13.第二種永久機関は存在しない
新章!
かつて盟友は言った……誰もが幸せになる世界がほしいと。
本来なら主である彼であったが、彼はそうあることを望まなかった。父のようであり、母のようであり、兄のようでもあり、恋人のようであった友だった。
盟友は裏切られたようだった。これからきっと死んでしまう。それでも私は約束を守り続けるだろう。
彼がいなくなる。私は気がついた。終わりのない未来へと、閉じ込められてしまったのだと。
***
人の求めて止まないもの。永遠。永久機関。
熱力学第一法則が言うには、無から有は取り出すことができないという。これを破らないように考えられたのが、第二種永久機関だった。
たとえば、いま、俺の周りには熱がある。この熱エネルギーを俺は自由に運動エネルギーに変換できることにしよう。
すると俺は、周りの熱エネルギーを用いて運動をおこなえる。だが運動をおこなっても、当然のことながら、主に摩擦や空気抵抗などといった要因によってその運動は減衰していくことになる。やがて俺は熱から変換した運動エネルギーを全て失って、動かなくなるだろう。
たとえ姿は異なれど、失われたわけではない――熱力学第一法則だ。
俺から失われた運動のエネルギーは、最終的には熱エネルギーへと変化することになる。ここで思い出してほしいのだが、俺から失われた運動エネルギーは、熱から得られたものだった。
熱から汲み出したエネルギーがまた熱に変わった。そうなれば、俺は熱から自由に運動エネルギーを汲み出すことができるのだから、もう一度、熱を運動に変えることができてしまう。
熱エネルギーから運動エネルギーへ。運動エネルギーから熱エネルギーへ。無限の繰り返しが可能だった。
もし実現すれば、俺は無限に力学的な運動を続けられるだろう。
これが第二種永久機関だ。
だが、それは夢物語。現実には起こりえない。二度と元には戻らない――熱力学第二法則だ。
熱平衡状態――この終着点からエネルギーを取り出すためには、外部から仕事を働かせる必要があった。
何の代償を支払うことなく自由に熱からエネルギーを汲み出すことは不可能だった。
どんなに捏ねくりまわそうとも、同じ状態が訪れることはない。たとえ同じに見えようとも、何かが必ず変わっている。
変えられてしまった以上、もとに戻すことも不可能。どんな致命的な失敗をしようとも、やり直すことなどできはしない。
「おはようございます。ふふ……」
「あ、あぁ……」
再起動したラミエル。だが、彼女は記憶を失っているようだった。
尋問や拷問にかけ、情報を奪う目論見は失敗した。
ラミエルはアンドロイドであるからして、記憶をデータとして吸い出すこともできるのだが、白い少女はそんな機材を持っていない。
機械に反旗を翻した勢力は、全てが不足しているのが現状だ。
だからこそ、拷問にかけ、苦痛を与え、情報を吐き出させるというのが、こちらのとれる現実的な唯一の手段。それを恐れてだろう……意識を失う前にラミエルは自身の記憶を抹消していた。
白い少女の話では、復元できる状態のデータが深部には残っているそう。けれども汲み出す方法は今のところなく、ラミエル本人も知らない。
ラミエルという女性の扱いに、俺たちは頭を抱えていた。
「どうして、こっちにいるのかなぁ……?」
隣で眠っていたレネは、おもむろに起き上がり、俺を挟んで向こうにいるラミエルに尋ねた。
「わたくしたちは夫婦ですよ? 一緒にいるのが当然でしょう?」
「……あ、あんな結婚……認められるわけないでしょ……!」
記憶を失ったラミエルだったが、俺のことを忘れてはいなかった。ラミエルが行った記憶の消去は、初期化ではなく、都合良く任意の箇所だけを忘れるというものだそう。
大天使としての使命や機密はすっかりと忘れてしまっているようだったが、あの無理やりの結婚や、俺と交わした会話は何一つ忘れてくれていない。
「わたくしたちは愛し合う夫婦です。あなたもきっぱりと諦めて、次の相手を探したらどうですか? きっと、それがあなたの幸せですよ?」
「こ、殺す……っ! 絶対に許さない! お前だけは絶対に……っい!」
「ふふん。わたくしには『セレスティアル・スプリッター』があるので、そう簡単には死にませんけれど……? わたくしたちが二人で創った絆の証ですから……」
俺を挟んで、喧嘩をしていた。
ここ数日、見慣れてしまった光景だった。
この宿に来た初日を思い出す。