3.『白翼』の天使
目下の課題は彼女を死に追いやる要因をどうにかすることだ。
単純な話、レネの職場に乗り込み、彼女の死の原因を直接取り除けばいい。
ただ、それには問題がある。
彼女の働くそのエリアは、遺憾なことながら、男である俺が容易に入ることができないのだ。
性別による制限エリア。間違えて侵入すれば体内に埋め込まれた管理チップが反応。即座に警邏型ドローンが飛んできて、退場させられる。
俺のアニメ知識には、彼女がどういう状況で死んだかはインプットされていない。帰って来たら、死の知らせがあっただけ。
順当に考えれば、彼女が仕事のエリアで死んだ可能性が高い。
そういうことで、俺は今、ある場所に向かっている。
警邏型ドローンが忙しなく音を立て、俺の頭上を通り過ぎていく。
進路は同じだ。
イナゴの群れを連想させるような、空を覆い尽くすような大群で、それは一箇所へと集まっていた。
巣に襲いかかるオオスズメバチを大群をもって蒸し殺さんとすミツバチさながらだ。
けれど、警邏型ドローンでは力不足。しょせんは烏合の衆。
相手は、中枢コンピューター防衛の最後の砦――自律式対時空歪曲兵器『サリエル』と互角に戦い相打ったほどだ。
首都にでも行かない限り、彼女は非友好的手段なんかで止まったりはしないだろう。
鉄くずの破片が頬をかすめる。もはや、ここは戦場だった。
覚悟はしてきた。
何回もリハーサルをした。
俺はなんとしてでも、今ののっぴきならない状況の打開のために、彼女へと協力を取り付けなければいけないのだから。
成功率は、盛って三割。
しかし、これが俺の取れる最善だ。彼女をどうにか説得する。
彼女の使用する兵器の名称は『エーテリィ・リアクター』。
通称、『天使の白翼』。
時空歪曲兵器の完成形。
場の操作による空間の立体移動。斥力による擬似障壁の生成。移動と外敵からの防御を一手に担ってくれる。
翼に見える白い噴出物は、垂れ流される高濃度の時空歪曲をもたらす素粒子の一つ。
空間を創り出し、加速を体現する――全てを拒む白い力。
視認できるほどに解放して使いこなせる人間は、彼女のみ。
彼女は、この時空歪曲素粒子生成リアクター二基を反則じみたスペックで使いこなし、アニメ中では向かうところ敵なしの強さを見せていた。
今もそうだ。
リアクターの推進力、機動力は戦闘機を優に凌駕する。作り出された擬似障壁に、重火器のたぐいも豆鉄砲同然。
轟音が天に響く。銃撃音だ。ドローンは蜂の巣にせんと、全方位から備え付けられた火器で銃弾を敵に撃ち込む。
対策としては正しい。演算速度をこえる攻撃は障壁の生成が間に合わない。
大抵の相手はこの弾幕で攻略できる。
しかし弾は障壁に阻まれ、彼女を貫くことはない。弾かれた流れ弾に削られ、密集したドローンは数を減らす。
みるみるうちにドローンの打ち落とされ、機能が失われていく。生み出される斥力により、ドローンだった鉄くずが飛ばされ、凶器となり、生き残ったものたちも掃討していく。
本来なら一体一体が人間を容易く無力化するはずの、ドローンの軍勢をもってしても、手も足も出ていない。彼女こそが、機械に支配されるこの世界の希望のように思えてしまう。
これを見る野次馬はいない。
鳴り響く轟音とともに、屋内への退避命令が出ているからだ。
逆らえばどうなるかはわからない。決して逆らっていいものではない。
俺も、もう元の平穏に戻ることは不可能だろう。
もとより、その覚悟だった。
鉄くずの雨――とでも形容するべきドローンの散りざま。
そこに残るのは、彼女一人。
彼女の異様な演算速度で、ドローンの放つ無数の銃弾は無効化され、地に落ちるのみ。一体も機械は残ることもない。
この場かぎりにおいて世界は、彼女によって、彼女にとっての一応の安全地帯へと変化を遂げた。
今までの支配が通用しない。
もし人々が気付いてしまえば、無法地帯に瞬く間に変わってしまう、そんな世界だ。