「…………」
「あぁ、そうだよ、ウリエル。誰かに兵器として生きる未来を強要しなきゃ、これは完成しない……! 兵器のパーツとして、自我を持つ誰かを組み込まなきゃいけないんだっ。これが広まれば、よりいっそ、お前たちのような存在が、道具として扱われることになるだろうなぁっ、ウリエル」
「な、ならばわらわが……わらわが犠牲となればよいなら、それで……」
「犠牲がお前だけで終わればいいけどな」
「…………」
彼女が自らを捧げることを許容したように、望んで、後に続くものがあらわれないとも限らない。
それを許すことができるならば、彼女は自らを犠牲になど言わなかっただろう。
そうだった。機械と人間が対立する流れが、もう取り返しのつかないところまで来ていたんだ。
ここに閉じ込められていた半年間でも、その流れはよりいっそ、強まってきているだろう。
だからこそ、自らの身を守るために力を求めることを、否定することはできない。
そして、彼女は優しかった。いや、この地獄のような現実でも、優しさを捨てきれなかったというべきか。




