16.磁気単極子
「……そういうことですか……。わたくしはそこのサマエルに服従しています……彼女の意思に反して、なにかをしたり、誰かを傷つけたりすることはありませんのでご安心ください。今手を掴んだのは、自己防衛の一環なのでご容赦を……」
そう言って、ラミエルは男の手を離した。
まるで話が掴めなかった。ラミエルがあの白い少女に服従をしているという話を、俺は聞いたことがない。
「わ、わかった? 今のラミエルは私の制御下ということね……えぇ」
自慢気に腕を組んで、白い少女はそう主張していた。だが、不自然に目が泳いでいるような気がする。
それで俺は今のやりとりを理解できた。あぁ、白い少女はまともな嘘がつけないのだ。
ラミエルがサマエルに服従しているというのは、嘘。事前に用意されたか、アドリブかはわからないが、そういうことにした方が都合が良いと判断をし、ラミエルはそう言ったに違いない。
「本当にこの女が大天使か……? 適当なアンドロイドを拾ってきて、俺を騙そうとしてるって線もあるな?」
俺でもわかる白い少女の動揺に、男は当たり前に気がついていた。俺よりも長く生き、特に目敏いこの男がそれを察せないはずがないのだろう。
「これでどうでしょうか……?」
バチリと掌からスパークを迸らせる。
ラミエルの差し出した掌の上には、光を放つ球体が浮かんでいた。
「これが……なんだっていう……?」
「ふふふ、磁気単極子ですよ?」
「磁気単極子? ……それが……いったい――」
「磁気単極子の生成か……これが『セレスティアル・スプリッター』の真価……」
「そうね……すごいわ……磁気単極子を生み出すこの現象、滅多にお目にかかれるものじゃない」
磁気単極子……単極の磁極のことだ。
磁石を思い出してもらえばわかりやすいが、その正負の極は必ず二つで一つである。磁石をどんなに分割しても、正極だけ、あるいは負極だけを分離することは不可能だった。
ゆえに磁気単極子は存在しない。
電磁気の基本の四式の一つは、この磁気単極子が存在しないと仮定したもとで作られたものだった。
――『セレスティアル・スプリッター』。直訳で、〝天体の分割者〟。
名前の由来は、本来ならば分割されるはずのない二つの磁極を分かてたから。
その機序は、電気と磁気の対称性を強め、エネルギーを転化し、磁気単極子を発生させるというもの。それこそが『セレスティアル・スプリッター』のみに許された力だった。
磁気単極子が作り出される瞬間を見せられてしまえば、この『セレスティアル・スプリッター』の力を十分に扱える彼女こそが、大天使のラミエルだと認めざるをえないだろう。
工業用も存在するが、それはもっと大型だった。
「お、おう。すごいことはわかったぜ? あぁ……。そうだな、こんな不思議なことを簡単に起こせるのは大天使以外ない……。うん、そうだな……」
「磁石……! 磁石はない? 本当に磁気単極子か確かめるわ!」
白い少女は近くにあったファンを手際よく解体し、中のモーターから磁石を取り出していた。
「いや、嬢ちゃん。もういいんだ……。俺は十分に納得した。そこまでする必要は……」
「ふふ、本当に磁気単極子か……これで確かめられる!」
両手に磁石を持って、正反対の二方向から同じ極で斥力、あるいは引力を得られるか白い少女は試そうとしている。
「嬢ちゃん、腕、ケガしてるだろ……。無理は……」
「すごい! 本当に磁気単極子なのね! すごい!」
磁石を動かしながらも、目を輝かせてラミエルの作った磁気単極子を白い少女は見つめている。それを見届けるラミエルは、微笑ましげな表情だった。
俺も試してみたい衝動に駆られてしまうが、今はその場合ではないだろう。後でラミエルに頼めば……いや、レネになんて言われるか……。
「嬢ちゃんは……まぁ、いいか……。俺はお暇するが、上層での物資の調達に、少し人手が欲しい。追って連絡するが、一人でいい。できれば、嬢ちゃんと、そこの大天使は来ないでくれ」
男の視線は俺にあった。
白い少女に来ないでほしいというのは他意なく、彼女では連携を乱す可能性が大きいからという理由だった。アニメでもそうだったはずだ。
ラミエルが行ってはいけないという理由はわからないが、なにかしらの意図があってのことなのだろう。
そういえば主人公がこの調達をしている間に、地下では大天使ラファエルの襲撃があった。
留守番をしていたサマエルは、奪われた『円環型リアクター』を探しにきたラファエルと交戦。大天使との一対一に、窮地へと立たされる。
だがサマエルだけで戦ったわけではない。
帰ってきた物資調達のメンバーが紆余曲折を経て光子砲を起動させる。サマエルを囮とし、認識外から見事ラファエルに損害を与えることに成功。これを撃退することとなった。
サマエルだけだったアニメの状況と比べれば、今はラミエルもいる。大天使一体の襲撃なら、大事なく切り抜けられるだろう。
もし満を持して、二体以上の大天使を相手が用意することとなれば、それまでにはきっと時間がかかる。襲撃は今よりも後になるだろう。
だからこそ、俺は安心して、物資の調達に行って良いはずだ。そのはずだった。