表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
27/105

27.同種粒子に区別などなく

新章!

 禁忌を破り、知恵の実を食した人間は楽園から追放されてしまったらしい。

 その実の持つ全知の力は、人にあまり、得られたのはその萌芽のみ。ただ、人間が完全な存在になることは恐れられ、もう一つの実……生命の実は天に隠される。


 しかし、彼は歩いた。どこまでも、歩いていた。ただ、歩いてきた。

 受け継いだ全知の樹をたった一人で育んで、天に隠されたはずだった永遠を、その手に取った。


 また、いつものような毎日が待っている。不安こそ感じるけれども、きっと大丈夫だ。私は自分に言い聞かせる。

 されども、彼を見守ることすらできない。



 ***



 量子力学においては、不確定性原理により、同じ種類の原子は区別できないという。

 それは、もし原子が入れ替わっていたとしても、同種なら、本当に入れ替わったかどうかを確かめる方法が、理論上存在しないということだった。


 たとえば、隣人の身体を組成している原子を一つ、こっそりと盗んで、道端にあった同じ種類の原子へとすり替えてしまおう。

 こうしたとき、その隣人の身体に注目し、観察をし続けていても、入れ替わった瞬間を、その原子の位置の不確定性から、確かめることができないのだ。

 取り替えようとする前と後で、比べても、本当に入れ替わったかはわからない。隣人の身体から原子を盗んだと思ったけれど、まだ道端の原子を握りしめていた、なんてことも確率的にはありうるし、もしそうだとしても握りしめている原子がどちらかなんてわからない。


 そうであるからして、同じ種類の原子は区別をつけない。

 全て同じものと考えれば、入れ替わっていようといまいと、それは一通りの状態だろう。これならば、入れ替わっているかどうかで、悩む必要がまるでなくなるのだ。素晴らしいことだ。


 では、一個や二個などという半端な数などではなく、半分の原子を、あるいは全ての原子を取り替えようとしてしまった場合はどうだろうか。


 決まりきったものばかりではない――不確定性原理だ。


 本当に入れ替わっているのかは物理的には判別不能だ。入れ替わっていないという解釈もできてしまう。

 たとえ、隣人の身体の原子の全てが、一斉に入れ替わっていようとも、本当に交換されたかわからない。そして、入れ替えようとした前と後でも、同じ原子構成ならば、それは同じ肉体と考えることが、物理的には正しいだろう。



 あぁ、だからこそ、魂は果たしてどこに宿るのか。



 情報について考えよう。

 たとえば記憶だ。

 記憶、というのは観測した情報が、保存され、積み重なっていったものに違いない。

 過去があるから未来がある。さまざまな情報を外界から取り入れ、己のものとし、人は今を選んでいく。


 人の自我は、記憶の連続性が担保されているからこそなのだと思う。情報が連続性を持ち存在し続けることこそが大切なのだ。


 情報というのは、なにも記憶だけではない。いま、自分がどんな組成をしているか。たとえば、DNAの塩基配列だったりも、情報の重要な要因だろう。


 今ここで自分が情報を残さずバラバラになる。その代わりにだ。遠い彼方の遠隔地で、そこにあった材料のままに組成の寸分違わない自分が作りあげられたとする。

 これでも、同じ人間と考えることができるのだから、俺たちの世界はなかなかにばかばしいだろう。

 情報が移動したとでも言ってみようか。


 曖昧な物質に魂を委ねることができない以上、情報という概念が矢面に立たされ、人間を構成することになってしまう。

 情報こそが、人が人たる魂の所以なのだと言う他になくなってしまう。


 死ぬことは、情報が失われることでもあった。

 失われた情報は、二度と戻らない。俺は、それを、とても悲しいことだと思って……。


「なにも難しいことを考える必要はない。ここは死後の世界なんだから……」


「死後の……世界……?」


 目の前の少女は笑い、愛嬌を振りまきながらもそう言った。


「そうだよ。ここは死後の世界だ。先輩として、ようこそとでも言っておこう。ここは夢を叶える街だ」


 得意げに語る彼女に、眉を顰める。その芝居がかったセリフはいかにも胡散臭い。用意されたかのような言い回しに、目の前の少女の癖の強さを理解する。

 初対面のはずの彼女を、まるで信用できる要素がなかった。


「死後の世界って、俺は……死んだ……?」


 記憶を呼び起こそうとするが、今よりも前の出来事が、まるでなかったかのように、思い出せない。おかしい。今までなにかをしていたはずだったんだ。


「おやおや? どうやら死んだときの記憶がないようだね……。まぁ、死は突然やってくることもある。万人に納得した死が訪れることはないということか……悲しいことだねぇ」


 彼女は空を仰いで語るが、空々しいことこの上ない。まるで本心とは思えないような嘆きだった。


「いや、死んだときのことだけじゃない。今よりも前の記憶が全て思い出せない……」


「あぁ、たまにあるんだ。さっきも言っただろう? ここは夢を叶える街。前世の未練を果たして満足するための……場所さ。きっと、キミは前世の未練を果たすために、記憶が邪魔だと判断されたんだ。だから、思い出せない」


「…………」


 わからない。

 今の俺の状況では、容易く騙されてしまうだろう。目の前の少女の言葉を、なんの裏付けもなく信用するわけにはいかなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on 一気読みするなら ハーメルンの縦書きPDF がおすすめです。ハーメルンでもR15ですが、小説家になろうより制限が少しゆる目なので、描写に若干の差異がありますが、ご容赦ください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ