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102.欠落



 そうして数ヶ月後、私は女性としての機能を得た。

 そこからの日々は、まるで地獄にいるかのようだった。


「サリエル? どうしたんだ? 具合でも悪いのか?」


「近づかないで……」


「えっ? あぁ……」


「ごめんなさい……」


 今までが一緒にいたいという淡くほのかな欲求だったが、今は彼と一つになりたいという苛立ちにも思える情動に変わってしまっていた。


 すぐに彼と……そんなふうに悶々として、普段通りに振る舞うことができなくなってしまっていた。

 理性を失って、彼に嫌われてしまいそうだった。


 我慢する。決まった未来を待って、私はカレンダーに印をつけて、その日が来るのを待ち望んだ。


「なぁ、サリエル。そんなに楽しみか?」


 近づいてきて、でっかく印をつけていたからか、それが彼の目に留まった。


「うん、みんなが家族で過ごす日でしょ?」


「あぁ、そうか。その日は、俺は少し用事があるが……けど、アザエルには、何をプレゼントしようか……」


 私たちがいるのに、どうしてあんな女にかまけているのかと、口に出してしまいそうだった。

 ただ、もう少しの辛抱だと自分に言い聞かせる。


「あなたは、楽しみじゃない?」


「あぁ、実は、その日って、俺の誕生日なんだ」


「そうなの……だったら……っ」


「だから、そうだな……。今年も俺はなにもできなかった……毎年だ……無駄に歳を重ねるだけの非力な自分に、打ちのめされてしまうんだ」


「…………」


 意味がわからなかった。

 彼は、人類のだれよりも、そして人類の先を行ったと言われる人工知能よりも、偉大な業績を残している。

 それとも、そう……彼にとっては、人智を超えると言わざるを得ない成果の数々も、できて当然のことだったのだろうか。



 でも、だったら彼は……。



 前日は、みんなでお祝いをして、私はいつもよりも豪華な食事を作って、アザエルにはプレゼントをあげた。私はお菓子の詰め合わせを送ったが、彼は可愛い動物ぬいぐるみの絶滅危惧種セットを送っていた。

 アザエルはそれを呆然と見つめて、赤い服のご老人って、なかなか意識高いですねと彼に言った。彼は気まずそうに、そうだなとうなづいていた。


 そうして、私の待ち望んだ日はやってくる。

 準備は万端だった。可愛いパジャマに、下着に、子どもができやすい日に調整もしてある。どうやって彼を慰めるかも、何度も私は頭の中で繰り返した。


「サリエルか……」


「大丈夫?」


 彼の部屋に私は入る。

 前はあった写真が片付けてあることを確認する。シナリオの成立はもう確認済みだった。


「すまない。今は少し気分が悪くて……」


「あの女の人と、別れたの?」


「わかるか?」


「わかる……」


 ふと、思う。

 あのシナリオがなかった場合、二人はどうなっていたのだろう。あれは、可能性の一つを確定させたもので、そうなった可能性ももちろんある。ならなかった可能性も……考えても仕方ないことだろう。


「ダメだな、俺は……こんなことで、心配をかけるようじゃ」


 彼は悲しいことを言った。私は、彼の負担を一緒に背負ってあげたいと思った。


「だったら、サリィと家族になって……。今までみたいなフリじゃなくて、ちゃんとした……」


 私は抱きしめて、彼の頬にキスをする。本当は唇にしたかったけど、我慢した。


「すまないサリエル。今はそういう気分じゃない」


「サリィは今がいい」


 もう耐えられなかった。

 あの女のことを思い出すたびに、私はこの人を、私で新しく塗りつぶしたくて仕方なくなる。


「すまない」


「あ……っ」


 気がついた時には彼はいない。私はベッドの上に横たわっている。しばらく、意識を失ってしまっていたようだった。


 彼を探して、私は部屋の外を探す。

 共有のスペースでは、一人、アザエルがうずくまっていた。


「嘘……なんで……っ、なんでこうなるの……っ!?」


「アザエル……?」


 声をかける。

 なにか尋常ならざる様子だった。


「ママ……?」


「どうしたの?」


 抱きしめて、彼女のことを宥めてあげる。


「ごめん、ママ。マスターが外に行ってくるって……それで、それで……」


「うん」


「失敗した……」


「失敗?」


「そう、マスターが誘拐された。こんなこと、本当ならあり得なかったのに……っ! どうして……シンギュラリティがっ!?」


 すさまじい彼女の取り乱しようだった。

 なにが起きたのか想像もつかないが、まずいことだけはわかった。


「落ち着いて、彼からグリゴリにアクセスがあれば……」


「マスターが、外で予定にない『円環型リアクター』の使用をしたから、ノイズが走ってる。復旧まで半年はかかる」


「半年……」


 彼がいうに、『円環型リアクター』の挙動はまだグリゴリでは計算し切れないらしい。

 ただ、『円環型リアクター』を使わなければならない事態に陥ったであろう彼が、責められるいわれはなかった。


「ねぇ、どうしよう?」


「彼のことだから、心配いらない」


 私を救ってくれた彼だから、どんな苦難もものともしないと信じられる。

 私たちができることは、待つことだった。


 一ヵ月、二ヵ月と時間は過ぎていく。

 彼がやっていた機械の管理は、私やアザエルでも代わりにできた。彼を探しても、まだ見つからなかった。

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script?guid=on 一気読みするなら ハーメルンの縦書きPDF がおすすめです。ハーメルンでもR15ですが、小説家になろうより制限が少しゆる目なので、描写に若干の差異がありますが、ご容赦ください。
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