42.ラブラブデート
「むにゃ」
目が覚める。隣ではすやすやと眠っている彼女がいる。
マリアが消えて行ったあの日から、また数日が経った。
彼女と二人、心を通わせる日々が続いている。
「ふふっ」
毎日が幸せで楽しかった。
彼女と一緒な日々は特別で、重石が消え去ったかのように、心が軽かった。
「んん……」
優しく頭を撫でていれば、彼女はまぶたにぎゅっと力を込めた。その後に、ぱっと目を開く。
「起こしちゃったか……」
「うん……? ええと、もうお昼かな……」
「あぁ」
まだ、太陽が一番高く上がる時間は過ぎていないものの、起きる時間にしては遅い。
一度、起きて朝ごはんを食べたけれど、その後にまだ眠いと、こうして数時間だけ眠っていた。
「うーん。昨晩は盛り上がっちゃったからね……。いや、最近はずっとだけど……。生活が乱れてばかりだから、考えものかな……?」
「やっぱり、そうだよな」
「あぁ、そうさ」
彼女は、まず顔が綺麗でかわいいから、ずっと見ていても飽きない。どんな表情にも心が癒される。
彼女は自分で自分のことを、スタイルがよくない方だと言うけれど、俺はそうは思えない。魅惑的で、腕の中から二度と離したくはないと感じるほどに全てが愛しい。
「なぁ、なぁ、愛してる」
「ここでボクもと答えたら、ベッドの上からしばらく出られなくなってしまうからね。すこし保留さ。今日は出かけたいかな……」
すげなく断って、彼女はベッドからぴょんと飛び降りた。
変わらずに、彼女は子どもっぽい動作を見せることがある。そんな姿に心が和む。
「ふふっ」
「ふぁ……。笑ってないで、キミも早く着替えてくれよ? 全く」
「ああ、わかってる」
身だしなみを整えて、着替えを終える。
彼女がいると、なんでもないこんなときでも幸せに感じられてしまう。
「えっと、カメラは……ここにあったね……」
マリアがいなくなったあの日から、彼女はカメラでよく動画を撮るようになった。
記録を残しておきたいと彼女は言っていた。あのマリアの部屋に飾ってあった、たくさんの写真に影響されたのかもしれない。
ただ、カメラのせいで事件も起こった。録画中で放置されて、録画するべきではない夜の光景も録画されてしまっていたのだ。
彼女は後で使うと言い張ったが、俺の説得により、結局は彼女は渋々と削除していた。
「うん、じゃあ、行こうか?」
「そうだね、行こう」
なんとなく、恋人らしいことをしようということになって、向かった先は遊園地だった。
「ジェットコースターは楽しいな……!」
「いや、うん。そうだね。楽しいね」
このジェットコースターは、縦に一回転する部分があった。
位置エネルギーのみでジェットコースターが縦に一回転できる条件は、空気抵抗や摩擦を無視して、回転の半径の二・五倍の高さから滑り落ちて回転部分に差し掛かることだ。このジェットコースターはそれに則っていた。
それに縦回転のときも、急激に曲がる時もそうだったが、ずっと重力を車体の底面と垂直な方向に感じていた。
これは力学的に速度とレールの傾斜がよく計算されている証拠だ。普通なら曲がる時、車体の中では重力と見かけの力である遠心力が合成されて斜め下に力を感じるが、レールごと車体が傾くことで、車体の中では常に同じ方向にしか重力を感じなかった。素晴らしい設計だ。
ジェットコースターでは、こんなふうに、力学を体で感じられる。
自由落下に近い急速な降下では、一般相対性理論を思い出せる。
「あぁ、本当に、ジェットコースターは楽しいな……ぁ」
「楽しみ方は人それぞれだからね。楽しいならよかった」
今ひとつ、この楽しさを彼女と共有できていないように思えた。
それでも、彼女がいなければ、こんなふうにジェットコースターを楽しむ余裕もきっとなかったのだから、不満には感じなかった。
他にもいろいろなアトラクションがあるが、どれもが純粋な力学運動を利用したものだった。
円周を回転する座席を、回転の半径を変化させることで回転の速度を変化させる乗り物もある。角運動量保存則が体感できる。
「あぁ、遊園地は楽しいな……ぁ。本当に楽しかった」
他にもいろいろなアトラクションで遊んで、もうずっと時間が過ぎてしまった。
二人で、手を繋ぎながら、並んで帰る。もう夕陽が差し込んでいた。
歩いているのはアジサイの道だ。いろとりどりのアジサイだったが、この時ばかりは全て夕陽の色に染められてしまっている。
夕陽が赤いのは、赤が波長の長い光だからだ。
青は赤より波長が短いため、空気によく吸収され、散乱され、夕暮れの、大気に斜めに入射するような状況では地表に届かなくなる。だから、夕暮れはこんなふうに空も大地も赤くなる。
もちろん赤い光は昼でも地面に届いているが、散乱されたたくさんの青に埋もれ、昼間の赤い光は空を見上げても人間の目には無視されてしまう。だから、青いという話を聞いたことがある。
「正直、こんなふうな場所を、キミが楽しむとは思わなかった。ボクのわがままだったからね」
そんな帰り道に、しみじみと彼女は言った。
「俺は、お前と一緒なら、どこでも楽しいと思う」
「そういうことじゃないってことはわかっているだろう?」
俺たちは、やり残していることを二人で終わらせようとしているんだ。
その上で、思いつくままに、恋人らしいことをして、心から楽しめれば、心残りもなくなるって、そうやって彼女が行ってみようと言った遊園地だった。
果たしたいのは未練だから、ここでしかない楽しさがあったと、伝えるべきだっただろう。
「でも、正直だ。このままいっても、俺はたぶん、マリアたちみたいにはなれない。死んでも死にきれない」
「キミは……、自分の望みはわかっているのかい?」
「うん、たぶん……。俺は……うん……子どもが欲しいんだ」
あの光景をみて、目を焼かれて、憧れてしまったから。
きっと、自分の子どもの成長を見届けられたら、彼女たちのようになれると俺は思った。




