14.板挟み
記憶を失ったラミエルからの情報の引き出しに失敗し、俺たちはそれぞれ別の部屋で床に就いた。もちろん、再起動したラミエルを、武装のないまま全裸で拘束してからだ。
あの日は、レネと喧嘩をした日でもあったから、頭を冷やす意味でもレネと俺は、別の部屋で夜を過ごしていた。それがいけなかった。
気がつけば俺の部屋には、拘束を抜け出したラミエルが侵入していた。鍵は電磁気の作用で簡単に解除され、彼女は難なく俺の隣にやってきてみせた。
あぁ、『セレスティアル・スプリッター』を起動させられたんだ。その時点で、どんな拘束も意味をなさなかった。この『雷霆』の大天使を、俺たちは甘く見過ぎていた。『セレスティアル・スプリッター』は、彼女の体内にあった。
アンドロイドの身体に、そんな兵器を仕込む余裕がないと言いきってみせたのは、あのポンコツな少女だった。
そこから、初夜だなんだと言われて襲われた俺はなす術がなかった。俺には見合わないほどの素晴らしい家族計画を語られながら、好き勝手に尊厳を踏み躙られた。
ただ彼女は一方的な行為だけでは満足しない。終わったと、俺が一度安堵したところで、彼女は突然自省を始めた。今までの欲に任せた自身の行動を恥じ、そればかりか、彼女の標榜するところの互いに労り合う関係が強要されることになる。今度は俺主導でと幸せそうに抱きついてきた。
ラミエルは、自分の理想を果たすまでは止まらないという目をしていた。
癇癪を起こされたらどうなるかわからない。相手をしないわけにはいかない。疲れた。早く終わってほしかった。
そのために俺は彼女へと心を売り渡し、望まれるままに愛を囁き、望まれずとも労りを見せた。
嫌な思い出だ。全てなかったことにしてしまいたい思いが沸々とわきあがる。
顧みれば、拷問にかけようとしていたのはこちらだ。彼女を傷付けようとしていたのだ。自らを棚にあげ、彼女の非人道的な行いばかりを責めることはできないだろう。
今の彼女と深い仲になり、確信したこともある。
今の彼女にはコンピューター様に仕える大天使だという自覚はない。ただ、俺のことを夫だと主張して憚らない、危ない兵器を体の中に仕込んだ頭のおかしな女というだけだった。
あぁ、本当に頭がおかしい。俺のことを、きっと誰かと勘違いをしているのだろう。
しかし今ラミエルと敵対するのは得策ではない。また戦えばどうなるかはわからない。誤解は誤解のままで、現状維持をおこなう他なかった。唇を噛んで今の関係を続けるしかなかった。
本当なら、レネには、こんな俺にはこだわらずにと言いたい。死んでしまうかもしれないから、どうにかして……そんな大義名分を失って、俺にはレネと一緒にいる資格はなかった。
だが、心中という手段をもってして、ずっと一緒にと言いかねないレネだ。俺が死ぬのはいいとしても、レネにそんな真似をさせてはならなかった。
「二人とも……起きられない。少し離れてくれ……」
こうして二人に苦言をていするのは、申し訳なかった。けれども今日はやるべきことがあった。
「あ、すみません……」
素直に従ったのは頭のおかしな女の方だ。
彼女は俺の前ではこそは頭がおかしいが、言ってしまえばそれだけ。普段の彼女は余裕に満ち溢れ、とても優しい。思慮深く、慈母のように善意にあふれ、穏やかな性格で、理想の女性とでも言うべきなのだろう。
一緒に過ごせば、それはイヤと言うほど理解できる。
「……やだ……離さない……。ラル兄……好きだよ……」
レネには子どものような甘えがある。
事あるごとにラミエルと張り合って、俺のことを好きだと言ってくれる。悪いことだとはわかっているが、それに嬉しさを感じてしまう自分がいた。
「レネ……」
あぁ、あのボロ小屋での生活のときのように、もうレネは夜に仕事に出かける必要がない。あのときの生活とは違って、同じ時間に眠ることができる。
それだけで俺には涙が出るくらいに嬉しいことだった。
「他人の夫に好意を伝えるのは、道徳に背く行動ですよ……?」
優しくレネを諭す声があった。
冷や汗が流れる。落ち着いた声であったが、その荒立った感情を隠し切れていない。
「何度も言ってる。レネは俺にとって妹なんだ。家族なんだ。お前が思っているようなものとは違う」
そうだ。俺はレネのことを妹のように思って今まできた。それは今でも変わらないことだ。
紛れもない俺の本心でもある。
「それなら……いいのですが……」
歯切れが悪い。言葉とは違い、胸の内では納得できていない様子だった。眉をひそめている。
「うぅ……こんな女……ぁ」
俺の腕にしがみつきながら、レネはラミエルを睨みつけていた。
こんな女、というのは俺も同意だが、仲間になるならこれ以上もない戦力であることは間違いがない。
あの白い少女は、俺の尊厳なんぞを顧みず、このアンドロイドを籠絡しろと簡単に言ってみせた。もちろん、レネには隠れて。
停止したラミエルをレネが銃で無茶苦茶にしようとしたあの一件から、どこかあの白い少女はレネのことを恐れているようだった。
そういえば、彼女がラミエルと気安く歓談しているところを見たことがある。
「ここ数日わたくしたちはしっかりと愛し合えてはいません……。昼も夜も……この義妹さんがくっついているからですよね……?」
二度と初日のようなことが起こらないためにと、レネは俺の周りを常にうろちょろとして、夜も俺の隣で眠っている。
レネがいる限り、このアンドロイドは恥ずかしがり俺のことを襲う真似をしなかった。
加えて今まで、暴力的な手段を好まないのか、無理やりレネを排除する素振りも見せていない。
「あぁ……そうだな……」
「わたくしは、ストレスで頭がおかしくなりそうです……」
そう言ってラミエルは頭を抱えた。
ラミエルは偉く、きっと贅沢な暮らしをしていたのだから、ここでの不便な生活の負担は俺には計り知れない。
「外の空気を吸ってきたら……まぁ、少しでも……あぁ、良くなればいいな……」
「はぁ……結婚もして……愛する人が隣にいるんです……。それなのに……それなのにですよ……?」
ラミエルは流し目でレネに視線を送った。レネは挑戦的な目でラミエルを睨み返した。
もし本当に俺たち二人が望んで新婚となった夫婦ならば、ラミエルの言わんとするところもわからなくはない。
だが、あれは一方的なものだったはずだ。ラミエルの温厚な性格がわかったからこそ、なぜ俺にだけこうして無理強いをしてくるのか違和感があった。本当に誰かと勘違いをしているのでなければ、辻褄が合わなかった。
「とにかく俺は……」
この新しい生活でも、俺たちは必死に働かなくてはならない。それは前の生活とも変わらないことだった。