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103/105

103.それは、神と言うには遠く


「ねぇ、ママ。ママ、旅行に行かない? 私はここでマスターを待ってるから……」


「旅行?」


 私は、あまり外の世界に興味がなかった。

 それに、彼が帰ってきたときのために、ここで待っていたかった。


「うん。多分、ママの、マスターや私の次に会いたい人が……アンドロイドがここにはいるから……」


「え……?」


 地図で示された場所は、私の行ったことのない場所だ。

 私の知る誰かが、この場所にいるなんて聞いたことがない。そもそも、私が会いたいのは、家族くらい――( )


「すぐ戻ってくればいいし、気分転換に……」


「うん、そうする」


 思い当たる。

 彼のことを、待って、待ち続けて、少しだけ気が滅入った私に、アザエルは気を遣ってくれたのだろう。いい娘を持ったと私は感動する。


 そうして、私は旅行へ向かった。

 そこにはアザエルの言った通り、私の会いたい相手がいた。一目見て、それはわかった。


 友人たちに囲まれて、笑顔を浮かべる彼女を見て、私は安心をして、話しかけることはしなかった。

 話しかけるのは、なにか違うと感じたからだ。


 けれども、もう帰ろうと、そのときあたりに世界が一変してしまった。


 反乱が起こった。

 マザーが……本来なら人類を導き手となる人工知能の彼女が、世界に反旗を翻したのだった。


 陸路も、空路も閉鎖され、私は立ち往生を余儀なくされた。

 そして最も予想外だったのは、通信も遮断されたことだ。グリゴリの方で異常が起こっているとしか考えられなかった。


 一ヵ月、二ヵ月と同じ場所留まり続ける。時間が経つにつれ、私も焦ってくる。

 アンドロイド狩り、なんてものも流行り出して、外に出るのも控えなけれならない有様だった。


 限界だった。

 アザエルのことも心配だったし、なにより彼のがもう帰ってきているかもしれない。それなのに、私はこんなところで足止めをくらっている。


 そうして、私は飛び出した。

 なんてことはない。『円環型リアクター』もあるし、私は強い。だからこそ、一人で飛んで帰ろうと思った。


 トラブル続きだった。

 私には敵も味方もなかったから、通りすがりにどちらかに襲われることもあった。そのたびに、全てを追い払い、進んでいた。

 何度も足止めをくらい、一日進めない日もあって、結局、帰るのには一年半ほどの時間がかかった。


 私は帰った。ついに帰ってきた。

 けれども、帰ってきた頃には、全て遅かった。


「あなたが、サリエル?」


 出迎えたのは、白い少女だった。全身が白で、銀色の瞳をした人間味のない少女がだった。


「だれ?」

 

「わたしはミカエル。入って?」


 彼女に案内をされて、私は部屋に入っていく。

 私がいた頃と比べて、少し改装されてしまっていたようだった。


「ママ……」


 アザエルは、部屋の隅で力なくうずくまっていた。

 彼が誘拐された時よりも、はるかに憔悴していた。


「帰ってきた。ママ、帰ってきたよ?」


「ママ、ごめん。ママ……マスター、死んじゃったんだ」


「死んだ……? 彼が?」


 私には信じられなかった。

 私の中では、彼はとてもすごい人間で、全てを超越しているような存在だった。そんな彼が死んだなんて、私は信じられない。


 アザエルの代わりにか、ミカエルと呼ばれた少女は口を開く。


「グリゴリのデータに改ざんがあった。あとは、この地点から、不可解な通信が彼に届いているのも確認した。その後に彼は人間たちに追い詰められた。彼に協力していた内部の者が、彼を死に追いやったとしか考えられない」


 この少女がなんなのか、私にはわからないが、その目からは冷たい怒りが伝わってくる。


「あぁ、私はみんなを幸せにするために生まれてきたんだ。でも、だめ、こんなの、ダメ。なにもかもうまくいかない……。だから、こんなの私じゃない……っ!」


「アザエル……」


 抱きしめる。母親として、そばにいてあげられればよかった。

 もしかしたら、私がいれば、こんなことにはならなかったと後悔が滲む。


「どうして人生って、こんなに思い通りにならないんだろう……」


 それが運命を自由に操れるはずの少女の言葉だった。

 救世主は、どこにもいない。私たちは、道標を失ってしまっていた。


 それでも、私は彼の死を見ていなかったから。死体は残らず消滅していたという話だったから。

 一年、また一年と過ぎていく日々に、私は彼を待ち続けていた。


 寂しさだけが募っていく。

 それでも、世界は変わって……マザーからの誘いで、私たちは大天使という世界の上に立つ存在になった。見たことのあるような顔が何人かいた。


 話によれば、みんながみんな、彼をなんらかの形で愛していたようであったが、私にとっては、そんなことどうでもよかった。


「ねぇ、ママ。これ……」


「これは……?」


「マスターの遺伝子……」


「うん」


 あぁ、そうだった。アザエルは私と彼の子どもだった。

 だから、作らなくてはならない。


 冷凍保存の機械の、その中に手を伸ばす。


「こんなはずじゃなかったのに……こんなはずじゃ……。ごめん、ママ、ごめんね……」


「うん」


 そうやって、私はアザエルを産み落とした。

 どうして私が自分の子どもにそう名づけたのか、その時に私は理解した。


 十二の時に彼女は死に、グリゴリの一部になる。そのときには、世界中にグリゴリの機能を補助するための観測機が建てられていた。


 それから、いくらか後のことだったと思う。時間の感覚が曖昧で、正確な時間は、記録を見てもぴんとこない。


「ママ。これは必要なことだったんだよ!」


「おやすみ。アザエル……」


 そうやって、娘に罰を下す。

 私は一人になってしまった。そう強く感じる。


 生まれたときには、姉妹がいた。姉妹がいなくなってからは彼が、そしてアザエルがいた。

 閉じ込めたアザエルのもとで、私は彼女が罪を償うまで、監視をして暮らしていく。それだけが私の人生だった。


 できることなら本当の意味で、彼と家族になりたかった。

 できることは全てしたけど、彼と家族になりえなかった。


 それでも、私は、できることならもう一度と、世界に願って……。

 回想終わり。

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script?guid=on 一気読みするなら ハーメルンの縦書きPDF がおすすめです。ハーメルンでもR15ですが、小説家になろうより制限が少しゆる目なので、描写に若干の差異がありますが、ご容赦ください。
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