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第八話 黄金伝説1

「hのうほlなあ;lmk;さj;'せもぼぬめmきほあsじゃn、あっずーま」


 その若い女の言っていることはさっぱりわからなかった。覚えたての現地の言葉で俺は繰り返していた。


「殺すな。なにもない。」


 俺は全裸で、まん……じゃなかったでんぐり返しの途中の状態で抑え込まれていた。俺自身の股の間から俺を見下ろす女の目は潤み、頬は淡く染まり上気している。俺の言っていることがわからないとでも言いたげに首をかしげるたびに黒髪ポニーテールが揺れた。朝日を受けるその髪は生命力の高さを誇るかのように輝いている。


 俺は一瞬「ああ、これが趣向を凝らした新手のおもてなしだったいいのに……」と思っていた。だが、決してこれはおもてなしの類ではない。俺たちの出会いからして緊迫した空気が流れており一触即発の状態だった。俺が山積みの藁の上で横たわっていると視線を感じた。俺の寝床の入り口で若い女が立っていた。俺が結果として陥れることになったフリップ卿からの刺客かも知れないと思った俺は先制攻撃にでてしまった。


「小娘、こらぁ! 勝手に入ってくんじゃねえっ! お家に買ってカルアミルクでも飲んでろ!」


  背が高く勝ち気そうだったとはいえ、出会い頭に中年男が若い女にかける言葉じゃない。わかっている。だが俺は怖かったのだ。マイから忠告されため、マイ、ソフィア、貴族の爺さんというルートお願いをしてギルドのあるマーロンまで護衛付きで送ってもらった。それでも道中で勝負を挑んでくる奴はあとを絶たなかった。


 これが小説家気分を味わおう系小説なら返りうちにして主人公アゲが始まるところなんだが、出会ったばかりで何の恨みもない相手に何の得にもならない命がけのやり取りなんかする気になれない。現地の人間の武功を挙げることに対しての必死さを思い知った。日本での俺もそうだったが、みんないい暮らしがしたいんだ。そして、勝てばそれが手に入ると信じている。


 帰りの道中は護衛が間に入ってくれて事なきを得てきた。だが護衛から忠告を受けた。フリップ卿はしつこいからきっとなにか仕掛けてくると。刺客を送ってきたりするかもしれないから気をつけろ、と。


  い女と対峙しながら俺は藁を一束つかむと数回しごき魔法で固めてこん棒代わりに突き出した。そして、さらに言った。


「言葉がわからなくてもこれならわかるだろ? 消えろ」


  そして気が付いたら俺は、でんぐり返し、あえての途中で止め、全裸でね、っていうわけ、なのだった。

 シンプルに言うと俺は寝起きに言葉の通じない見ず知らずの若く背の高い勝ち気そうな女に出合い頭に全裸で恥ずかし固めをされているそういうことだった。

 

 いまさら後悔しても遅いが俺はあつがりで寝ている間に服を脱いでしまう癖があった。それでギルドが用意した冒険者用の宿舎ではなくマーロンから小一時間ほど離れた集落跡の建物を勝手にねぐらにしていた。その集落の建物が木や和紙でできた日本風の家屋であったこともここが気に入った理由だった。そんなわけで誰も、マイすらも知らないこの場所に人がくるなんてことは予想していなかった。


  いなことにたこ焼き屋で稼いだ金やあらゆる協力を得て作り上げたたこ焼き用の鉄板はお局ねーさんことギルドの金庫番ミシェルに預けてあるからマーロンにさえ戻れれば再起は図れるはずだ。まずは命。次に首の認識票。あとはいらない、すべてくれてやる。大したものはない。全裸で人前に出るくらいなんてころはない。恥や誇りなどはとうの昔にドブにたたき捨てさせられている。大切な誰かをを幸せにできるなら裸で逆立ちでマーロン一周したっていい。まあ、そんな相手はいないが。


 とりあえず現地の言葉を使っていると気が付くことがあった。何やら手足の先が冷たい。動かそうとしてもかじかんでうまく動かせない。


 頭によぎるものがあった。生物の体の中には水分がたくさんある。人の体も半分以上は水でできている。水系の魔法使いにはこれを操れる奴がいると聞いていた。氷漬けなどしなくてもその成分のほとんどが水である血液を止められたら…… 死ぬ。


 自分の死を間近に感じ始めた俺はこの前まで自殺を考えていたことなどすっかり忘れて恐怖に我を忘れた。異世界で俺によくしてくれたアンジェやマイに会いたい! 日本で強く優しくあろうとして利用されただけの俺が、むき出しの弱肉強食のこの異世界でどこまでやれるのか見極めたい!


 死角に入って直接見ることができない竹やりをどこに置いたか必死で思い出す。イメージする。竹やりを動かそうとする。だめだ。火事場の馬鹿力でもできないものはできない。俺の魔法はまだ直接触れていないと魔法の効果が表れない。


「や、やめろ! いや、やめてください。お願いです。なんでもします。裸になって逆立ちで町内一周もしてみせます。お願いですぅ」


 上気した顔に微笑みをたたえた女に訴えた。訴え続けた。情けないことに涙がにじみ始めて女の顔がよく見えない。その涙をぬぐおうにも腕は女の足に押さえつけられているようで動かせない。

 俺は小説家気分を味わおう敬小説の主人公なら絶対にいないであろう言葉を発しながら涙を流していた。


 しばらくして女が反応した。女の口からついた言葉。最初は意味がわからなかった。だが聞いているうちにわかるものがあった。苦い記憶もよみがえる。


「わが妻は いたく恋ひらし 飲む水に」


 俺は恐る恐る口を開いた。


「影さへ見えて 世に忘られず」


 単身赴任が決まってからなんとなく防人の歌を調べることがあった。その中に印象に残る歌があった。女が言っていたのはその歌だった。


 俺の答えを聞いた女は残念そうに笑うと恥ずかし固めを解いた。俺はゆっくりと女の反応をうかがいながら立ち上がった。


 それから女は言った。


「何者だ? 貴様」


 答えに窮した。


 俺は暴力沙汰で若い娘に打ち負かされてその目の前で全裸で立たされている中年男でしかない。


今の状況に比べたら当時は本当に胃に穴が空くような思いをしたが就職活動のときに受けた圧迫面接なんて屁みたいなものだな、なんてことを考えながら女の瞳から目を逸らせないでいた。


っていうか、フリップ卿からの刺客じゃないのかよっ!

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