50.ゆめうつつ
あれから、サマエルは意見を変えることはなく、結局ウリエリに向かうことになった。
ラミエルが賛成したことが大きい。人手を集めた方がと俺は言ったが、ラミエルやサマエルには、反対された。
なんだかんだで、二人とも機械には詳しい。ラミエルは特に、高度なアンドロイドである自身の修理もできるほどだ。戦闘でも、言わずと知れた強さを発揮できる。
下手な人間なら、戦いでも足手纏い。武器の整備士を揃える必要もない。荷物持ちもいらないだろう。これ以上、人を集めたって、意味はないか。
そんなふうに言い負かされて、なら、俺もいらないんじゃないかと口に出したら、二人は信じられないとでも言うようにこちらを見つめていた。
たしかに俺にはラミエルの手綱を握るという役割があるのだから、ついて行かないわけにはいかないだろう。
そして、移動手段だが、ラミエルの持っていたプライベートな宇宙船で移動することになった。大天使の特権か、面倒な手続きもパスできるらしい。
ただ、ラファエルと、正面からぶつかっていたわけだし、ガブリエルも、ラミエルが大天使としての仕事を果たしていないとわかっている。ラミエルの私物に対しても、なんらかの措置がされていると思いもした。
しかし、そんなことはなく、当然のようにラミエルに顔パスで案内され、普通に宇宙船で宇宙へと飛び立ててしまっていた。
大天使の力関係は、対等だから、らしい。
そうして、俺たちは今、ラミエルの持つ宇宙船の中にいる。
「…………」
身体を綺麗にして、ベッドへと戻る。ラミエルの眠っているベッドだった。アンドロイドも、人間と同じように、活動を休止して情報を整理する時間が必要だからか、こうして定期的に眠る必要がある。
揺れはなく、快適だ。無駄に豪華な高級ホテルのスイートルームのようなつくりの部屋に、俺はラミエルと居た。
アニメであった旧世代機のオンボロ宇宙船での強行軍を思い出して、苦笑を覚える。
ラミエルのおかげで、アニメであったいくつかの工程がスキップされているのだから、俺の知識は本当にもう役に立たないだろう。
満足したのか、ラミエルは俺が来たことにも気がつかずに、ぐっすりと眠っていた。
「こんなの、性暴力じゃないか……」
スッと現れたガブリエルの幻影は、俺に向かってそんなことを呟いていた。
苛ついているのか、いや、怒りさえも滲ませるような声色だった。
「なんてことないさ」
この宇宙船に来て、ラミエルは、この部屋で俺たち二人きりになるように動いていたのは、なんとなくわかっていた。
それでも、ガブリエルの攻撃から、まだ立ち直れていないとタカを括っていたらこの有様だ。
妻としての役割を果たせず申し訳なかったと縋られ、悲しげな表情のまま、覚悟を決めたように、俺のことを好き勝手にした。
泣いて、それでも心の傷を埋め合わせるように深く抱きしめてきて、今までで一番、暴力的なほどに執着心が剥き出しで、ずっとだった。
起きたら、もう、ガブリエルの攻撃の前と変わらない調子のラミエルに戻るであろうことがわかる。
「嫌なんだろう? 優しい言葉なんてかけなきゃいい」
「ここはラミエルの宇宙船だぞ? ラミエルの機嫌は損ねられない。それにこれからも、ラミエルが協力してくれなきゃ、全部ご破算だ」
ラミエルを起こしてしまわないよう、声をひそめる。
俺一人が、こうして辛い思いをするだけで、全てがうまくいくなら、それでもよかった。
「ラミエルの代わりならボクがつとめてもいい。ボクなら、こんな強要はしないさ」
見下したような目でラミエルを横目に流しつつ、彼女は言う。
「お前は信用ならないだろ。俺のことを殺したわけだ」
「でも、キミもボクのこと壊したよね?」
「どうせ、どこかに逃げる事はわかっていた」
「じゃあ、ボクはキミが蘇ることも予想がついた。これで、とんとんだ」
「…………」
口で彼女に勝つ事はおそらくできないだろう。もとより俺は、口論は得意ではない。
いや、そもそも、誰かと争うということに向いていないのかもしれない。
「ボクはただの恋する乙女だよ。まぁ、目的のために手段を選ばないと、よく言われることが多いけど……うん、愛する人のためならなんだってするってことで……都合の良い女として扱ってくれればいい」
なんというか、そんな声からは寂しさを感じてしまう。
彼女には、自分のことを犠牲にしてほしくはなかった。
「なぁ、ガブリエル……俺はお前のことが好きだよ」
「……っ」
「レネは家族として大事だと思うし、ラミエルは、まぁ、うん……悪いことをしてると思う。だから、たぶん、こういう意味で好きなのはお前だけだ。これが、お前の力で植え付けられた偽物の感情かもしれないけど、俺はそう感じている」
いちいち喋る言葉が芝居がかって胡散臭いのは、強がりのような思えてしまう。彼女は、実際に、俺なんかではとうてい敵わない強い心を持っているだろうけれど、ときおり危うさが見え隠れしているような気がしてならなかった。
「大丈夫さ。それは遠いどこかの本物の気持ちだから……うん、たしかにボクたちは愛し合っているんだ。――たとえ姿は異なれど、失われたわけではない」
「それは……」
「やってこないとわかっていても、ボクはいつかを待ち続けているから」
泣きそうな声で彼女は言った。どこかそれは、彼女の心の支えであるようで、その切なさに、感情が引きつけられる。
ちらりと、彼女は眠っているラミエルを見た。今までの怒りではなく、別の感情が宿っているような、いいや、それは気のせいだったかもしれない。
「だけど、俺は……レネがちゃんと幸せになるのを見届けないとならないんだ」
「なら、ボクは……キミのことを救ってみせるさ! どんな手を使っても……! あぁ……っ」
俺のような人間は救われるべきではない。本当に救われるべき人間は、もっと別にいることを彼女はわからないのかもしれない。
「違う、お前たちは……」
虹色の光――『虹翼』が、俺を包むように覆っている。
「それ以上言ったら、もう一回殺すからね? 強制天国送りさ」
「〝天国の収容者〟……か。でも、俺は……たぶん、地獄に堕ちるさ」
俺は自分がどれだけ罪深い人間か、わかっているつもりだった。
死後も幸せになる資格はないだろう。
「今回は聞き逃したことにするけれど、次は逃がさない……」
「…………」
少し喋りすぎてしまったかもしれない。
もう手遅れなほどに、彼女の術中にはまっている。
今さら、俺にできることはないだろうから、俺は少し休んで――、
「起きなさい! 起きなさい! もうすぐ着くわよ? 準備しなさい!」
「……えっ?」
眠っていた。
ガブリエルと話していたはすだ。どこまでが夢で、どこまでが現実か判断がつかない。
ベッドは同じだから、ラミエルの相手をして、その後にシャワーを浴びたところまでは現実だろう。
その後はもうわからない。この調子では、いつ俺がガブリエルの手先になっても、おかしくはないかもしれない。




