11.才能がなかったから
「私はあそこに戻るわ……あの核を処理してくる。リアクターも持ち逃げされたし……ま、またすぐに帰ってくる」
「あぁ……わかった」
そうして彼女は姿を消した。
この空間を短縮した瞬間移動は、その移動速度こそ速いが、移動の前に空間を歪める手順を挟むため、動きを読まれやすいのが実情だった。大天使との戦いでは、滅多なことがない限り、使われない。
彼女のことは、今、気にしないでいい。
俺には、やることがある。
「あの女……死んだ……? 私のラル兄に手を出すから……。せっかく全部、全部……私の――」
「レネ! レネ!」
いまだに、『黒い翼』を起動させたままの彼女を宥めることだ。
「ラル兄?」
「落ち着け……。その兵器はお前が扱っていいようなものじゃない……! 落ち着いて、それを渡すんだ……」
少しのミスでも命とり。人間が使えば、扱い切れずに身が粉々になる可能性がある。
どうしてレネが持っているかは置いておくとしても、非常に危うい状況だった。
「ラル兄……どうしてあんな、私のことを裏切るような真似したの?」
「し、仕方がなかった。あの状況で生き残る最善はあれだったじゃないか……」
「ラル兄。私はラル兄にあんなことしてほしくなかった……。それだったら……あんな女のものになるくらいだったら……っ、一緒に死んだ方がマシだった」
涙ながらに語るレネに、俺は困る。
レネのその気持ちも、わずかばかりに共感できる部分はある。それでも、そんな終わりを認めるわけにはいかなかった。
「レネ……。俺はレネに生きていてほしかったんだ。レネは生きるべき人間だった……なんとしても……」
幼少の頃から、愛想を尽かさずに一緒にいてくれたんだ。
俺が、もっと上手くできていれば、もしかしたらあんなボロ小屋での生活にはなっていなかったかもしれない。
あぁ、記憶は朧げだが、アニメの主人公は、レネにもっといい生活を送らせていた。きっと、そうだった。
未来を知っておきながら、そのくせ、なにもできていなかった。俺は俺のことに精一杯だった。
だからだ。レネの今の生活は俺のせいだ。力が足りず、俺がなにもできなかったからだ。
許されないことをしたと思う。心苦しくてたまらなかった。
「知らない! 私は今までの生活で幸せだった! 幸せだったのに……ぃ! どうして不幸になってまで生きなくちゃならないの? どうして私に辛い思いをさせるの……っ? どうせなら……幸せなまま死にたかった……っ!」
「ち……違うっ……! 死んだらそれで終わりなんだ……っ! 二度と元には戻らない……二度と元には戻らない……それが自然の摂理なんだ……っ! 生きていれば……生きていれば、まだっ、レネなら幸せを掴める!」
それは絶対だ。
レネほどの美貌の持ち主なら、好いてくれる人なんて、いくらでもいるはずだ。
あぁ、俺のような、運良く手に入ったものに縋って、必死に掴み続けなければならない弱い人間とは、根本的に違う。
才能さえあれば……俺がもっとすごい人間ならば……。レネのことも、本当の意味で幸せにできたかもしれない。こんなふうに悲しませることは絶対になかった。
「ねぇ、ラル兄……私のために生きてよ……! ……うぅ」
「わ、わかってる。俺はちゃんと……レネのために……」
「……うぅ……。ぐす……っ。うぁああ……!」
レネは泣きじゃくっていた。
悲しいというよりは、嘆くような声だった。その姿は悲痛で、思わず目を逸らしたくなるようなものだった。言葉をかけるのをためらいたくなるようなものだった。
「レネ……俺が一番大切なのは、お前なんだ……」
抱きしめる。『黒い翼』は止まってはいない。二人まとめてバラバラになるかもしれなかった。
関係ない。この気持ちをレネに伝えることが、なによりも優先すべきことだったから。
「…………」
「俺も幸せだった。いや、俺が幸せだったから……。レネには、なんのお礼もできてないから……っ! 生きて、幸せになってほしかったんだ……」
大したことをしてあげることはできなかった。もっと、もっと……なにか、してあげられることがあったはずだ。不甲斐なさが身に沁みる。
「余計なお世話だよ……。私はもうじゅうぶん幸せだったんだから……」
レネから、『グラビティ・リアクター』を取り外した。その機能を停止させる。こんなものは、本来レネが使うべきものではない。
「あぁ、そうだな。俺にはたぶん、それがわからなかったんだ……。だから、レネ……一緒に、これからのことを話さないか……?」
「う……うん……」
レネが明日も生きていてくれる。辛い仕事にも行く必要がなくなる。そう思うだけで俺は、心が救われた気分になれる。
それから俺たちは、これからのことを話し合った。