51.ハネムーン?
「そうだ、サマエル……ラミエルは……?」
「あぁ、ラミエルなら……」
「サマエル! お疲れのようでしたから、寝かせておいて差し上げましょうと言ったのに……。ここのところ、あまり良く眠れていなかったようでしたし」
「時間は有限よ! 無駄にすることは許されない。だいたい、このプライベートなスペースシップだって、あなたが滞りなく移動するためのものでしょう? ラミエルの一秒は、平均的な人間にとっての一年……いえ、十年くらいの価値があると言ってもいい。だからこそ許される特権……これを自覚してないはずないわ!」
強く言い切るサマエルに、ラミエルは少し顔を顰めた。
「ですけれど、今は、わたくしには優先するべきことがある。本当に大切なのは愛する人ですから」
こちらに目配せをしてラミエルは言った。
その様子で、完全に調子を取り戻していることがわかった。
「なんにせよ、まぁ、仲が戻ったのならよかったわ」
「…………」
よくないと、サマエルに視線でそう訴えるが、完全に無視を決め込まれてしまった。
「さぁ、もうすぐ着陸よ! 準備しなさい。準備」
「準備か……」
一応、装備をしての移動になるか。
自衛手段くらいはと、武器を用意するけれど、扱いは通常時のサマエルより少しマシなくらいだ。
戦闘面はラミエルにサマエルに任せきりになるだろうから、俺は完全に足手まといになるだろう。
「この船は隠しましょうか……船内部にある『セレスティアル・スプリッター』で、電磁気反応を消失させて……あっ」
「ん、どうした?」
「ウリエルから連絡が来ました。出迎えるから準備しておけ、とのことです……」
「え、大丈夫なのかよ、それ?」
「盛大に歓迎してくれるのかしら?」
サマエルは『白翼』を展開し、今すぐにでも戦う気でいるようだった。
「待ってください。ウリエルはあれで情報に疎い……単に出迎えをするだけの可能性もあります。まずは、わたくしだけで様子見をした方がいい」
「そうなの? なら、そうしましょう」
そうしてサマエルは『白翼』を納める。素直にラミエルの言葉に従っている。
これでは、完全にサマエルはラミエルに懐柔されてしまっているように見える。
「あ、着陸しました」
「もうか?」
衝撃はなかった。船内の時空制御は完璧で、振動さえない。
加速した際の時間のズレすらないというのだ。さすがは現在の技術での最高性能の宇宙船と言えるだろう。
「ウリエルの反応がありますね。宇宙船の前でじっと待っているみたいです。少し行ってきますね」
「あぁ、気をつけて」
ゆっくりと歩いて、ラミエルは部屋の外へと出て行く。
「さ、いきましょ?」
「え……?」
有無を言わさずに、サマエルは俺のことを引っ張って、進んでいく。
着いた先は、たくさんのモニターが並んだ部屋だった。
「えっと、こうね……」
おもむろにサマエルが操作をすると、画面の電源が入る。
ラミエルともう一人、誰か女性が映っているようだ。状況から見てウリエルだろうか。
「便利だな……」
「音声も拾えるわよ?」
そう言ってサマエルは、また機械を操作していた。
モニターとセットのスピーカーから音声が入ってくる。
「ラミエルよ? このような僻地にどんなよう向きじゃ?」
ウリエルは、どこかの民族衣装のような服を纏った、赤毛の女性だった。
外見年齢は、サマエルより、少し年上と言ったところか。大天使の外見はアテにならないからこそ、これは大したことのない情報だろう。
「結婚をしたので、ハネムーンに……」
「そうか……ん? じゃが、このウリエリをハネムーンに選ぶとは、そなた変わっておるな……ぁ」
「あの女、死んじゃえばいいのに……」
いつの間にか、俺の隣にいたレネが、物騒なことを呟いていた。
治安の悪い地下世界に非力な女子一人で置いていくことはできなかったため、連れてくるしかなかった。いつにも増して彼女の機嫌が悪く見えるのは、昨日を振り返ってみれば仕方のないことだろう。
それはそうと、この恒星ウリエリについてだ。
恒星ウリエリは、高密度な天体であることは、もう述べてあるが、着陸した、ここは、そのウリエリを廻る惑星ではない。
ウリエルの中心点から太陽半径ほどの距離に、人工的に作られた、ウリエルを覆う球殻の地表の上だ。
恒星ウリエリが放つエネルギーの一切を漏らさず、星の寿命が尽きるまで利用し尽くそうと、計画し、建造された人工生物圏だった。
恒星を取り巻く生物圏を提唱した物理学者は、繰り込みという物理における重要な操作で、大変意義のある証明をおこなった物理学者としても知られているであろう。
ちなみに、ウリエリの球殻は、最初に提唱されたそれとは少し変わってくる。
普通に計算するのならば、球殻の内部は時空の歪みが均質化されて、うまくいかないことは容易にわかるはずだ。けれど、時空歪曲技術により、三次元調和振動子的なポテンシャルが創り出され、ウリエリは球殻の中に閉じ込められているというわけだ。
ここは、恒星を包む球殻の上。であるからして、ここには夜しか訪れない。
「ようこそラミエル。ここは常夜のわらわの星じゃ! 大した施設があるわけではないが、来たからには、ゆっくり寛いでゆくがよい」
カカッ、と快活に彼女は笑ってそう言った。
その様子から、ラミエルが大天使の役目を放棄して、サマエルに味方していることを、ウリエルは知らないと理解できる。
「今ならこっそり後ろに回って倒せるかも、ちょっと行ってくるわ」
「いや、待て! お前に、そういうのは向いてない。ここにいろ」
「あ……っ」
引っ張って、とめる。
ラミエルとの打ち合わせが済んでいない以上、サマエルに勝手をさせるのは危険だった。
このポンコツは何をしでかすかわかったものではない。
「まぁ、結婚をしたという話は聞いておる。ほれ、ご祝儀じゃ」
「これはご丁寧に」
ラミエルはにこやかに微笑んで、ウリエルから渡される箱を受け取っていた。
「むむ、あれは反応からしてウリエル製の小型ブラックホールカプセル。あれ一個でゼロが六十六個並ぶビット数の情報が保存できる優れものだね」
もはや、ギガとか、テラとか、ヨタとか、そう言った規模の話でさえない。
情報を取り出す手間があることが難点だが、ラミエルなら問題ないだろう。
「それはそうとじゃ。なぜ、ラミエルだけなんじゃ? まさか、新婦だけでハネムーンに来たわけでもあるまい。共に自由を勝ち取るために戦った同志でもあろうに、わらわに紹介しないなど、水くさいのぉ」
「あ……今呼んできますね」
そう言って、映像の中のラミエルは歩いてこちらに戻ってくる。
その流れに、悪寒がする。




