21.二人きり?
ラファエル……本来ならば『円環型リアクター』を求めて地下を襲撃していたはずのアンドロイドだ。
気がつかなかった。
俺はアニメで確かにラファエルの姿を知っていたはずだ。なのに停止した状態のラファエルに俺は気がつくことができなかった。前世の記憶が朧げになってしまっているのかもしれない。
――いや、違う。それ以上に、地下に襲撃をされるのだから、そのときまでは大丈夫だと俺は迂闊にも安心してしまっていたのだ。
きっとそのせいだ。
思えば俺は、停止した状態のラファエルを初めて見た時、既視感を覚えていた。そのはずなのに、その理由を俺はよく考えなかった。それがまず間違いだった。明らかに俺の失態だった。
ラファエルが、この車に潜り込み、いま俺の前にいるのも、考えてみればおかしなことではない。
あの『円環型リアクター』の奪取は、俺が介入したことで数日早く完遂された。それにより、俺が調達に向かうタイミングはアニメより少し早くなったのだろう。
結果として、物資に紛れて地下へと潜入するはずのラファエルとかちあってしまった。
「…………」
「さぁ……これで二人っきりだ……。邪魔するものは誰もいない……。あぁ……思い返せば……かつて、お前と繋がったことは、ワタシの最大の失敗だった」
「どうして服を脱いでいるんだ……?」
「過ちは繰り返すものさ……。ワタシに愛し合うことの悦びを教えたのはお前だろう……? 責任をとる必要があるな」
自身の裸を惜しげもなく晒して、彼女は力で俺のことを捻じ伏せる。嬉々とした表情をしながらアンドロイドはそう語っている。
「覚えがない……」
「なら、自分の頭で考えるんだ。ワタシは嘘を言ってはないぞ? 考えることは得意だろうに……。ただ……そうだ……っ! あんな別れになってしまっても……ワタシのことをまた求めてくれるなんて……っ。あぁ……」
ラミエルのときと同じだった。
俺の記憶にない思い出ばかりをこの大天使は真実のように話している。
「なんの話だ?」
「ふふ……照れ隠しか……? 確かにさっき言ったじゃないか……ワタシのことが欲しくて欲しくてたまらない……。他の男に触れられるだけでも耐えられない。持って帰って抱きたいって……!」
「そこまでは……っ」
「あんなことを言われてしまったんだ……もう命令なんてどうでもいい……。だから、邪魔者は排除してあげたんだ……。ここでいいだろう? あぁ、帰ってなんて言わずに、今すぐ愛し合おう……昔みたいに時を忘れて……な」
またこうなるのか……。ラミエルのときもそうだった。
誰かと勘違いしていると思ったが、ふと、そうでない可能性にも思い至る。
大天使はその卓越した予測能力のせいで、過去と未来があやふやになってしまう。アニメでも大天使型アンドロイドは、過去の記憶のように鮮明な未来を知って、混乱することがあった。
まだ起こっていないことさえ、あったことのように語ってしまうのだ。分岐した予測の中から、自身に都合の良い未来を選んで、それを事実のように……。
仮説を立ててみたが、今ひとつ納得がいかない。やはり俺は重要ななにかを見落としているような気がしてならない。
「……ぐっ……」
「ワタシが脱がせてやろう……? 恥ずかしがらなくてもいいんだぞ?」
ラファエルに組み敷かれた状態から、抜け出そうともがいてみるが上手くいかない。
人間ではアンドロイドの力には敵わない。
あぁ……どうせ俺はラミエルに襲われてしまっているのだから、今更抵抗するようなことでもないのかもしれない。きっと同じことだ。
ここで上手くやれば、もしかしたら、このアンドロイドは俺たちに協力してくれるかもしれない。レネの未来のためにもそれがいいのかもしれない。
――レネの悲しむ顔が頭に浮かんだ。
あぁ……俺は……。
組み付され、好き勝手に――、
「……!!」
大きな破裂音がする。
なにが起きたのかわからなかった。
「この攻撃は……」
ラファエルが見つめたのは自身の手だ。
手首から先が千切れてなくなっている。断面からはコードがはみ出て、赤い血のような液体が溢れている。
人間に似た――アンドロイドはどこまでも人に似せて作られている。身体中を巡る温度を調節するための液体は、赤く着色されている。
「……え……っ」
「ワタシの観測範囲外からの光速での一撃……。さらにはその距離からワタシにだけ当てるほどの精度の高さ……! 間違いない……ラミエルか……! ……っ!?」
――ラファエルの上半身はバラバラに弾ける。
俺はラファエルにのし掛かられていた。ラファエルの体内から溢れる赤い液体に、俺はずぶ濡れになった。
俺の上にはラファエルの下半身だけが取り残されていた。
「なんだよ……これ……」
次いで車の天井が破れる。
そこから現れたのは俺の見知った大天使だ。金髪に赤い眼をした『雷霆』の天使。プラズマの翼を背に、地に舞い降りる。
「どうやら……遅かったようですね……」




