24.暴風と雷霆
「いくらあなたが喚こうが、この方とわたくし……結婚しているのは変えようのない事実……! もう二度とあなたが介在する隙は生まれませんよ? だいたいあなた……初めて会った時もシャツ一枚だった。どうしてそんな……っ、はしたない真似ができるんですか……?」
改めて、ラファエルの格好を見る。
たしかにシャツ以外になにかを身につけている様子はない。ズボンやスカートといったボトムスを履いてさえいない。唯一身につけているシャツには、その芸術的なまでに美しいボディラインがくっきりと浮き出てしまっている。下着さえないと丸わかりだった。
「いつも、いつも……お前が私が裸の時にやってくるのが悪いだろう……! お前が悪い!」
一度バラバラになった後、逃げる俺たちを追いかけるために急いで出てきたのかもしれない。羞恥に顔を染めながらも、彼女はラミエルをなじる。
「いえ……流石にシャツしか身に纏わずに外に出るのは常識的に……」
ラミエルの言うことは全面的に正しいだろう。俺もそう思う。
「……ワタシは悪くない……。いや……なるほど……会話で時間稼ぎか……」
「……っ!? ……? いえ、確かにそのつもりでしたが……今は単に常識的な話で……っ」
「うるさい……っ! 時間稼ぎなら、付き合う必要はない……!」
「はぁ……これ以上の話は不毛ですね……。下着くらいはつけた方がいいと思いますが、仕方ありません。くらいなさい……っ!」
雷撃だ。
ラミエルによる雷撃が、あの白い少女と戦った時のように敵を襲う。
「その雷撃は、空気中で分極した原子による電圧を超えられない」
だが、ラファエルには届かない。
原子というのはプラスとマイナスの粒子の集合だ。ラファエルは、空気中の分子を都合の良い状態にまでもっていけると考えていい。であれば、こうしてラミエルの生み出す電気を相殺できておかしくはない。
「なら……」
「あいにくだが、さっきと同じ手はくらわない。空気中の電子による擬似的な抵抗のない振るまいから、外部の磁場を相殺し決してうけつけない。よくも磁気でワタシをバラバラにしてくれたな?」
抵抗のない電子の流れというのなら超電導だが、『フェイタル・レバーサー』により、見せかけだけの再現がおこなわれる。
磁場の完全な遮断だ。電気も磁気も、既にラファエルには届かない。
「さすがに攻撃の正体が分かっていては厳しいですか……」
「次は光でも試してみるか……? もっとも、ワタシの周りの空気の密度の揺れが光を反射するがな……!」
「…………」
先んじて、ラミエルの攻撃が効かないとラファエルは言った。けれども、それは『フェイタル・レバーサー』が十全に働く前提のもとだ。
この膠着状態の裏で、ラミエルとラファエルの陣取り合戦は続いていた。
「悠長に観測を書き換える暇は与えないさ……!」
「……っ!?」
風だ。強烈な風が吹く。
風だけならば、おそらく問題はなかったのだろう。風に紛れ、数えられない量の金属片が宙に舞う。気流に乗り漂いながら、金属片には不規則に、弾丸ほどの速度までの急激な加速が起こる。こちらを襲い始めた。
「……これは避け切れるかな?」
乱流――空気の巻く渦により、軌道の予測は困難を極める。
乱流は複雑で難解だ。単純な流れである層流と比べ、身近にあらゆる場所でみられる現象であるが、数々の厄介な性質をもち、その解析は至難の業。
いかに処理速度に優れたアンドロイドといえど、襲いくる金属片の軌跡をすべて見通すのは不可能に限りなく近いだろう。
「この程度……!!」
だとしても、まともに相手をする必要はない。ラミエルは踊るように躱す。避けきれない分は電磁気力で弾けばいい。それどころか、こちらを攻撃するために用意された金属片を逆に利用し打ち返すことさえ可能。
「あぁ、これじゃ……」
打ち返した金属片は、ラファエルに近付くにつれ、分子の流れを掌握された乱流に、その暴風に絡め取られる。風の流れに乗り、再びラミエルに接近すれば、空間を満たす電磁場に、その雷に支配される。
暴風と雷のせめぎ合いに、膠着はすぐだった。金属片たちは、どちらにも触ることなく空間を彷徨うだけ。
「……これでは千日手か……!」
「ですが、あなたは消耗を続けている……このまま続けば……」
ラファエルの『フェイタル・レバーサー』に蓄えられた情報は、いつかは使い尽くされる。エネルギーが足りなくなる。
「あぁ……ラミエル。勘違いは良くない……。今は緊急時だからだぞ……? 私もお前と同じで『円環型リアクター』を使っている。条件は同じさ……!」
「え……っ? あなた……っ、『円環型リアクター』をあんなにも恨んでいたじゃないですか……!? 絶対に使ってやるものかっ、て……。プライドはないのですか……」
「うるさい……っ。なかなか負けないお前が悪いんだ……っ!! 私は悪くない……っ!」
「……くぅ……」
ラミエルとラファエルの力は拮抗している。エネルギーが互いに尽きないとなれば、このまま永遠に戦い続けなければならない。
俺としては、勝手に戦って、できれば共倒れをしてほしいというのが本音だ。ラミエルも、今は味方であるからといって、素直に応援できる存在ではなかった。




