29.ここは未練を果たすための街
「いろいろと、高級店に手を出してみたけれど、結局はこういうお店に落ち着いてしまうものさ……。そうは思わないかい?」
「そうかもな……」
大衆路線のハンバーガーのお店だ。
二人で中に入るが、人がいない。
定員がいないという話ならば、さっきもしたが、客さえも一人もいなかった。
「ふふ、この街には、それほど人はいない……。おおよそ人一人が満たされるに足る有り余る物資、そのおかげで生前果たせなかった充足を得ることができる」
そう俺に言いながらも、彼女は店に備え付けられたマイクに注文を伝えていく。
俺もそれにならい、目についた――メニューの一番上にあるものを頼んだ。
「最初も言ってたな……未練を果たすって……。それって、どういう意味なんだ……?」
待ち時間もなく、頼んだものが運ばれてきた。ベルトコンベアのようなものにより、料理の載せられたトレーが流れてくる。たしかに自動だ。
「ここは生前の未練に囚われた者たちの漂う街なんだ。死んだからといって、そこで終わりじゃない。生きていてっ……、たとえ報われなくとも、きっと死後には救いが待っている。はむ……っ。ここは、そういう場所なんだ……もぐもぐ」
「…………」
「そしてここで満足した人間は、魂を浄化され、消えていくというわけだね。……ごくん」
「食べながら話すのは、あまり行儀が良くないぞ?」
届いたハンバーガーを齧りながら、彼女は喋っていた。それが気になって、会話に集中できなかった。
「すまないね。でも、キミは食べないのかい? 冷めてしまっても味はあまり変わらないし……温かいまま食べる価値があるほどのものかと聞かれれば、首をかしげざるを得ないが……まぁ、作りたてをお勧めするよ」
「そうだな……」
注文が来るまでと、話しかけてしまったが、思った以上に待ち時間がなかった。
進められるがままに、届けられたハンバーガーに手をつける。
「高級な素材は使っていないし、高名な職人が作るわけでもないけれど、こういう店の味の画一性は一級品さ。どこへいったって、同じ味だよ」
「言われてみれば……懐かしい味……かもしれないな……」
記憶がないからこそ、正確にはわからないけれど、どこかで食べたような、そんな気になってしまうような味だった。
「それにしても……ボクがさっさと注文をしてしまったからだろう? ボクを待たせたくないからキミは、メニューの一番上を選んだ。急かしてしまったね。申し訳ないことをしてしまったと思う」
「いや……俺はこれがいいと思ったから……」
「……別にいいんだ。一緒に迷う楽しみもあったはずなのに、それを棒に振ったのはボク自身だからね。……はぁ、初めてくるはずの店なのに、キミは迷う様子もなかった。気を遣うのもいいが、そんなことでボクはキミを嫌いになったりしないさ」
呆れたように彼女は言う。
彼女に図星を突かれた形だ。彼女の観察眼に舌を巻く。
油断ならない相手だと、どうしても俺は警戒を強くせざるを得ない。
「あぁ、それで……未練を果たす話だったな……。ここは未練を果たす場所だって……」
「む……さっきの話は煙に巻くつもりかい? まぁ、キミがいいならいいけれど……いや、よくないけれど……今はよしておこうか……」
「…………」
「どこまで話したか……。そうだった……ここでは生前の未練を果たすと存在が保てなくて消えてしまうわけだ。こう、光になって、ほわーっとねっ! その現象を、天に召される、そうみんなは表現している」
「なんというか……宗教的だな……」
彼女の言っていることが真実かはわからない。けれどその言葉は信用できると思った。だからこそ、不可解なこの世界に、騙されているのではないかと感じる。
あぁ、到底、その説明は受け入れられない。
「現世での常識は通用しないさ……。見たものを見たままに受け入れればいい。それだけの話なんだ」
「だとしても、ルールはルールだろう? 無秩序なのは量子の世界だけでいい……」
やはりだ、違和感が拭えない。
彼女の言う通り、死者の未練を果たすためにこの街があるのだとしたら、それはとても――優しすぎる。
自然の掟というのは、人間にまるで配慮がなく、厳しく、とても残酷なものだったはずだ。
人間の心が主題となるこの死後の街の仕組みは、まるで自然的ではなかった。
「ふふふ……」
そして、彼女は笑った。とても楽しげに笑っていた。
「どうした……?」
「実際に目で見て確かめる。どんなに式をこねくり回しても、結局は実際に手を動かしてやってみなくちゃならない……」
「…………」
「ここで話していても水掛け論だろう。ここは一つ、建設的に今日の宿の話でもしようじゃないか……」
ただ偶然会っただけのこの少女が、ここの全てを知っているわけがない。
この世界の不自然さを語ろうとも、なにか解決するわけでもないのはわかりきったことだった。
「そうだな……うん、それがいい。それで、泊まれる場所はあるのか?」
「ある、と言いたいところだけど……新しく住むにはまぁ、それなりに手順を踏む必要があるからね……。衣、食とすぐに手に入れられるけど、なぜだかここは住む場所についてはそうなんだ……。だから、今日はボクの部屋に泊まるといいよ」
「……っ」
「あぁ、一人で住むには広い部屋だよ」
セットメニューについてきたオモチャをいじりながらも、上機嫌に彼女は言う。
やはり、とても胡散臭い。そこまでの親切をされる義理はないはずだ。
「それはダメだ。だったら、野宿でいい」
「じゃあ、送ってくれよ? これから暗くなる。女性一人は危ないんじゃないかい? ボクを部屋まで送ってから、それは決めればいい」
「…………」
警戒するなら今更、かもしれない。俺を罠に嵌めるなら、この建物でもできたはずだ。
俺が断るのは、彼女が女性だからだ。体格でも力でも劣る。俺がその気になれば――彼女はきっと甘く見ている。
「さぁ、行こうか……」
手を引かれて。
その部屋はすぐ近くにあった。学生の住むような狭い貸家の一室、そんな部屋の前に連れて行かれた。
「広いって言ったよな……?」
「一人で住むには、だね。ボクの主観の意見だ。キミがどう思おうと、それはキミの自由だよ」
「…………」
やはり、彼女は信用ならない人間なのだろう。そしてどうにも、小狡い。
用意をしていたかのような言い訳文句に、俺は呆れるしかなかった。




