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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

つむじ巻き 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 うえー、今日の帰りから天気が下り坂なんだってさ。

 こんなに晴れた朝なのに、天気ってまっこと厄介なもんだよね。現在に至るまでも、天気は都合よく調整がきかないシロモノ。人間の方が彼らに合わせなきゃいけないとは。

 でも、無理に抑え込んだら抑え込んだで、何が起こるか分からない怖さがあるよね。

 たとえば地震は、プレート付近の岩盤に力が溜まった末に発生する。もし地震を意図的に防ぐことができても、それは実質、先延ばしどころかチャージ時間をよけいに用意するわけだろう?

 もし、その抑止力が立ち行かなくなったとき、溜まりに溜まった力が解放されるわけで……いやあ、恐ろしいなあ。それなら無くならないで、小分けに何度も来てくれた方が安心できるかもね。

 だからこそ、でかい災害のときには人知を超えた事態が起こっても、おかしくないんじゃないかな?

 僕の聞いた災害の話なんだけど、聞いてみないかい?

 

 

 僕の地元には、「つむじ巻き」という天候が伝わっている。その名の通り、つむじが巻くような局所的な風のことを指すんだ。

 ほとんど竜巻のようなものなのだけど、つむじ巻きに関しては特に注意することが伝わっている。

 

「つむじ巻きが吹いている間は、宙に浮いてはいけない」というものだ。


 要はジャンプをしてはいけない、ということだろう。

 元より、悪天候なんだ。わざわざ外へ出る人も多くないと思うし、屋内でおとなしく過ごす分には、特に問題ない注意じゃないか。

 はじめて話を聞いた僕の感想はそれだ。けれども、それを守らなかったときのリスクはあまりに大きいものだったんだ。



 つむじ巻きが吹くと、自分の周囲を次々と四方からの風が襲う。

 どんどん風向きが変わることがあれば、屋外にいる者は手近な家屋の中へ避難すべきとされ、屋内にいる者は風が落ち着くまで屋内にとどまるべきとされた。

 とある家の兄弟は、わけあって両親が家を留守にしているときに、つむじ巻きに見舞われたらしい。

 それまでは家の中で追いかけっこをしていた兄弟だけど、不意に風が吹いたとき、いったん兄は弟を止めたそうなんだよね。つむじ巻きかもしれないって。

 風は最初、家の北側の風を揺らした。それもほんのわずかな間で、すぐに東、南、西とぐるぐる回りながら、家全体をふるわせている。

 間違いないと兄は思ったけれど、これまでつむじ巻きにあった経験のない、歳離れた弟は完全にあなどっていた。


「こんなの、嵐に比べればぜんぜんじゃんか。怖くなんかないやい!」


 そういうや、また弟は家の中を走ろうとして……できなかった。


 駆け足をし始めようと、両足が床からともに離れた、わずかな一瞬。

 弟の素足は床を空振った。すでに彼の身体は、宙へと浮き上がり始めていたんだ。

 兄は驚き、弟へ抱き着こうとするも、その身体は兄をあざ笑うように、ふわりといっそう高く浮かんでしまう。

 頭から床を滑った兄の姿を見下ろし、弟もようやく、ことの重大さに気づいた。あわてて手足をばたつかせるも、身体はもはや降り立つ気配を見せない。

 四方の壁を揺らす風の中、弟が兄へ届かせられるものは、もはや自分の悲鳴だけ。

 上昇を続ける彼の身は、とうとう屋根に大穴を開けて外へ飛び出したかと思うと、ぴたりと一瞬止まり、すぐ東の方へ飛んで行ってしまう。

 それとほぼ同時に、つむじ巻きの風もおさまったんだ。



 兄は家から飛び出した。

 弟の身に何かあれば、帰ってきた両親も悲しむだろう。なんとしても助け出し、あたかも何事もなかったかのように、済ませるよりない。

 弟の消えた方向へ走って走って、森に入り込んだ兄は、なおも前へ進む。

 ほどなく、泣き声が頭上高くから聞こえてくる。見回すと、三十尺(約6メートル)はあろうかという、大きな松の木。その8分目あたりの枝から幹へ寄りかかるような形で、弟は泣いていたんだ。


 ほっと、兄は胸をなで下ろす。木登りならば得意だ。

「すぐにそちらへいくぞ」と弟に呼びかけるも、嗚咽は止まらない。わあわあと騒ぐ声こそおさまったものの、今度は「ひっく、ひっく」としゃくりあげる声が、遠慮なく耳を打ってくる。


「しんぼうしろ。しんぼうしろ」


 兄は何度も声をかけながら、幹に手をかけ、足をかけ、するすると松の木を登っていく兄。その間も、背中に負って戻る間も、弟のしゃっくりは絶えずに響き続けたんだ。



 ひとまず、弟を助け出せたことに安心する兄だったけど、親が帰ってきてから新しい問題が持ち上がってしまう。

 弟のしゃっくりが止まらないんだ。兄が助け出したときには、とぎれとぎれだったものの、時間を追うごとに間隔は短くなっていく。

「ひっくひっくひっくひっく」と、もはや会話を成り立たせるのすら難しい。弟はもちろん、一家は読み書きが満足にできないと来ている。

 

 両親は、しゃっくりを抑え込めないかと弟に尋ねた。

 いろいろと試したところ、息を思い切り吸い込んだうえで、丹田に力を籠め続けると、その間はしゃっくりを黙らせることができたんだ。

 両親はできる限り、家の外ではしゃっくりを控えるよう指示し、弟もよくその言いつけを守った。

 やがて弟も外仕事を手伝える歳になるも、やはり我慢は相当辛いようで、途中途中で屋内へ引っ込んでは、しゃっくり休みの時間をとっていたというんだ。

 けれども、兄には一抹の不安があった。

 弟を助け出して以来、何年もこの村にはつむじ巻きが吹かないんだ。少なくとも2年に1回はやってきて、皆が身を引き締めるときがあった。

 それが音沙汰ないまま10年近くを経ている。村人たちにも不審がる顔が散見されるも、かの弟に関係があるのでは、と疑るような気配はさすがになかったとか。



 やがて両親が亡くなった直後、弟はよその家へ婿入りしたものの、それから数カ月がした夜中のこと。

 久方ぶりに、つむじ巻きが村を襲った。対応を知らぬ幼子たちが慌てふためく中、兄は速やかに家へ避難しつつも、弟の身を案じていたらしい。

 本来ならすぐにでも弟の家へ向かいたかったけど、あの日の記憶のしみついている兄は、踏み出せなかった。自分まで二の舞を演じるわけにはいかない。

 つむじ巻きは一晩中続き、夜明け前にはおさまってきたが、兄が動き出すより早く、玄関の戸を叩いてきた者がいる。


 義妹だった。

 野良着がところどころほつれ、破れて、ほぼ肩が丸出しという、あられもない格好だが、そこにはまんべんなく泥がひっつき、血の気が失せている。色気とはほど遠い。

 彼女が語ったところによると、昨晩から弟は、急にしゃっくりをし始めたとのことだった。

 彼はなんとか抑えようと、息を止めたところ、みるみる内に身体が膨れ上がっていってしまったらしい。

 鞠か餅のようになった彼の身体が、ぷくりと宙に浮かんだかと思うや、次の瞬間にははじけ飛んでしまったんだ。


 血も肉も、その他の飛び散るべきものは、何もなかった。

 ただ風だけが吹き荒れ、嫁の家を内側から盛大に吹き飛ばし、壊してしまったのだとか。

 その後に吹きすさぶのは、四方をぐるぐると回る、つむじ巻きの風だったという。

 嫁は残った柱にどうにかすがり、風が止むまでひたすら耐えて、ようやくここまできたとのことだった。



 連れ去られたとき、すでに弟はつむじ巻きを身体へ宿されていたのかもしれない。

 それをどうにか小分けにして追い出そうと、身体が絶え間ないしゃっくりで応じていたのだろうね。


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