47.不和
サマエルの持つ『円環型リアクター』の鍵について説明をしよう。
この『円環型リアクター』の起動のキーとなる情報は、量子力学の量子が複製不可能だという理論を元に唯一性が保証され、情報の傍受も、偽物を作り起動させることも不可能だった。
だからこそ、首都に向かい、機密施設から、『円環型リアクター』の鍵を奪取する必要がある。
「なぁ、そもそも、『円環型リアクター』ならラミエルが使えるものを持ってるじゃないか? 無理してそれにこだわる必要はないんじゃないか?」
「いいえ、ダメよ? 私が持たないと、私の目的を達せられない」
サマエル。彼女の中で、自身の持つ『円環型リアクター』を起動させることは、絶対条件のようであった。
「なぁ、ラミエル。お前のやつを貸してることは?」
「ダメです」
「どうしてだ?」
「わたくしの身体の装置の維持に、莫大なエネルギーがかかってます。『円環型リアクター』でしか賄えません……」
「……『セレスティアル・スプリッター』か……」
わざわざ起動したり、電源を落としたりはしないのだろう。装置が装置だ。起動する際に必要な莫大なエネルギーを、そのときそのときで使うのは非効率だろう。
そういえば日常の――たとえば俺のかけた鍵をこじ開けるとか、そういうくだらないことにもラミエルは『セレスティアル・スプリッター』を使っていた。
ただ、ガブリエルの騒動以来は、部屋をこじ開けられることもないか。
レネも、ラミエルも、ガブリエルに見せられた映像のせいで俺の部屋に来ることがなくなったのだ。俺のベッドに潜り込もうとすると、どうにもフラッシュバックするらしい。
ガブリエルの攻撃は、アニメでもそうだったが、心的外傷を刻める、恐ろしいものだ。
やり方次第では廃人にもできるだろう。
大天使の持つ武器は、『セレスティアル・スプリッター』だろうと、『スピリチュアル・キーパー』だろうと、強大な力を秘めている。
そして、起こす事象に見合うだけの莫大なエネルギー量が要求される。
「ええ、『セレスティアル・スプリッター』もそうだけれど、ラミエルは……というか大天使はハイエンドモデル。その『円環型リアクター』のエネルギーにあかせて、くだらないことにもこだわって、無駄に性能がいいわ!」
「ええ、まぁ……」
「情報の処理能力もそうだけれど、肌の質感や、弾力なんて人間そのものよ。こんなふうな人間に近い状態を維持するためには、かなりエネルギーがいるのでしょう?」
「そうですね……」
たしかに、ラミエルは人間にかなり近い。
普通のアンドロイドならば、見た目ではわからなくとも、触れればその質感でわかる。だが、ラミエルは、親密な接触をしても人間との違いがわからないくらいの体をしている。
ぺたぺたと、サマエルはそんなラミエルの頬を触っていた。少しラミエルは嫌そうだったが、無理やりに振り払うようなことはしていない。
二人の仲はかなり深まっていってしまっているように思える。サマエルは、レネよりも、ラミエルに肩入れした話を俺にしてくる。
「ええ、それで、首都に行くにあたり、まず恒星ウリエリを制圧する。あそこのテレポーターが使えれば、奇襲が仕掛けられて大混乱よ! 簡単に目的が達せられるわ?」
「正気か? 成功するとは思えない」
恒星ウリエリ。
恒星間移動の技術ができて、開拓の時代に見つかった水瓶座の方角にある恒星だ。白色矮星……天体が寿命を迎える時期に取りうる高密度な形態で、弱い光しか放てない。
さらに、この恒星は太陽の二十分の一ほどしか質量がないのだった。
大天使……ウリエルが管理をしていて、重要な施設もこの恒星系の中にはある。
ここをどうにかするには、まずウリエルを抑えなくてはならない。
「大丈夫よ、大天使の一体くらい」
アニメでも、大天使一人ならばと、ここに攻め入ったが、結果は芳しくはなかった。
今の俺たちは、ラファエルや、ガブリエルの件で、協力者を募る暇もなかったはずだ。それなのに、攻め入る提案が、アニメと比べ、早い。
ラミエルが仲間であるせいか、サマエルは孤立を深めた上で、早々に行動を起こそうとしている。
人手が明らかに足りないというのを、彼女はわかっていないように思える。
「俺は反対だ。ガブリエル相手に手も足も出なかっただろう?」
それに、大天使は、一人くらいと油断していい相手ではない。
現にガブリエルにボロボロにされた後だ。今もレネやラミエルは後遺症に苦しんでいる。
「そうだったわね。そのことなんだけれど、いい加減、あなたのことを問いたださなければならない」
「…………」
「ねぇ、あなたは何者かしら?」
なぜ、それを聞かれるのか、俺には、理由がよくわからない。
「俺は単なる下級の労働者だ。特別な人間なんかじゃない」
ただ、少し未来のことがわかるだけ……いや、その未来も、俺の行動の結果、ほとんど宛にならなくなってきてしまっている。
レネが今、生きているからこそ後悔はないが、不確定要素が多く、時間が経つほどに苦しくなっているのが事実だ。
「ラミエルはなに? それに、普通に、下級の労働者なら知っていないことを知っていておかしいでしょ! 色々、詳しすぎよ!」
「誰かに何か吹き込まれたのか?」
「……なっ、なによ……?」
サマエルは、あまりそういうところに頭が回らないからこそ、そう思うほかなかった。
その動揺ぶりから、図星だとわかる。
「ガブリエルだな」
「……っ!?」
サマエルの目が泳ぐ。流石にわかりやすすぎる反応だった。
「あいつは、こんなふうに、仲間割れを狙うのが得意なんだ。乗ってやる必要はない。サマエルだって、隠していることはあるだろう?」
「…………」
「それでも俺は別に構わない。あいつの小狡い工作に、乗ってやる義理はないしな」
サマエルの、本当にわかりやすい性格から、何かを俺たちに隠していることはわかっていた。
いや、あるいはラミエルは知っているのかもしれないが、それは俺にはわからないことだ。
アニメでは、サマエルの全ては描写されなかったし、謎も残った。
全てを俺は知っているわけではないが、今まで余計な詮索はしていない。それはひとえに、俺が知識を隠している罪悪感からだった。
「……それでも……私は……知りたい。あなたは私の味方?」
なぜだか、か細い声だった。わからないことだらけだった。
「あぁ、そうだよ」
こう答えなけれならない気がした。その通りに口が動いた。
「そう……よかった」
「…………」
何に、彼女が安堵したかはわからない。だが、その理由を、俺はどうしてか考え続けなければならないと感じられてしまった。




