43.『魂の不死化計画』
「子ども……子どもか……」
「いや、無理を言ってしまって……。忘れてくれ」
死後の世界というのだから、子供を作ることなんて不可能だろう。
未練を果たすにも、また、別の方法を探ればいい。
「いいや、できる。ボクらの遺伝子は現世で保存されているだろうから、それを使えばできるはずだよ。ボクはそれなりに偉かったから、この端末を使えばあるていど言うことを聞いてもらえるし……できるよ、ボクたちの子どもが」
「ほ、本当か……!? いや、でも……生まれたときから、親がいないなんて、可哀想じゃないか。俺は馬鹿だ」
「夢でなら、きっと会えるさ。マリアがやっていたようにね。ボクらの築き上げてきた世界は、親がいないくらいじゃ不幸にはならない。それはわかるだろう?」
きっと、誰もが幸せになれる世界を目指してきたから……。
だから……こんな――、
「うぐ……っ」
頭痛だ。一度、この頭痛は体感したことがある。ここの街に来てすぐのあたり……あれは、確か……。
平衡感覚が崩れて、すぐに立っていられなくなる。
「え……っ」
バランスを崩して俺は倒れる。
手を繋いだままだった彼女は、ハッとして、俺のことを支えようとしてくれたが、間に合わない。
そのまま、道の脇の植えてあったアサガオの花壇に倒れる。
風が吹いて、俺が倒れ込んだせいで散ったアサガオの花びらが舞う。
――繋いだままの手――差し込む夕陽――空を舞うアサガオの花びら――そしてこの、時間の止まるような感覚。
そのままに、意識は移る。ここではない世界へと。
――もう、何回目ですか……!? そんなふうに不用意に触って……! 誤作動させて……! 一歩間違えれば、もう二度と……っ!
――だって……そんなふうに睨めっこしてたってダメでしょ……! 実際に動かしてみたらなにかわかるかもしれないじゃん……っ!
どこかの光景が映る。
「ハハ……ハハハハッ!」
あぁ、笑うしかない。もう、笑う以外にない。
「大丈夫かい?」
手を振り払った。
走る。そのまま走る。
時間というのは有限だ。無駄にすることは許されない。
目的の場所は決まっていた。
科学館、最初にこのひどい頭痛を体験した場所だった。
目指したのは、情報熱力学の論文と、物質の創造についての論文のその間。
空白のその一年には秘匿された論文がある。
新暦3年――人間の自我と情報の連続性に対する理論。
それは、人という情報を物理的に解き明かした論文だった。
「『魂の不死化計画』。この計画は凍結されたはずだろう? ガブリエル」
「そうだね。たしかに。完成間近でキミが掌を返して逃げ出すものだから、無期限に凍結……。でも、まぁ、これだけ時間があればボクにも完成させることはできたってわけだね。褒めてくれてもいいんだよ?」
その蜂蜜色の髪をかき分け、薄気味の悪い笑顔を浮かべながら、彼女は言った。
彼女こそが、この世界の主だからだろう。
彼女に距離の概念はない。好きな時に、好きな場所に現れることができる。
だからこそ、あのアジサイの道に置いてきたはずの彼女が、ここにいるのだ。
この世界は優しい。
それは単純な理由だった。この世界が人為的に創られたものだからだ。
――『魂の不死化計画』。
人間が死ぬ瞬間に、その情報を機械によって読み取る。読み取ることにより、人間の身体からは情報がロストされるが、死んでいるのなら問題はないだろう。
魂と呼べるその情報は機械に保存され、幸せな仮想世界で、生きているうちにできなかったことを果たせる。
「たとえ、生きているうちに幸せになれずとも、きっと死後には幸福な生活が待っている」
「そうだね。素晴らしいと思わないかい? ボクはそう思うのだけど……」
「違う、そうじゃない……っ。生きているうちに幸せになれなくちゃダメだろう? 死後の世界に頼るような考えは……俺は……」
だからこそ、大々的に世界中に知られるようになったこの計画は凍結させた。皆が生きることを諦めてしまわないようにだ。
「でも、マリアたちの最期はどうだったかな? あれも認められないかい? それにここのことは現世の人間は知らない。万が一ボク以外がここに来てもここでの記憶は失われることになっているんだ。キミの意図を汲んでね……それでもダメなのかい?」
ガブリエルならば、俺の甘い考えを埋めるように、抜け目なく、ルールを決めているだろうことが、彼女との付き合いからわかる。
この『魂の不死化計画』の優しさには最初は俺も賛同していた。
間違っているのは、いつも俺だ。折れる他ないだろう。
「わかった。お前はずっとうまくやっていたんだな。認めるよ」
「ふふ……ふふふ……。そんなふうに褒められると照れるなぁ……」
頬を赤くして、本当に嬉しそうに彼女は言った。
思わずそんな彼女に気を許してしまいそうになる。
「それでだな、ガブリエル……」
「ねぇ、それで、キミを殺した裏切り者は誰だい?」
「…………」
それは、答えられない質問だった。
「生きていれば殺すし、死んでいればここに情報が保存されているだろうから、抹消する」
「…………」
「キミが蘇ることならわかっていたよ? この『スピリチュアル・キーパー』を使った痕跡があったからね。でも、まぁ、現世じゃ、キミの記憶は不完全だった。いくつか記録がここに引っかかって残ってしまっていたわけだ。だから、いま、どんな偶然か、引っかかった記録を拾って、キミの記憶は完全なのだろう? だから、答えられるはずだ」
「…………」
「……さぁ、答えろ……!! 答えてくれよ!!」
激昂して、彼女は俺に詰め寄ってくる。
「正直、ラミエルも、ラファエルも……なぜ、あんな風に俺にこだわっているのかわからない。あいつらは、俺のことなんて忘れて、幸せに生きるべきだった。ガブリエル……お前も……」
「アンドロイドの初恋っていうのは、そんなに甘いものじゃない。たとえ数百年過ぎ去ろうとも、今日のことのように思い出せるのさ」
「…………」
「人間のように、都合よく忘れるなんてことをしたくないからこうなっているんだ。まぁ、自業自得だよ。キミが気にすることじゃない」
達観したように彼女は言った。
彼女は、なにもかもを諦めてしまっているように見えてしまい、胸が引き締められように痛かった。
「あぁ、でも……俺は戻るよ……」
「…………」
隠されていた扉を開ける。
「『スピリチュアル・キーパー』……」
彼女ならば、こんなふうに小粋な仕掛けをしていると思っていた。
この死後の世界に転送されてしまった俺の情報を肉体に戻すには、いくつか手順がいる。この隠し部屋にあった装置を使い、遠隔で、まず、俺の身体の近くにある『フェイタル・レバーサー』を起動させる。
「ラファエルは、キミがいなくなった後も、『フェイタル・レバーサー』を改良し続けていたよ。キミにまたこき下ろされないようにね」
「あぁ、たしかに……昔よりずっとよくなってるな……」
解析にはそれほど時間を取られなかった。
二つ、『スピリチュアル・キーパー』と『フェイタル・レバーサー』を繋ぎ、準備を終わらせる。
「〝天命の逆転者〟。全てを知れば、全てが起こせる。死者さえも蘇らせるその力だ。キミの作り出したものは全て、神の力の一端とも言える。ボクはかつて、そんなキミに魅了された……」
「なぁ、ガブリエル。ここでは、あの全てが俺の功績のように書かれているが、それは違う。たくさんの共同研究者がいて、彼らがいたからこそ完成させられたものがいくつもある。あんなふうに讃えられるほど、俺は偉大じゃない」
ガブリエルは、まるで俺のことを神とでも思っているような口ぶりだったからこそ、あえて、そこだけは苦言を呈させてもらった。
「あぁ、キミは……また……そんなふうに……」
苦しげに彼女は言う。
聞いていられず、つい心が痛くなってしまう、そんな声だった。
「なぁ、ガブリエル。俺のこと、好きだったのか?」
ガブリエルが、昔、そんな素振りを見せたことは一度もなかった。
「好きじゃないさ。ふふ、良い女だろう?」
「それは良い女じゃない。都合の良い女だ。ここでの暮らしは楽しかった。俺も楽しくて、幸せだったから……きっと、いつか戻ってきたら、その時はお前のことも幸せにする」
「いつかといつもキミは言うが、無限遠の未来では、きっと叶っているのだろう。だからこそ、そのいつかはやってこない」
「…………」
「キミのここでの記憶は、肉体が蘇ったら消えているだろう。そういうルールだからね。……じゃあね。また会おうか」
「ありがとう、ガブリエル」




