19.魔法のような
「時間だ! 撤収だ!」
男のあげた声に、俺たちは車へと戻っていく。
気分は重いままだ。
こんな調子で、これから現れるはずのラファエルを迎え討つことができるかはわからない。
なにより、味方との協力が大前提なのに、このざまだ。
なにもかも、俺はうまくやっていくために振るまうことができなかった。要領のよさも、心の強さも全て足りない。昔から俺はこうだった。
「…………」
車へと乗り込む。そうすればすぐ、地上から、あの地下世界への道を走り出した。
「な、大丈夫だっただろ? まぁ、まだ帰れたわけじゃないがな……」
変わらず男は、気さくに俺へと話しかけてくる。
わかっている。俺の考え方の問題なんだ。
だからこそ、決断をしなければならない。
「すまない、少しいいか?」
「どうした……?」
やはり言い出すのには覚悟がいる。どう思われるかもわからない。
けれどこれは、今の俺以外にはできないことだった。やらなければならないことだった。
「なぁ、あのアンドロイドだが……俺にもらえないか……?」
「……は……?」
男は顔をしかめる。
ここで俺がもらうとなれば、この男にとっても不利益だろう。それでも、なんとかして説得をするしか俺にはなかった。
「いや、気に入ったんだ……どうしても欲しくてな……」
無理を通すしか他にない。
地下では白い少女に衣食住と世話になってばかりだった。この地下で大した物を持っていない俺では、代えられるものがない。こうして熱意で押す以外に方法がない。
「くは……っ、はは……! ずいぶん深刻な顔で言うからなんだと思えばそんなことかよ……っ! はは」
「笑い事じゃない……。俺はあのアンドロイドが欲しくて欲しくてたまらないんだ」
勢いだった。自分がどんな目で見られるかは、もうどうでもよかった。
きっと、このままなにもしないよりは、ずっと良いはずだ。
「まぁ……そうだな……。俺たちから歓迎の意味を込めて……お前にやろうか。……プログラムを書き換えるのに数日かかる。五日後くらいか……開けておけよ? その時に、パーっと歓迎会でもやろうじゃないか」
「いや、プログラムは書き換えないでいい。このまま持ち帰りたい」
書き換えが行われてしまえば元も子もない。できればこっそりと地上で起動し、逃したいところだった。
あれは見たことがないほど綺麗な女性のアンドロイド……今、俺が過ごしているところに持ち帰ってしまえば、レネやラミエルに見つかって、なんと言われるかわからない。
「それは、さすがにせっかちじゃないか……? 時間がかかるとはいえ、反応があった方が楽しいなんて誰でもわかることだぞ……。停止したままなら、温かみがないだろうしな」
「他の男が触ると考えただけでも耐えられない……っ!」
く、苦しいか……。
男の語るメリットを打ち消すには、熱意を表現する以外になかった。
相手の顔を覗けば、とても苦々しげな表情をしている。当然だろう。
レネの真似を魅力のない俺がしても、心の距離をとられるばかりか……。
「ふふ……嬉しいこと、言ってくれるじゃあないか……?」
そっと耳もとで囁く声。
首に腕が回されて、俺の肩には女性の胸もとが密着させられている。
「お前は……っ!」
それは、あの荷物とともに積み込んだアンドロイドだ。なぜか起動している。なぜか俺は抱きつかれている。
わけがわからない。ゾッと背筋が冷えていくのが感じられる。
「どうして動いてやがる……っ!? 手を上げろ! 撃つぞ……!」
反応できなかった俺に代わって、男が銃をアンドロイドのこめかみに向けていた。
「どうしたの……!? なにかあったのか!!」
「アンドロイドが動いてやがる……! 大丈夫だ。こっちで対処する。ナオミは引き続き周囲を警戒しろ」
「わかった……」
前の座席とのやりとりには、まだ冷静さを感じられた。不測の事態だが、なにも動けなかった俺とは大きく違った。
「さぁ、手を上げろ。どうやって起動した……」
突き付けた銃で威嚇しながら、男はアンドロイドに投降を強要している。
アンドロイドが男の方へと首を回した。
「実銃か……その口径なら、大抵のアンドロイドの外装を貫通できる。頭に撃ち込めれば、記憶媒体が壊れてはダメになってしまうな……。まぁ、ここ五十年に作られたアンドロイドなら耐えられるだろうが……ワタシはどうか試してみるか? いや……あぁ、その銃は次に引き金を引けば弾詰まりが起こるから、関係ない話だったな……」
それっきりに、興味を失ったようにアンドロイドは、男から視線を外した。
「弾詰まりだと……? わかるわけ……。……なっ!?」
訝しげに男は眉をひそめ、トリガーに指をかけ、引く。
カチャリと銃の中で音がして、弾が放たれない。
「くく、それにしてもラグエルプランのクローンか。ミカエルのやつからは失敗したと聞いたが……たしかにこれは失敗だな……」
このアンドロイドは、もはや銃を持った男の動きには反応せずに、わけのわからないことをつぶやいている。
「くそ……!? なんで弾が出ない……どうしてだッ」
何度か銃床を叩き、スライドを動かしても、弾詰まりが直らない。この異様な状態に、男は見るからに焦り、弾の出ない銃に固執していた。
アンドロイドは、男の方を向きはしない。
「あぁ、それ以上引き金を引くと銃がバラバラに壊れるぞ?」
「ふざけるな……っ!? マガジンの中で詰まってるだけさ……?」
そう言って男はマガジンを取り替え、もう一度引き金をひいた。おそらくそれは失敗だったのだろう。
「はぁ……伏せろ……」
「……なっ」
破裂音が響く。
アンドロイドは俺のことを押し倒し、上に覆い被さった。そのアンドロイド越しに、男の銃がパーツごとにバラバラに弾けて飛び散る光景が見える。
「……こんなことが……」
武器を失い、男は呆然とすることしかできていない。
「手始めだ。強烈な熱によりエンジンが焼き付きこの車は動きを止める」
「……っ!?」
揺れ、そして窓から見える外の景色の相対速度が減少していることから、車は確かに減速している。
「風が巻き起こり、ワタシに銃を向けた男は頭を、壁に強かに打ち付ける」
アンドロイドは横に手を振る。
「か……風だと……っ!? ここは車の中だぞ……!? そんな強い風、起こるわけが……っ!? んが……っ!?」
体表の熱が流される冷たい感触がした。風が流れた。
そのまま男は吹き飛ばされ、車の壁面に強く頭を打ちつける。
「不可能じゃないさ……ワタシは魔法が使えるんだ。と……気を失っているか……」
アンドロイドは目の前の敵をあっさりと無力化してみせる。
このアンドロイドのおこなった事を一通り見るだけでは、自然の摂理を逸脱した不可思議な現象を起こせる力を持っているとしか、きっと思えないだろう。それは、魔法とでも言わなければ説明がつかないような。