101.部品のお店
塔から出ることは、彼に頼めばできた。
まだ未完成だというテレポートのマシンを使って、万が一に足取りが掴めないように動いて、私は目的のお店につく。
「いらっしゃい、サリエル」
「…………」
予約をしていたから、名前を知られているのは当然だったが、馴れ馴れしい店員だと思った。
彼女は若くて可愛い女の子に見えるが、アンドロイドだろう。
「キミの注文は、女性としての生殖器と、生体パーツだね」
「うん……」
事前に、予約をする際に注文の概要は書いておいた。
実際に来店をして、話をして、その人に合ったパーツをという手筈だった。
本来なら数年待ちのようだったが、私のために彼が無理に予約をとってくれたんだ。感謝をするしかない。
一応の確認だろう。生理の話だとか、生体パーツが感染症にかかった際にはどうするかとか、そういう話を聞かされる。
「それにしても、すごい進歩だと思わないかい? もし、アンドロイドが人間を子どもを作りたいってなったとき、つい数年前までは、双生アンドロイドだとか、容姿の近い人間からの提供だとか、それしか方法はなかったわけだ」
「…………」
「今は、アンドロイドの情報から近い遺伝子の配列を作ることができるんだからね」
「うん、すごい」
もし、そんな技術の発展がなければ、自分が人間だったらと、人間を羨むことになっていたかもしれない。
「さ、一度スキャンをするから、こっちの部屋に入ってもらおうか」
「わかった」
そうして連れられていくのは小さい部屋だった。
機械がぐるぐると回っていて、上下左右、そして前後、全方位から私のことを完全に観測するような機械だった。
「少し、じっとしてもらえるかい?」
「うん、わかった」
彼との実験で動かないのは慣れていた。
たった十数分で済むその作業は、私とってはなんら退屈でもなかった。私は道具。私は道具……。
「それじゃあ、次はこっちだね」
連れられて、私は次の部屋へと移る。
そこには、なんというか、女性の生殖器の模型のようなものがたくさん並んでいた。
「ここは……?」
「ほら、あれだよ。生殖器といっても、人によって形状が違うわけだから、ここでどれが自分にとってベストか選ぼうってわけさ」
「違いがあるの?」
そういう知識があまりなかったからこそ、驚く。出来上がったパーツに付け替えるだけの作業だと私は思っていた。
「ほら、たとえば、こっちは男性が喜ぶって人気だったり……」
「彼に喜んでもらえるの?」
「まぁ、全員が全員って、わけにもいかないかな。結局は、相性って話もあるようだし」
「だったら、彼を連れてきた方がいい?」
実際に、やってみなければわからないのなら、やってみた方がいいだろう。
「いや、まぁ、そういう人もいなくはないけれど……」
店員さんの顔が少し曇ったように私には見えた。
少し気になったが、それはそれして、彼に一緒に選んでとグリゴリ経由でメッセージを送る。断られた。
「来てくれなかった……」
「別に一生、一人の男性と愛し合い続けるわけじゃないだろうからね。そういう基準で選ぶのも、早計かもしれない」
「一生、一緒に過ごすの」
私の気持ちを否定された気分になる。苛立って、反論をした。
「これは、失礼……」
「わかればいいです」
一度、冷静になるために、店員の彼女からは心の距離をとる。せっかく彼が用意してくれた機会なのに、台無しにしてしまいそうだった。
「まぁ、うん。パートナーに合わないって失敗して、別のものに変える人もいるから、その時はその時で考えようか。保証期間は一年あるし、定額を払ってくれるなら、生涯サポートもするさ」
「うん」
正規の店だ。
ケアサービスも充実している。これなら、とても安心をしてパーツを選ぶことができるだろう。
「それに、相手のことだけじゃなくて、自分のことも……そうだね、ボクらはアンドロイドだから、快楽なんてある程度は設定でどうにかできるだろう? まぁ、開発元の制限した基準とかもあるけどね」
「そう」
ちなみに私はいじっていない。人間と同程度というふれ込みのナチュラルニュートラルだ。
「ただ、相手が下手だったりすると、もう痛いだけだからね。それでいうと、これは簡単に男性に触れられるだけで興奮できて、初めてでもスムーズに快楽を得ることができる。時短もできる!」
「味気ない……」
私は、深く愛し合ったという特別感がほしかった。
時間をかけるほど、愛情というものは深まっていくと私は思う。
どうしたものかと私は考える。
「まぁ、悩んでもしかたがない部分もあるからね。もちろん、人間は生まれてきたときに、自分の身体を選べるわけではないわけだ。ここは、乱数に任せてみるのも手かもしれない」
「人間……」
姉が、戦いに必要のないパーツをたくさんつけていたことを思い出す。思えば、そうやって人間に近づいていたのではないかと私は思った。
「運に任せるっていっても、要望がない限りは、外観は綺麗になるから、安心してほしい」
「それでいい。ダメだったら変えるから」
「よし、じゃあ、そうしようか。作り物でも人間らしく仕上げてみせよう」
「うん」
注文を終えて、ホッとする。
そんなに迷うこともないと思っていた私からすれば、思った以上に疲れてしまった。
「それでだ。見たところキミは表情が動かないタイプかい?」
グッと顔を近づけて、店員さんは私の顔をまじまじと見つめている、
確かに、私にはそういう機能はなかった。
「そう……」
「ふふ、まずいね……。非常にまずい。ほら、肌を重ねるのは最大のコミュニケーションともいうだろう? 表情での感情の交流ができないとなると、愛情を深めるのに差し障りがでてしまうに違いないさ」
押し気味に、彼女は私にそう言った。
グイグイとくる彼女に、私は少し距離をとる。
「でも、……今更……」
「そうだね……じゃあ、愛する相手とする濃密な触れ合いの時だけ表情が動かせるっていうのはどうだい」
「ちょっと意味がわからない」
「あー、親しくなった相手にだけ見せてくれる表情とか、男の人は惹かれるんじゃないかと思ってね」
「じゃあ、そうする」
彼に魅力的に思ってもらえるなら、私はそれでよかった。
それに店員の彼女の言い分にも、共感できる点が私にはある。思い出して、イライラが込み上げてくるのを感じる。
「そうだね。じゃあ、これはサービスにしておこうか。キミの担当は、このボク、ガブリエルだよ? 覚えておいてね」
「うん。ありがと」
注文の部品の取り替えは後日になる。
少し疲れたかもしれない。それでも、これからの彼との夫婦としての生活を思えば、私は元気になれた。
店を出て、引っかかる。
あの店員さんの声は、どこかで聞いたような声の調子だと思った。波長で検索をかけるが失敗する。気のせいだったかもしれない。