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59.誘拐?

「わらわの名はウリエル! 驕り高ぶる人間どもに、裁きの鉄槌を下す者なり!」


 だんっ、と音を立てて、目の前の台に彼女は足を乗せる。

 同時に、彼女のふとももまでくらいだった衣装の裾が空気を孕んで広がった。もろに見える。とっさに目を逸らした。


「……なんなんだ、お前?」


「なんじゃ、つまらんの……。それほど心拍数も上がっておらぬ。たいぶ女慣れしてるようじゃな」


 グッと、俺の顎を折りたたんだ扇で持ち上げて、彼女は顔を近づけながらそう言っていた。薄紅色の綺麗な眼だった。


「お前は、いったい……」


「ふふん。心してきけ! わらわたちは、アンドロイドの優位性を世に知らしめ、その権利を確固たるものにするための組織じゃ。名はまだないし、人数も、まぁ、今回の作戦で三人くらいになってしもうたが、この苦難も貴様を捕らえたことで終わりじゃろう」


「そうか……」


 もともと何人いたかはわからないが、大したことのない組織なのだと確信した。


「それで、それでじゃ! そなたが最新の兵器の情報……門外不出な製造法を持っておるという噂を聞いたのじゃ! ふふ、そう頑なになっても、無駄じゃよ? これから、お主には生まれてきたことを後悔するような拷問をするつもりじゃ。早く吐くのが身のためじゃ」


「わかった。紙とペンを持ってきてくれ」


「ふふ、(じっ)(ぷん)ほど時間をやろう。その間に、お主が吐くと言うなら……」


「だから、紙とペンを持ってきてくれ。書くから」


「へ……?」


 この即断に、ウリエルは状況を掴めないでいるようだった。


「とっとと書くから早く解放してくれ」


 訝しがるようにウリエルはこちらの表情を覗いていた。


「まぁ、よい。ちょっと待っておれ。筆なら……おお、あったあった。ほれ、紙じゃ……! 素直に書くのが身のためじゃ」


「あぁ……。っ……書きずらいな……これ。絵を描くんじゃないんだぞ?」


「筆ペンじゃ。字を書くものじゃよ。わらわはいつも使っておる。まぁ、知らなくとも無理はなかろうて」


「……いや、わかった。コツなら掴めてきた」


 そうして、紙に式を記述していく。手錠はされているが、ペンを動かすくらいなら問題がない。

 特にその情報に嘘はなかった。


 兵器というのは、基本的に作り方を知っていても数人で作れるようなものではない。法律で材料が管理されていたり、精密なものの場合は、それを作るための機械を用意するだけでも莫大な金がかかったりする。


 彼女たちの目的は、手に入れた情報をどこかに売って、金を得るか、支援を取り付けるか、そんなところだろう。

 彼女の裏に誰かいるのだろうか、いや、考えても仕方がないことだろう。


「…………」


「よし、できた。早く解放してくれ!」


 じっと黙り込んで、俺が情報を書いた紙を彼女は見つめていた。

 なにか考えているようだった。


「残念じゃが、それはできぬ」


「どうしてだ! 約束と違うぞ! まさか……っ、殺すのか!? 用済みだから、俺を殺すって言うのか……!?」


「いや、そうではなくの……」


「なんだ?」


 眉を顰めて、彼女は困ったように、天井を仰ぐ。


「かつての有名な逸話じゃが……ある数学者が、神はいないと論ずる哲学者に、さほど難しくもない数学の式を見せて、これは神が存在する証拠だと言ったのじゃ。その哲学者は、数学の知識がないゆえに、論ずることができなくなり、その場から逃げ出してしまったという話じゃったな」


「うん? それなら、後世の作り話って聞いたが」


「その話が、真実かどうかはどうでもよいじゃろう。ともかく、わらわには知識がないゆえ、ここに書いてあることが、本当に正しいかもわからんのじゃ。そも、あっさりと書いたゆえ、とても怪しいというのもあるしのう……」


 たしかに、今の俺の態度ならば、そう疑われても仕方ないだろう。


「だったら、俺が合ってるってことは証明できないじゃないか? 誰か詳しいやつがいるなら別だが……」


「むむ……誰かまた攫ってくる……うーん? 今回の作戦で同胞をたくさん失ったわけじゃしなぁ……」


 考え込んでいるようだった。

 そんな彼女を見て、一つ、俺は提案をする。


「仕方がない。半年だ。半年で、これが正しいってわかるように、お前たちの誰かに教養をつけさせてやる。それが一番効率的だろう。そうしたら、解放してくれ……俺にはやらなくちゃならないことがある」


 たとえば、新しい理論を考え、論文を発表した際、それが正しいか査読されるわけだが、ものによってはそれが数年がかりにも及ぶ作業となることがある。


 この紙に書いた理論は複雑だ。専門家を連れてきたとしても、数日やそこらで理解できるとは限らない。


 俺が説明をするのが効率が一番いいだろうが、誰か攫ってきた外部の専門家を、俺と合わせることなんてできないだろう。

 特殊な記号を用いた方程式か、暗号文での示し合わせか、監視する人間にはわからないからだ。


 だから、ここに居る彼女たちのメンバーの誰かを、専門家に仕立て上げる方が、たぶん一番早い。

 この際、ここに書いてあることが間違ってないとわかればいいんだ。それほど大変なことではないだろう。


「そうとなれば……こちらで誰か用意しよう」


「あぁ、一番数をかぞえるのが、得意なやつで頼む」


「そんなやつおったかの……」


 科学、それに数学に馴染みがあるような、事前に知識がある人間の方が理解が早い。

 なるべく早くここから出るには、そう頼むしかなかっただろう。


「…………」


 部屋からウリエルは出ていき、俺は一人になった。

 一人、静かに紙に書かれた数式を見つめていた。


 このウリエルに捕らえられている自分は、今じゃない自分だと理解できる。

 一度、状況を整理する必要があるだろう。


「ガブリエル……! いるんだろう?」


 彼女もまた、重力特異点に、俺と共に落ちたのだった。


「あぁ、いるよ? なにか用かい?」


 幻影が目の前に姿を表す。

 相変わらず胡散臭い笑みを彼女はこちらへと向けていた。


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script?guid=on 一気読みするなら ハーメルンの縦書きPDF がおすすめです。ハーメルンでもR15ですが、小説家になろうより制限が少しゆる目なので、描写に若干の差異がありますが、ご容赦ください。
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