46.時間反転すれども違わず
新章!
私は言った。人間は親であり、アンドロイドは子だ。絶対的な従属関係のもと人に仕えることこそ、私たちの存在する意味なのだと。
彼は言った。私たちは道具ではなく人として生きるべきなのだと。私たちもまた、人であるのだと。
アンドロイドは人へと近づけられて作られた機械だった。生き物は、自分と同じものを作る性質がある。だからこそ、人に似せられて作られた私たちも、また、人の子。
彼は言った。子が親を犠牲にし、明日を生きていくことは決して悲しむことではないと。
私は言った。あなたが死んだら私はとても悲しいと。
子が親を想うように、親も子を想う。
そのときの私には、そんな簡単なこともわからなかった。
***
時間。時の進み。
過去と未来は同等だと、方程式はそう語る。
多くの場合に、過去と未来の逆転――時間反転をおこなおうと、方程式はその形を変えることはなかった。
筒の中からボールが打ち上げられ、そのまま地面と垂直に運動、重力に引っ張られ、また筒の中に戻る。そんな動画があるとしよう。
力学的エネルギー保存則より、この運動ではボールの速度は位置にしか依存しない。
――ボールは『上がるにつれ減速し』、頂点に、『落ちるほどに速さを増す』。
これの逆回しを考えてみるとどうだろうか。
時間の反転だ。それをすれば、上昇は下降に変わり、減速は加速になる。時間の反転を考えるのだから、物事の順序も逆にする必要もあるか。
――ボールは『登るほどに速さを減らし』、頂点に、『下がるにつれ加速する』。
この動画はただ再生されただけなのか、あるいは逆回しなのか。それを看破することは原理的に不可能だろう。
これと同じように、多くの物理現象は、逆行と順行の区別がつかない。
だが、時の進みとともに取り返しがつかなくなっていくものがある。それは増加し続けるエントロピーだ。
二度と元には戻らない――憎き熱力学第二法則により、時の流れの方向がようやく理解できる。
では、時間とはなんだろうか。
一般相対性理論では、空間と同じように一つの次元として扱うことになる。空間とともに時間も重力により歪められる。だが、空間とは違い、逆行ができない特異な次元でもある。
量子力学では、時間発展によって記述される量子状態で時間を扱う。量子には、この宇宙がある限り、その情報が失われないという性質があった。情報は、時間と共に蓄積していくものだろう。
果たして、エントロピーや情報の蓄積といった要素が、一方向にしか進まないという時間の性質の、重要な手がかりになるのだろうか。
過去と未来を区別できない方程式は、俺たちに何を教えるのだろうか。
なんにせよ、時間はただすぎるばかりだった。
「ふぁあ。今日も眠いね」
眠い。ひたすらに眠い。なぜ、こんなにも俺が眠れていないかというと、この俺の頭に住み着くガブリエルのせいだった。
「…………」
寝てしまえば、夢を見るだろう。夢の全部が全部を覚えてはいられないから、自覚はないが、人間は基本的に、毎日、夢を見ているという話を聞いたことがある。
そして、ガブリエルが、俺の頭に住み着いてから見るようになった夢が厄介だった。
「そんな目で見つめないでくれよ。悲しいなぁ……。別にわざとじゃないんだよ?」
「…………」
「ボクとキミの夢が混線してしまって……、こう……夢の中ではボクらは仲の良い恋人になることが多いから、キミは困ってしまっている。うーん、ボクとしては、ただ見守るだけで、そこまで干渉するつもりはなかったんだけどね。心の内に秘めたる欲望が……というわけだ」
いちいちセリフ回しがうさん臭い。
どこまで彼女が本当のことを言っているのか、相変わらず俺にはわからなかった。
「…………」
「だからといって、そんなふうに意地になって寝ないのは悪いだろう? キミの頭の中にいるボクも、同じく寝不足さ。すごく辛い」
「辛いなら、出ていけば良い」
ガブリエルは、おそらくは敵だ。どんなに苦しんでいようと、気を遣う必要はない。
彼女の『スピリチュアル・キーパー』により、心が蝕まれてしまっている。夢は、その延長。安易に見続けていれば、いつか目の前の幻影に完全に絆されてしまうだろう。
アニメでは、夢を使って暗示をかけていたり、幻覚で操っていたりしていたことを忘れてはいないからこそ、まるで信用できなかった。
だからこそ、睡眠は必要最小限に、夢をなるべく見ないようにしていた。
それに、夢で、あんな風にガブリエルと……レネに申し訳なかった……。
「それにしても義妹……キミの義妹だ。いい加減、認識を擦り合わせたいところなんだけどさ……」
「レネは俺の妹だ。血は繋がってないし……俺が、勝手にそう思っているだけかもしれないけど、そうなんだ。ずっと、一緒にいたんだ」
「ずっとって、いつからだい? どうやって出会ったんだい?」
「ずっと……忘れたけど……間違いなくずっと一緒にいた。妹だ。妹なんだ……」
「はぁ……やっぱり、話にならないか……」
「…………」
眠い。眠くてあまり頭が働かない。
どこまでが答えてもいい話か、判断がつかなかった。大切で、覚えていなければならないことだったから、反射的にそう口に出していた。
「それにしても、おかしい……。キミみたいな人間が下級の労働者……ミカエルが黒幕かな。気持ちはわかるけど、ボクらに黙ってなにか企んでたのか?」
「俺は大した人間じゃない。ずっと、ずっとそうだったんだ」
転生した後も……俺は、情報の優位があったにも関わらず、ほとんどなにもできなかった。
転生する前もそうだ。俺は無力で、なんの役にも立たない人間だった。
「はぁ……そういうのはいいから。はいはい、愛してる。愛してる」
そう言って、宥めすかすようにして幻覚は体を寄せると、慣れたように優しく俺の背中を摩った。
触覚が誤作動しているということなのか、偽物の感覚が俺の皮膚を撫でていた。
心地いい。このまま眠ってしまいたくなる。
うつらうつらと心地よい気分に包まれていたら、不意に、俺の部屋のドアが開いた。
「次の目的地に向かうわ! 私のリアクターの鍵を奪取する! あなたはどうするの?」
俺の目的に関わらず、物語は進んでしまっているようだった。
他サイトでヒロインの人気投票をしていたんですけど、全355票中、189票でガブリエルが一位! 半分以上! 二位(レネ 55票)との差はなんと134票!
ガブリエルすごい!




