52.エンゲージ
「なぁ、これって、俺、行かなきゃか?」
「どうかしら? 行った方がいいかもしれないけれど、ラミエルの判断を聞いた方がいいでしょう」
「そうか、そうだよな……」
ラミエル、ラファエル、ガブリエルと、大天使と会った際には、ロクなことになっていない。
できれば、ウリエルと顔を合わせたくはなかった。
「あ、ここにいましたか」
「ラミエル。モニター越しにだいたいは把握してる」
「そうですか。では、説明はいりませんね。いきましょうか」
そうして、ラミエルは俺のことを連れて行こうとする。
「……本当に行かなきゃなのか?」
「ええ、ウリエルと戦わずに済むのなら、それに越したことはありませんから。目標はテレポーターですし、適当にやり過ごせれば最善です」
「そういえば、そうね。あなたをテレポーターまで連れて行けば即座にチェックメイトなのね」
確か、アニメでは、主人公たちはウリエルの猛攻から犠牲を払いつつも逃れ、テレポーターまで辿り着いたのだった。
しかし、テレポーターの座標が変えられていて、それを戻せる人間もいなかったために、目標とは大きく違う地点にテレポートし、作戦はほとんど失敗だった。
ただ、今はラミエルが味方だ。
アニメとは状況が異なっている。ラミエルなら、テレポーターの操作方法も知っているかもしれない。
「あ、サマエル。これを渡しておきます。これがあれば、トンネリングで壁を一枚抜けられるくらいの出力は出せると思いますから、もし、私の合図があったら、ウリエルの背後に奇襲をお願いします」
「ええ、わかったわ。気が利くわね」
ラミエルがウリエルから受け取ったばかりのカプセルから取り出したものを、サマエルに投げ渡した。
サマエルはそれを自身の『エーテリィ・リアクター』に取り付けて、満足げにしている。
「では、いきましょうか」
「あぁ」
少し機嫌の良いラミエルに連れられて、俺は宇宙船の外へと足を踏み出す。
出入り口のすぐそこには、仁王立ちと言えばいいのか、堂々とした様子でウリエルが待っていた。
「すみません。時間がかかりました」
「ふふん、よいよい。して、その男がラミエルのお眼鏡に適った男という――」
「…………」
ウリエルは、俺を見るなり言葉を失ってしまっていた。
同じような反応を、俺は一度見たことがある。
「――似ている……?」
そして、その呟きも同じだった。
身構える。それは経験則だろう。戦闘が起こる予感がした。
「どうですか……? わたくしの夫は?」
「趣味が……悪い」
苦々しげな表情をして、ウリエルは言った。
そうしてどこか弱ったように、ウリエルは頭を抑える。
「どうかしましたか?」
「ラミエル……。わらわはそなたのことを友だと思っている」
「え、ええ」
「じゃから、忠告をするが……今は亡きあの男に、その者を重ねているのであろう? で、あるなら、それは余りにも酷じゃ……。そなたらの幸せを否定する気はないが、目の前の者を見つめられないままであれば、きっと後悔をする結末となるじゃろうて」
真剣に、諭すように、ラミエルをウリエルは見つめていた。
「ふふふ、残念だけれど、ウリエルには真実を見透かす方法がないからね……こんなふうに間違ってしまう。仕方がないことさ、どうか怒らないでやってほしい」
ガブリエルだ。ガブリエルの言葉が俺の頭だけに響いていく。
ウリエル……彼女の言葉は、俺にとって納得のいくところばかりだった。
何度も、俺はそう思っていた。
しかしガブリエルは、全てを俯瞰したように、俺とウリエルの考えが正しくないと断言している。
意味がわからない。
「ウリエル。わたくしはこの人と出逢い、この人と過ごし、この人を好きになりました。ウリエルの言う、それはきっと、きっかけにすぎません。ですから、大丈夫ですよ?」
「ならば、いいのじゃが……」
「………」
ラミエルは、適当にウリエルに話を合わせたようだった。
ウリエルも、真剣に答えられたわけではないとわかっているのか、訝しげにじとっとラミエルを見つめていた。
「それでじゃ、お主、名は何という? どこの所属じゃ? ラミエルの配偶者ともなれば、わらわも少し気にかけてやらんこともないぞ?」
「ラル……。所属もなにも……俺はただの下級の労働者だ」
おかしいだろう。
ラミエルは大天使で、それと下級の労働者が結婚をしているなんて話は普通ならあり得ないはずだ。
「は……? これは、あやつのクローンではないのか? なぜ、そんなリソースの無駄を……」
「……?」
クローン……確かラファエルもそんなことを呟いていたような気がする。
この体は、その誰かのクローン体なのか……。
「なぁ、おぬしよ? 学問は得意ではないか……? 特に理論科学じゃ。目覚ましい才能があって、おかしくないはずなのじゃが……」
「あるわけない。俺のような人間は、誰でもできるような仕事しかできないから、下級の労働者なんだ。もし、才能があったら、もっといい仕事だってできたはずだ」
そういえば、ラファエルは、クローンと呟くと共に、何か計画が失敗だったとも言っていたはずだ。
もしかしたら、俺にウリエルが言うような才能がなかったからこそ、そのよくわからない計画は失敗と判断されたのかもしれない。
「……む。それはすまぬことを聞いたの……。じゃが、そうなると……」
ラミエルをウリエルが見つめている。
疑念を抱くような目をしている。
「なんですか? ウリエル?」
「ラミエルよ。脅して結婚したわけではあるまいな? 立場の違いを笠に、強いてはおらぬな?」
「……ウリエル。あなたは疑り深すぎです。友というのなら、もう少しわたくしを信頼してもいいのでは……?」
「む、そうじゃな……」
ウリエルの類推は間違っていない。ほとんど脅されたような状況で、婚姻を了承させられていた。
そして、今は仲間の敵であるはずの勢力に肩入れし、ウリエルをどうにかやり過ごそうとしているところだった。
「…………」
ラミエルの表情を窺うが、まるでいつもと同じで和やかな笑顔だった。焦りも動揺も罪悪感も、表にはない。
「して、じゃ……。ラミエルよ? そなたのスペースシップには、まだ誰かおるようなのじゃが、連れ子でもおるのか?」
「ええ、そのようなものです」
「ならば連れてくるがよい。わらわが面倒をみてやろうぞ。ハネムーンというのならば、二人でのんびりとするべきじゃろうて」
「……さすがに誤魔化しきれませんか……」
白い閃光が迸る。
合図は、俺にはわからなかった。彼女たち二人で決められたような何かが、今の一瞬にあったのかもしれない。
「くらいなさい!」
ウリエルの背後を取ったサマエルが、『白翼』を煌めかせながらも、銃撃を打ち込んでいく。
彼女の『白翼』によってだろうか、放たれた弾丸は、拳銃の弾丸とは思えぬ威力だった。
ハイエンドモデルであるはずのウリエルの肩口を穿ち、大きくその部品を弾けさせる。




