表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
33/105

33.おいしい朝ご飯

「ん……」


 夢を……夢を見ていた気がする。忘れてはいけない夢だったような気もするが、思い出すことができない。

 夢というのは、そういうものだ。


「起きたかい? 朝食なら、できているよ?」


 そうだった。見知らぬ街で、見知らぬ女性の部屋に閉じ込められて、一晩を過ごしたのだった。


「あぁ……」


 まだ起きたばかりで、意識がはっきりとしない。

 ただ、寝違えたのか、首筋の痛い。それだけはわかった。


「やっぱり、そんなふうに痛がるなら、無理にでもベッドに連れて行けばよかったかな?」


 しきりに俺が痛む首筋を触っていたのを見てだろう、不満げに彼女は言う。

 だんだんと頭が働いてきた。昨日のことを思い出せる。どうしてか、彼女は俺を同じベッドに寝たせたがっていたのだった。


「そういうのは良くないだろ」


「でも、結局、ボクと一緒に寝たじゃないか?」


「…………」


 思い出した。たしか後ろから抱きつかれて、その後に強烈な眠気に襲われたのだった。

 自分のあり得ない失態に後悔し、こわばり、眉間に皺がよるのがわかった。


「それにしても、信じられない。頑張って女の子の方から誘ったんだぜ? それでなにもしないとか……ありえないじゃないか?」


「…………」


 彼女がどこまで真実を言っているかわからない。適当に聞き流しておくのがいいだろう。


「はぁ……まぁ、いいけど……。さっ、朝ご飯だよ、朝ご飯。冷めないうちにとは言わない。何度でも温め直すからね……っ」


 彼女はエプロンを片づけていた。

 どうやら着替えを済ませていて、チュニックに、カジュアルなショートパンツを合わせて足を大きく露出させている。

 服選びも含めてか、やはり大人と言うにはやや幼い印象を受けてしまう。


「俺の分まで……」


 テーブルの上を見ればもう朝食が用意されている。

 フレンチトーストに、ベーコン、フライドエッグ、あとはコーヒーか、一般的な朝食だった。


「ん? あ……キミのはこっちだった!」


 さっと、彼女は取り替える。

 少し予想しない行動だった。替えたからには理由があるのだろう。とっさに何か違うのかと見比べてしまう。

 全体的に量が増えているか。あとは、そう、コーヒーがスープに変わっている。


「別に俺はどっちでも構わない」


「いやいや、男の子だから、それなりに食べるだろう? それに、コーヒーは嫌いな人もいるから、まぁ、そっちを出そうと思ってね。コーヒーの方がよかったかい?」


「いや……」


 記憶はないが、俺はコーヒーは苦手だったと思う。

 彼女の言う通り、苦手な人はとことん苦手な飲み物だ。彼女の行動も、おかしいわけではないか。


「さぁ、さぁ、食べてくれよ。ボクが丹精こめて作った料理だ。……まぁ、そんなに時間をかけてもないけど」


「……あぁ、いただくよ」


 どんなに手軽と言われるものでも料理は料理だ。手間がかかっている。

 本当なら、自分でなんとかしたかったが、こうして用意された以上、温かいうちに食べるのが礼儀だろう。


 促されるままにフレンチトーストを口に運ぶ。


「どうだい? 味はするかい?」


「少し甘すぎるかもな……」


 味に繊細さはなかった。

 ただただ甘く、それだけを舌は感じる。


「え……ほんとに? あぁ、ほんとだ」


 不意に、こちらに体を寄せて、俺が手に持つフレンチトーストに彼女は齧り付いていた。


 味見はしなかったのだろう。

 場当たり的で不完全な手作り感の溢れる料理に、どこか懐かしさを感じてしまう。


「でも、うん、美味しい。俺は好きだよ」


 それに、この頭に染み渡るような甘さは、俺は嫌いではなかった。


「ふふ、そうかい? なら、ボクも好きかもね」


「俺に合わせる必要はないんだぞ?」


「ん……? ほら、こっちも食べなよ?」


 俺の言葉は聞き流された。

 そのままに彼女はフォークで俺の皿のハムを突き刺して、俺の口もとに突き出している。


 彼女の予想外の行動に、少しだけ面をくらう。

 彼女の顔を伺ったが、特に何かを、思ったような顔をしていなかった。


「あぁ……」


 差し出されままに食べる。

 塩気があって、肉の旨味が感じられる。好ましい焼き加減だった。


「美味しいかい?」


「あぁ……美味しい」


 こんなふうな、だれかと一緒の食事に、安らぎを覚えてしまう自分がいる。


 味についての感想を言い合いながら、食事が進む。

 楽しい時間、だったと思う。


「ふう、食べ終わったし、片付けようか」


「あぁ、俺がやる。これくらいはやらないとな」


「え、あぁ、ボクがやるから……」


「いや、そういうのはよくない」


 作る方が大変だろう。

 皿洗いに、食器や、料理道具の片付けくらいなら、俺でもそれほど苦労なくできる仕事だった。


「まぁ、じゃあ、ボクは後ろで見てよう」


 彼女は少し心配げだった。

 俺のことが、あまり信用できていないのかもしれない。


 実際に、いくつか口出しをされて、片付けが進んでいく。

 俺のやり方はいくつか大雑把なところがあったか、彼女には少し呆れられる。


「こんなものか……」


「まぁ、及第点だね。これからに期待かな……。それじゃあ、出かけよう。キミも着替えてくれよ」


「うん、わかった」


 どうやら、服は用意されているようだった。

 よく見れば、昨日着ていたものとは違う。黒地に白で、有名な式がいくつも書かれている柄物のワイシャツだった。ちなみにズボンは無地のものだ。


「さぁて、今日はどこに行こうか? 遊園地で遊び尽くすかい? 高級料理店でも食べ歩くかい? それとも、学校で青春を取り戻すかい? この街では、人生でやり残したいことのおおよそはできる」


 死後の世界というのも、内心では半信半疑だった。

 彼女をどこまで信用していいかもまだわからないけれど、昨日よりは、まだ歩み寄れる。


「俺には記憶がないから……そう言われてもな。よくわからない」


「じゃあ、今日もボクのお気に入りのところに行こうか。ついてくるんだ」


 そう言って、彼女はドアを開ける。

 密閉された室内とは違い、外は爽やかな風が流れる。


 風、というのは空気の流れだ。太陽の光に地面が暖められ、暖められた地面から空気に熱が伝わり膨張、気圧差から風が吹く。


 だが、ここが死後の世界と言うならば、この空を照らす太陽とはなんなのだろうか。ここは地球と同じような、惑星なのだろうか。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on 一気読みするなら ハーメルンの縦書きPDF がおすすめです。ハーメルンでもR15ですが、小説家になろうより制限が少しゆる目なので、描写に若干の差異がありますが、ご容赦ください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ