18.アンドロイドの使い方
「今から対象への並走を開始する」
その声に、我に帰る。
「わかった。装置起動まで……」
「装置起動まで、五秒……三・二・一……起動成功。……対象は失速してる」
「了解。撤収まで、あと五十九分五十三秒」
「っ……!」
揺れる。慣性力がかかった。ブレーキがかけられたのだろう。
「さぁ、さっさと積み替えるぞ?」
「わかった」
車から出る。隣に停車しているのは、荷台にコンテナを積み込まれた、大型のトラックだった。ただし自動運転のみの仕様により、運転席は存在しない。
「あぁ、こっちのは空間拡張をしておくんだ」
「ザック。わかってるさ」
こちらの車の大きさはそれほどでもない。それでも地下の住人たちを支えられるほどの荷を運べるのは、空間拡張が行えるからに他ならない。
時空歪曲の兵器ではない利用の仕方だ。
人間の生活は科学でより豊かになる。誰かを傷つけるためではない。本来はきっとそのために作られたんだ。それを思えば少しだけ救われたような気分になれる。
荷物の移し替えにかかる。
電波の妨害により停車させたトラックには、箱が積まれている。荷物を小分けにする箱だ。
この箱にも秘密がある。
俺が一人で持てるほどの大きさの箱だが、中は空間が拡張され何倍もの体積を収納可能だ。さらにはこの箱の中では時間の進みが遅くなることから、ある程度なら鮮度を保ったまま運ぶことが可能だった。
言うまでもないが、中に入れたぶんだけ質量は増す。中の空間が広いぶん、箱を満たせばかなり重さだ。そのままでは運ぶのが容易ではなくなってしまうだろう。
その問題を解決したのが磁気単極子だ。
道路の下に敷き詰められた磁石が、箱に保存されている磁気単極子と反応し、反発力を起こす。
それにより重力の影響を軽減、運搬が容易となった。
磁気単極子は『セレスティアル・スプリッター』から生成されるが、工業用には大規模な装置がなければ作り出せない。
身体に仕込めるほどの小さな『セレスティアル・スプリッター』から、自由に電磁気を操作できるのはラミエル以外に考えられないだろう。
そもそもの話、『セレスティアル・スプリッター』の構造を理解し、生産をできるのはラミエルのみだ。ラミエル以外に『セレスティアル・スプリッター』の仕組みを理解できた者はいない。
ラミエルのデータを移せば、と思いもするが……機械が支配しているからだろう、アンドロイドの人格は保護され、彼女たちは自身のデータを唯一無二と大切に扱うのがこの時代だった。容易に自分や他人のデータをコピーしたりはしない。
だからラミエル二号とかは、存在しないと考えていい。おそらくいないはずだ。いないでほしい。
「これは……」
積み込む作業を続けている途中だった。自然と目に入った。
それは、他の荷とは違い、箱に入れられてはいなかった。
コンテナの隅に簡易的な壁で仕切られたスペースがあり、そこにはベッドが据え付けてある。その上にあったものだった。
「どうした……? 手を止めて……と、これは」
アンドロイドだ。それは栗毛の女性のアンドロイドで、まずその均整の取れた顔つきが目に止まった。
完全な左右対称――これはアンドロイドとしては珍しくはない――それに加えて黄金比だ……顔のパーツの構成のほとんどが黄金比に倣ったものに違いなかった。
「…………」
一対一・六一八〇……。恐ろしいほどの幾何学的な美しさに、俺の目は釘付けになってしまう。
それとともに、なぜかどうしようもないほどの既視感に苛まれる。
「あぁ、こいつも持って帰ろう……」
「待て……アンドロイドだぞ?」
初期状態か、あるいは内部が壊れて停止させられているか、見た目では判断がつかない。起動させても、協力的になるわけではない。アンドロイドの思考能力の高さと力の強さを顧みて、捕虜として労働力にするには不確定要素が多すぎる。
バラして……部品として使うのか……いや、それにしてもこのアンドロイドの容積分、違う箱を積んだ方が有用だろう。
「あぁ、ここだけの話だが……アンドロイドが良い声で喘ぐようになるプログラムがあるんだ……」
「お前……」
思わず睨んでしまう。
覚えがある。それはアンドロイドの人格を上書きし、自分で思考することもままならない存在に変える人道に反したプログラムだ。
「そんな怖い顔するなよ……。どうせものだろ。こんなご丁寧にベッドに寝かされてはいるが……この積荷と変わりはしない。人間のような形をして、人間のようにふるまおうが、ものはものでしかない。そうだろう……?」
「そもそもの話だ。プロテクトがかかってる」
人格の上書きは、アンドロイドにとっては、死、以上に尊厳を冒涜する行いだった。防がないはずがない。今の機械たちの技術ならば、人間には突破不可能のプロテクトを作れるはずだろう。
「いや、現に数体書き換えた。時間はかかったがな……。こいつができるかどうかはわからないが、まぁ、持ち帰ってやってみてからだ。できなかったら破棄すればいい」
「…………」
アニメのときはこんな話はなかったはずだ。積み込む作業は飛ばされていたか。アンドロイドの扱いが軽すぎる。どうすればいい。止めるべきなのだろうか……。
「アンタら、手ぇ、止めて……なにやってんの……?」
「……ナオミか……」
「て……っ、女のアンドロイド? アンタら最低ね……」
こちらの様子に気がついた彼女が近寄ってくる。
俺は助けを求めて視線を送った。
「いや、そもそもお前たちが色気の一つもありゃしないのが悪いだろう。これ、運んでくれないか?」
「どつくわよ? まぁ、この前のは、良い肉に代えられたからいいけど……」
「な……っ」
「なにか外部機器がないかの確認は徹底しろ? いいな?」
「あぁ、わかってるさ」
アンドロイドを背負い上げ、彼女は運んで行ってしまった。
この男だけならまだしも、同じ女性である彼女も……。人格のあるはずのアンドロイドの扱いがあまりにも……惨い。
俺たちにとって、機械は敵。同情するべき相手ではないということもわかる。
けれど俺は、どうすればいいかわからなかった。
「さっ、さっさと積み込むぞ?」
「……あぁ……」
戸惑う。
さきほどまでとは違い、この男たちとはどうしようもない溝を感じてしまう。
作業を続けるが、あのアンドロイドのことが頭から離れなかった。
同情なく人格を変えられてしまう。都合が悪くなれば、簡単に廃棄される。
あのアンドロイドの末路を想って、胸の痛みに狂いそうだった。答えの出せないまま、頭の中では、見て見ぬふりで本当にいいのかという問いかけが、何度も何度も繰り返される。