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第七話 貴族の決闘 後日談

 貴族の屋敷、午前中の柔らかな日差しが照らす庭のテーブルで俺は異世界に来てから初めてのコーヒーを味わっていた。たこ焼き屋を一緒に営業した仲間たちは少し離れたテーブルで女同士で何やら姦しくおしゃべりをしている。


 まあ、コーヒーと言っても厳密に俺が日本で飲んでいたものとは違うのだろうが黒くて苦みと酸味があって目が覚めるなら俺にとってはコーヒーだ。


 現地ではビカリカと言うらしい。俺がいるテンブリの言語は発音や文法、それに文字も英語に近くそれと比べるとなんとなく違和感があったが遠い国で採れる豆が原産らしくそっちで呼ばれる言語が伝わってきたとのことだ。


 で、だ。俺が現地で知る一般名詞はきっと伝わる段階でいろいろ変化しているだろうしあなたがこれを読んでいるころにはきっとまた変わっているだろう。日本語だって一〇〇〇年前の言葉は古文と呼ばれて勉強しなきゃわからないものになっちまうんだ。


 悪いがこっちの一般名詞を使うたびに注釈をつけるほど俺は記録者として優秀じゃない。旅情が味わいにくくて申し訳ないが日本語に変換して書いていくけど勘弁してくれ。


 あと文章で俺のテンションが昨日までと違うと気が付いた人もいるだろう。俺は今、いわゆるひとつの賢者モードだ。詳しく書くとR18にせざるをえないので省略するが簡単に書いておこう。


 もうあの女やかつて俺が娘と呼んだ、そして俺をサンタさんとしか呼ばなかった幼児が大人になってこれを読んだらどうしようなどと言う不安は一切なくなった。というか、そもそも俺が書いた文章が読まれるはずがない。寂しくなんかないやいっ!


 よっし、それじゃ行くぞ。前回の記録の続きからだが俺は貴族の小娘ソフィアを部屋に置いてマイたちの部屋まで行こうと扉をあけた。するとそこには件のベテランメイドの顔がランタンに照らされ浮かび上がっていた。いや、むっちゃビビった。日本の蛍光灯がどれだけ明るく夜を照らしてたか思い知ったよ。


 ま、そんなことはいいか。それでお互い片言の言葉でやり取りをした結果ベテランメイドがソフィアを説得して連れ帰ってくれた。まあ、ジジイやソフィアに夕食をごちそうになっていたときにマイが通訳してくれた話によるとフリップに盗られた花嫁を俺が取り返してくれた、っていうことになっている、らしい。で、まあソフィアなりにお礼をしてくれようとしたんだろうなとは思っていた。


 それに貴族の世界では珍しくないことだろうとも思った。日本の光源氏だってそっち方面では結構無茶してると思うし。だが、令和の日本を生きた俺には荷が重かった。え? だっておじさんはゴキブリだから現地の法で大人扱いされてて合意だったとしても十三才の少女と恋に落ちたら生きたまま焼かれるんでしょー? 炎上言うて。


 というのは冗談だが、俺のバックにサイハーテ家がついているという思惑があるのだとしたら期待にこたえられないよなという考えからだった。あと十年若かったらコンバインオッケーの緊急事態宣言に飲み込まれ我を忘れていたと思う。


 で、正直、俺は人生に二回しかないジャンピングチャンスを自らの手で捨ててしまったのでは?という効果にさいなまれてベッドでのたうち回っているとノックの音がした。


 そして、扉を開けるとベテランメイドと女の人が立っていた。美しくいい匂いのする女の人だ。そして胸元のざっくり空いたドレスっぽい服を着ている。不思議だったのは手元には何やら桶のようなものを二つばかし持っていたことだ。


 俺が首をかしげているとベテランメイドが片言の言葉で言った。


「お、も、て、な、し」


 ああ言え、こう言え、OH! YEAH!


 ってなわけで、ビバ! おもてなし!


 ほら、愛とか恋とかじゃありませんから。おもてなしを受けた、それだけなのです。


 あと、ちょっと言っておくと一つの桶からは消毒液のような香りがした。マッサージをされてながらそこから出したひんやりと冷たい布で全身おもてなされたから安心安全なおもてなしだったと思う。


 もう一つの桶の方からはまるで植物とかの人にやさしい素材から作った、あったか〜くてほんのりと柔軟剤の香りがするヌルヌルとた不思議な液体あったみた。


 う〜ん、不思議、発見しちゃったなぁ。


 あ、そういえば屋台の仲間たちについてはここでごちゃごちゃ書いても混乱するだろう。とりあえずギルドや酒場でスカウトした売り子をやってくれたカワイ子ちゃんとセクシーなお姉さまとお目付け役のお局様とだけ書いておく。言葉が通じにくいということもあったと思うがヒロエモことフリップ卿と決闘する前と決闘後ではあからさまに俺への態度が変わった。


 まあ、妻に他の男の托卵かまされた俺はそんなことでいちいち女性に幻滅しなくなっていた。娘のことも無邪気な顔を思い出すと幸せになってほしいとは思うが胸は痛まない。俺はただ幸せな家庭というものに執着していただけかもしれない。


 そんなことを指輪の跡の見当たらない左手の薬指を見ながら思っていたときだった。マイが俺のテーブルにやってきて告げた。


「おじさん、ちょっといい?」


「ああ」


「いい話と悪い話。どっちからがいい?」


 少し迷っていい話を選んだ。どうせ後のことはわからない。こっちではいいことを味わい尽くすつもりだ。


 マイが言うには貴族の爺さんが俺がわけてやった紙巻きたばことマイのオイル式ライターに興味を示したらしい。日本人村との取引をしたいそうだ。まあ、マイを通じてならいいだろうと思う。あとは日本人村が応じるかどうかだ。実際彼らも日本から支援か購入かいずれかしているのだろうから限度はあるだろう。


 そうか。昔見た漫画でゴリラみたいな見た目の極度に無口な違いの分かる男子高校生くらいしか吸ってなかったあの煙草気に入ったのか。蓼食う虫も好き好きだな。世界は広い。


 いっそ使えそうな葉っぱ探して生産しちまえばいいような気がする。いや、俺が思いつくようなことは考えてるか。まあ、こっちには日本人が紙と聞いて思い浮かべるようなものはない。紙だって木から作られることは知ってるがどんな木がいいのかなんて皆目見当がつかない。


 いや、むしろ逆か。入手を困難にして値を吊り上げるってことか。


「具体的には?」


「うん、まあ、日本人村から買い取った煙草を高く売るくらいかなぁ」


「まあ、こっちで作れればいいだけどな。日本だって煙草と塩は国が独占販売してたくらいうまみがある商売だけどこっちで作るとなるとさっぱりだ。」


「ふーん。でもおじさん草食系じゃん」


「植物系魔術師ぃ」


「はいはい。でさ。使えそうな植物とか探せない?」


「どうかな? まあやってみる価値はありそうだな。でも、煙草をやめた身としては世に広めるのは少し抵抗があるなぁ」


「え? おいしそうに吸ってたじゃん」


「昨日は特別。それにもっとおいしいというか利幅が大きいのは大家商売と仲介料とか手数料商売だな」


「どういうの?」


「屋台出すとき地元の荒くれ物にショバ代払ったろ? 大家商売はあれだよ。ま、貴族たちが農民に土地かして金を納めさせてるのもな」


「たしかに」


「あとは日本でいうとATMの時間外利用料とか証券会社の株の取引手数料とか転職あっせん会社とかかな。原料仕入れて何かつくってそれを売るよりは元手が少なくてすみそうだろ?」


「そっか」


「で、悪い話ってのは?」


「ああ、大したことじゃないよ。ほらおじさん有名になちゃったからギルドに帰ったらたぶん狙われるよ」


「え? まさか」


「おじさん倒して名前をあげるって人いっぱい来るよ」


「おどかすなよ」


「ま、いいじゃん。準備しておけばっていうアドバイス。あとね」


「なに?」


「みんなにさっき聞かれたの。おもてなしってどういう意味かって」


「ああ、なるほど。おもてなしね。ところでそれっておいしいの?」


「さあ、しらない。竹でもタケノコでも伸ばしたり縮めたりして頑張って。ま、あたし、きのこ派だから。じゃ」


 そういってぷりぷりとどこかへ歩いていくマイの後ろ姿に声をかけた。放っておいたほうがいいとは思ったが貴族の屋敷を離れる前に貴族たちに確認しておいてほしいこともあった。


「なあ、俺たちのイカサマ。仲介人に見抜かれなかったのかな? 貴族の奴ら何か言ってた? 結構喋ってたよね? 飯の時に」


足を止めて振り返り答えてくれた。


「え? 別に、なんとも。それにあたしお嬢様と仲良くなることに集中してたし。世間話しただけだよ。好きな食べ物とかファッションとか」


「そうなんだ」


「あと、好きなタイプのこととか。いい子だったよ」


「なるほど」


それきりしばらく言葉を見つけられなかった。マイは軽く唇を尖らせたかと思うと言った。


「それにバレてたらおじさん殺されてるでしょ」


「確かに」


「でも、あんなでかいキルモンも動かせなければほんとただの大きなガラクタなんだね。あれ、なんていうんだっけ。そういうの」


「ウドの大木」


「そうそうそれ。あのフリップ卿もそれだったんじゃないの? あたし絶対おじさん殺されると思ったからできることはしておこうと思ったのに」


「ありがとう。ほんとに助かったよ」


「うん。あ、あとさ、おじさんも一回見たほうがいいよ。公開処刑。簡単に死んでもいいなんて言えなくなるから」


俺が何か言おうと言葉を探していると俺の後ろではじけた笑いが起きた。屋台仲間のカワイ子ちゃんとセクシー姉さんとお目付け役のお局さんの笑い声だ。俺は笑ってるのかどうかは知らないが人の笑顔を見るってのはいいもんだと感じ入っていた。


現地の言葉を本気で身に着けようと決意しながらコーヒーを一口含む。俺は既存の支配階級が新興の支配階級を抑えるために出る杭を打つための金づちとして利用されただけという確信を深めていた。


「ウドのコーヒーは苦い……か」


口にしたコーヒーに砂糖は入っていなかった。

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