48.同居人
「一度、休憩にしましょうか」
ラミエルの提案だった。
険悪なムードになってしまった場をどうにかしようと、気を遣ってだろう。
「あぁ、それがいいな」
「では、わたくしは、サマエルを連れて少し外の風に当たってきます」
「私……え……っ?」
「あぁ、行ってきたらいい」
ラミエルに、サマエルは連れていかれる。
俺が、少し一人になりたい気分だったのをラミエルは察したのだろうと思う。いや、急ぎすぎなサマエルに頭を冷やさせる目的かもしれない。
どんな話を二人でするかは想像つかないが、ラミエルなら、たぶん、悪いようにはしないと思う。
そして、俺には話さなくてはならない相手がいる。
「なぁ、ガブリエル」
「なんだい?」
「おかしいよな。レネや、ラミエルはまだわかる。『スピリチュアル・キーパー』で起こされた精神への干渉だ。俺に見せたものと同じだったんだろ? でも、サマエルには何を見せた? あんなふうに動けなくなったんだ。何を吹き込んだ?」
「何って、キミたちには、全員、同じものを体感させたさ。『主』に誓って、これは嘘じゃあない」
ふよふよと俺の頭上を浮いていたガブリエルは、後ろから抱きついて、そう耳元へと嘯いた。もちろん幻覚だ。
――『主』に誓って――そんなふうに言われてしまえば、彼女が大天使である以上、疑う余地がない。それほどまでに彼女たちの誓いは重い。
「でも、それじゃあ辻褄が合わないだろう? ラミエルや、レネみたいに、俺に好意を抱いていたわけじゃないんだから……」
「そう問い詰められても、ボクにはわからないことだよ。彼女の生い立ちを知っているわけではないし、大して話したこともないからね」
「だけど、お前が唆したから、俺のことを問い詰めた。それは事実だ」
「だとしても、きっかけは秘密主義なキミにあった。自分でだけで全て完結させようとする。まるで相手を信頼していないその態度だ。そんなふうに他人を振り回してばかりだからバチが当たる」
「なにが言いたい?」
俺は足りないばかりの人間だ。自分一人でなんて、できることは限られている。俺だけで解決しようとも、できないから、レネは……。
「はぁ……ボクにはわかるよ? キミがどんなふうに考えるか……なんとなくはね。キミの頭を間借りしているからっていうのもあるけど」
「な……っ」
「ボクを頼ってもいいんだよ? ボクは尽くす女だからね……。見返りはなしでいいさ」
「遠慮しておく……」
論理的に考えれば、彼女は敵で、信頼できる相手ではない。
彼女の精神への干渉のせいだろうか、心の内に湧く彼女を信じてみたいという気持ちは、無視をしておく。
「キミが無視をしていいのは、高次の摂動項だけじゃあないかい?」
「…………」
まるで、俺の心を読んだように彼女はそう言った。
考えていることを正確に読み取ることは、『スピリチュアル・キーパー』ならば……いや、もし仮にそんなことをしたとして、俺の脳からは情報が失われているか。
頭を間借りしているといっても、わかるのは考えている傾向くらいだろう。それに、俺の考えが彼女に筒抜けならば、彼女の考えも俺に筒抜けでなくてはならない。
そうでないということは、そういうことだ。
「ボクは尽くす女だけどね……その態度は腹が立つ。キミが声をかけない限り、ボクは手助けをしないよ……?」
「別にいい。お前は敵だろう? お前の手はもとから借りられない……。それに、同情で俺たちに協力すると言っても、それじゃあ、お前の立場が悪くなるだろう? だから、多分、そんなことにはならないよ」
だから、彼女のことは、仲間にできない。本心から俺はそう思った。
この気持ちだけは、誤魔化さずに正直に伝えられる。
「大切なものを……キミはいったいどうするんだい?」
「大切なものには、いつも手が届かない。俺は弱い人間だからな……」
こうして転生をしても、俺の根本的な部分は変わっていない。
死んでも変わらなかったのだから、俺が俺でいる限り、きっと、変わらないのだろう。
「はぁ……あぁ、もう……っ!」
ガブリエルは苛立ちを抑えられないように声を漏らした。
俺の答えは、彼女の納得のいくものではなかったようだった。
「そういえば、ガブリエル……。お前は、『円環型リアクター』はどこに?」
「ん? それならまぁ、たくさんある子機の一つの中さ。まぁ、状況的には、あれが親機ってことになるかもしれないけど……ボクは一人だからね……っ。今このキミの頭の中にいるのが親機で本体さ!」
「じゃあ、俺が死ねばガブリエルは……」
「むむ? 試しに死んでみるかい? キミがそれでいいなら構わないけど……ラミエルたちとはおさらばだね」
「……いや、やめておく」
俺が死ぬことで、大天使が一人いなくなるのならば、と思ったが、なにかどうしようもない落とし穴があるのではないかと、ガブリエルの態度からどうしても勘ぐってしまう。
それに、レネを悲しませて、置いていくことなんてできない。
「そうか、残念だね」
気を落とすように彼女はそう言う。
こればかりは飾り気のないままに、本当に悔しげな表情をガブリエルはしていた。
彼女の持つ武器は『スピリチュアル・キーパー』。人の魂と呼べるような情報を捕らえる兵器だ。
俺が死んだからと言って、情報は消えない。
量子力学では、情報はいつまでも保存されると方程式は言っている。ただ少し、複雑になって、わかりづらくなり、簡単には見つけられなくなるだけだ。
見つけられなければ、失われたことと同じ。
そうだった……『フェイタル・レバーサー』が全域的で巨視的ならば、『スピリチュアル・キーパー』は局所的で微視的だろう。
量子の情報の唯一性から、『スピリチュアル・キーパー』で汲み上げた情報は唯一無二。情報だからと言って、コピーして、全く同じものを二つに増やす事はできない。そんなことをしようとすれば、情報には違いが生まれ、模造品には必ずどこかに劣化が生じてしまうからだ。
だからこそ、ガブリエル……彼女がただ一人の存在だということは物理的に保証されている。
たった一人のガブリエルは、俺が死んだ後も、その情報が汲み上げられて、きっと復活する。
恐ろしいまでに、大天使は理不尽だった。




