10.黒い力
「……え?」
少女の持つ銃が大破していた。
「……っく」
状況が理解できずに、少女がほうけた隙を突かれ、俺は別の女に抱きかかえられていた。
「ふふ……離しません……。人質にされてしまったのは、わたくしの不徳のいたすところ。計算が合わなかった……。不甲斐ない妻を許してください……。もう二度と危険な目には遭わせません……! 失いはしませんから……っ」
はち切れんばかりの笑顔を浮かべて、彼女は愛おしげに俺を見つめていた。どうしてそんなに好かれているのかわからないからこそ、気味が悪かった。
気まずさから目を逸らす。
武器を壊され、呆然と宙に佇む少女が一人。
「もしかして……」
彼女の銃は光子銃だ。
銃が撃たれた瞬間を予測し、プラズマを展開、熱で空気を歪めれば、鏡のように光を反射させることができる。攻撃は跳ね返されたのだ。
銃は自身の放った強力な光により、熱され、溶け、爆破した。
「さて、これで幕引きです。降参をするのならば、許してはあげましょう。しかるべきところで、罰を受けることになります」
手がかざされる。
こうなれば、もはや『白翼』の少女に勝ち目はないのは明白だった。
「残念だわ」
少女は諦めたようだった。
おそらく俺は、いま抱きしめてくれている理解不能なアンドロイドの夫として、生涯を尽くさなければいけない。
レネのためを思えば苦しくはないが、できればそれは避けたかった。あの横暴な結婚は、尊厳を踏み躙られたように悔しい。
全てに決着がつく、そのときだった。
「――これは……っ!?」
下に、引っ張られる。
地球には、重力があるのだから、下に引っ張られるのは当然といえば当然だろう。だが、『翼』を用い、重力よりも強い力――電磁気力で空を飛ぶ彼女が落ち始めるほどだった。
「……っ」
下を見る。下には空間を歪ませた黒い球体があった。一目見ただけで、その正体は理解できる。
時間を創り出し、質量を体現する――全てを飲み込む黒い力。
「『グラビティ・リアクター』が起動しているのか……?」
少女の持つ、時空歪曲兵器の一対のうちの一つだった。
持ち主のはずの少女へ、顔を向ける。
「ないわ……」
青ざめていた。
「ポンコツ……」
こんなのだから、アニメでも主人公以外は、あまりすすんで行動を共にしてくれなかったんだ。
ただ一人だ。これが可能な人物が一人だけいる。
「許さない……絶対に、許さない……」
翼のように、黒い粒子を放出する、彼女は俺のよく知る少女だ。
「レネ!!」
黒い空間に、飲み込まれるのは六基の金属の柱だった。入った光を逃さない、黒い世界。
「ま、まずい……。わたくしの力が届かない……爆発する……」
レネが黒い力の解放をやめれば、間違いなく俺たちは吹き飛ぶ。
遠目に見えるレネは、死なば諸共と、鬼のような形相だった。
「レネ……! 止めろ! 無茶はよせ……!」
「あ……っ! これは……! 空間ごと引きずり込まれている……っ!?」
俺を抱きかかえる彼女ごと、黒い空間に落ちていく。上に向かい、進めているはずなのに、黒い空間との距離が縮む一方。
視界の端では、我先にと時空歪曲兵器の片割れを使い離脱をする少女が見えた。
「……お、置いて行ったのか」
ああ、たしかに、『白翼』の少女に俺を助ける義理はない。仕方のないことではあろうが、あまり納得がいかなかった。
「……この感覚……間違いない。けれど……グリゴリは滅ぼされたはず……」
そう独り言つ声が聞こえる。
このまま、わけのわからないアンドロイドと共に死ぬことになるのだろうか。ふと、どこか遠い彼方に忘れてしまったかのような、懐かしさが込み上げてくる。
「…………」
「わたくしは、このまま降下し、爆発を相殺します。このままでは甚大な被害が出ますから……。あなたはそうですね……」
彼女が目線を送った先、そこには白い翼の少女がいる。
「…………」
「わたくしに対する人質としてなら、きっと役に立つはずですので、あの子が確保してくれるはずです……。わたくしがいては、助けてもいただけないでしょうし……。どうか、ご無事で……」
「……っ!?」
「大丈夫です。そんな顔しないで……。わたくしは人間と違って頑丈ですから、なんてことはありませんよ? それに、そうです――何かを変えるには、自分もまた変わらなければならない。あぁ、全ては辻褄合わせ……代償は支払わなければなりませんから……」
その言葉で確信をした。
俺はこのアンドロイドと、かつて出会ったことがある。それも……途方もない昔に。
「ラ……ラミィ……ッ!」
――口付けをされる。
「では、いってきます。すぐに戻ってきますから……。初夜……楽しみにしていますよ?」
反発力だ。
弾かれて、俺たちは別々の方向へと進んでいく。
そうすれば、俺はたちまちに手を取られた。
「ここから離れるわ。空間を短縮する。強烈な加速度がかかるから……歯を食いしばりなさい!」
「うぐ……っ」
体がはちきれんばかりで、内臓がかき混ぜられているように辛い。胃の中のものを吐き出しそうだった。
レネの姿が目に映る。歪んだ空間の中で、白い翼の少女はレネを掴み、飛ぶ。
「え……っ?」
たどり着いた先は地上だった。
あの塔は遠目にしか見えないほどの位置。おそらくは爆発の範囲外。
塔の頂上を見ても、強烈な爆発は起こっていなかった。彼女が、きっと、なんとかしたのだろう。