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60.まずは初歩から


「これは、なんだと思う?」


「うーん? これはボクと別れてすぐ後くらいかな……? キミはこれからウリエルをその手管でたらし込むわけだね。全くボクというパートナーがいながらキミは……女グセが悪いったらありゃしないよ」


 少し、言葉には棘があった。そんなガブリエルの態度に、俺は少しだけ落ち込む。


「問題は、どうしてこんなものを見ているかだ」


 そうだ。俺たちは重力特異点に落ちたわけだ。こんなものを見る理屈がわからない。


「さぁね。重力は時空を越えるんだろう? このくらいは起こるんじゃないかい? まぁ、ボクは専門家じゃないから、よくわからないけど。力になれなくて申し訳ないかな」


「いや、謝ることなんてない。『スピリチュアル・キーパー』を完成させたのはお前だろう? それができるお前だから、意見を参考にしたかったんだ」


 ガブリエルの時空に関する理解はふんわりとしている。それでも、ガブリエルの洞察力を、俺は頼りにしていた。


「そうかい? まぁ、それはいいけど、これからウリエルとのイチャイチャが始まると思うから……」


「すまない……」


「別にいいさ。このときはボクと付き合ってたわけじゃないからね。少しくらいは嫉妬もするけど、目くじら立てるってことはないさ。重要なのは今だからね」


 ただ少しばかり茶化しはするけど、と、悪戯っぽく彼女は笑った。


 正直、彼女たちがなんなのかは、今の俺には理解しきれていない部分がある。

 俺の中では、彼女たちは物語の登場人物で、今生で出会う前は接点もなにもなかった。


 それでも、どこか懐かしさを感じるときがあるのはなぜだろうか。


 乱雑に部屋の戸が開けられる……そんな音に、考えが遮られた。

 見れば、ウリエルがまたこちらへとやってきている。


「いなかったぞ? お主が所望するようなやつはの……。わらわたちの中では、わらわが一番賢いゆえに、わらわが教わることにした」


「そうか……」


「それと、ご飯じゃよ? 大したものではないがのう」


 皿に乗せられていたのは、米を球形に固めたものだ。なんというか、形が悪い。


「あぁ、いただくよ」


 なにも言わずにそれを食べる。食べられればなんでもよかった。


「塩っけが強すぎたかと思ったがの……」


「あぁ、美味しいよ」


「ボクのときもそうだったけど、適当なことを言ってるね。味は感じられないだろうに……」

 

 呆れたようなガブリエルの声だった。

 なんとなく、苦労を滲ませるような、そんな雰囲気が感じ取れた。


「む……こういうのが好き、というのはいただけぬの? 塩分過多は身体に悪いじゃろ? これからは減塩生活じゃな」


「いや……あぁ」


 彼女の勘違いに、困ってしまう。けれども、このくらいのことは、仕方がないか。


 そんな俺の態度に彼女は笑った。


「くくっ。それでは、わらわにこの複雑怪奇な記号……いや、模様といった方が正しいやもしれぬ……この意味がわかるようにするというわけじゃな」


「あぁ、教えてやる。それで数学はどこまでできる?」


「かかっ、計算は得意じゃ。七十桁の四則演算すらわらわには可能じゃよ」


「まぁ、アンドロイドだからな。それで数学はどこまでできる? 関数についての理解はどのくらいだ?」


「待て……今、関数電卓のアプリをインストールしているのじゃ」


「これはダメだな……」


 中学生にも劣るのではないかと思うほどだ。

 その俺の呆れを感じ取ってか、彼女は憤慨したように俺に詰め寄ってくる。


「なんじゃ! 計算なんぞそこらのアプリに任せておけばよいじゃろう? 生活には必要ない!」


「まぁな。ただ生きていくだけなら必要ないだろう。でもその原理が理解できていないんじゃ、新しいものは作り出せない。俺たちが行きたいのはその先なんだ。便利な器具自体はいくらでも使えばいいとは思うけどな」


「ぐ……ではわらわはどうすればよい?」


 彼女の様子では、初歩の初歩からやる必要があるだろう。


「じゃあ、三角形の面積はどう計算する?」


「底辺に高さをかけて二で割るのじゃ!」


「同じ底辺、高さでも三角形の形はいろいろあるんじゃないか? どうして全部同じ面積になるって言えるんだ?」


「は……? なんじゃ、突然言われてものう……」


「紙はあるか? 説明する。あとハサミも欲しいな」


「待っておれ!」


 また彼女は駆けて行った。戸が勢いよく閉められる。

 と思った、すぐにまた戸が空いた。


「早いな」


「この部屋にあったのを思い出したのじゃ。これじゃ!」


 拷問器具だった。

 情報を出し渋っていたら、あのハサミでなにをされていたのだろうか。考えるだけでも恐ろしい。


 気を取り直し、渡された厳めしいハサミで紙を三角形に切り取る。

 さらに、その三角形を、底辺と並行になるよう千切りにする。


「これで完璧だな」


「なんじゃ? それは?」


「こう、頂点を高さが同じになるように、横にずらすだろう? 他の部分も、それについていかせて、新しい三角形をつくる。元の三角形と新しい三角形は、面積が同じだ。って、うまくいかないな」


「まあよい。言いたいことはだいたいわかった」


 手こずる俺を見ながらも、少し不思議そうにウリエルは言った。

 この考え方自体は、最初に三角形の面積を習ったときに教科書に書いてあるようなもので、特別なものではない。


 そこから、円の面積の話をして、その日は終わりになった。

 このペースで行っても、大丈夫かとも思ったが、一日は長い。彼女もこの授業を最優先にしてくれるようだから、それほど時間はかからないだろう。


 なにより、アンドロイドだけあって、彼女は賢いようだった。

 学ぶ機会がなかっただけ。そういう人間は多くいるものだ。


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script?guid=on 一気読みするなら ハーメルンの縦書きPDF がおすすめです。ハーメルンでもR15ですが、小説家になろうより制限が少しゆる目なので、描写に若干の差異がありますが、ご容赦ください。
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