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第十話 黄金伝説3

「よし、天気もいいし食事にしよう。表にある小さなかまどはおじさまのものか」


「ああ」


「先に行ってるぞ。ここはすごいな。井戸もあるし、小川も流れているから水の心配がない」


「ああ、昔の人たちの遺産を使わせてもらっている」


「ありがたいことだな」


「ああ」

 しみじみとそう思った。顔も名前も知らぬ者たちが残した生活基盤のインフラが俺を支えてくれている。


「よし、先に行って火を熾しておくからその伝家の宝刀をしまったら来てくれ」


 サトミが言う伝家の宝刀の意味に気が付き赤面した。羞恥心が一気に襲ってくる。慌てて股間を手で覆い腰を引いた。顔が赤らめていくのがわかる。声をかけられるまでサトミに気が付いていなかった。見られていなければいいのだが。


「ははは、何をいまさら。私に命乞いしているときでさえ臨戦態勢だったではないか。あの命乞いも最初は芝居かと思ったぞ?」


「あ、いや、それは」


 おじさんにだって朝の生理現象は起きる、加えて現実逃避と自覚しながらも新手のおもてなしの可能性にかけていたら体も応えてくれた、ということなのだが説明したら余計人格を疑われそうだ。


「私の抑え込みを喰らって縮上がらない男はいなかったよ。おじさまは案外肝が据わっているな」


「いや、そういうわけじゃ…… サトミはあんなことはよくするのか?」


「船乗りだったからな。狭い船の中で男の中に女がいれば不埒なことを考える輩も現れる。みな、ああして晒し者にしてやった。殺してもよかったが漕ぎ手を失いたくなかったんでな」


「強いんだな」


「おじさまも大したものだ」


「いや、そんな」


「初めてだよ。わたしに抑え込まれても男でいた男は。おじさまだけだ」


 なんとなく誇らしくなる。サトミは軽く手を振ると出て行った。


 よかった。見られてはいなかったらしい。俺が心配していたのは朝目が覚めてからのことだった。この身に久しぶりの朝の生理現象が起きていること自覚した。というよりは生理現象に起こされたと言ったほうが事実に近い。おもてなしを受けていた夢を見ていた。そして、また俺に喧嘩を吹っかけてくる奴らがいるであろうギルドに行くのが憂鬱だった。


 そこで俺は思った。ああ、ギルドに行きたくないなあ。そして、俺は気が付いたら現実逃避をしていた。


はたから見たら俺は藁の中でバタフライで泳ぐ気の毒な男に見えただろう。ただ俺はもう一度おもてなし技法の一つを思い出していた。名前を付けるとするならば、小宇宙リトルコスモでバタフライ。そしてサトミが声をかけてきたタイミングが問題だった。


「バタフライがしたいよ…… バタフライがしたいよぉっ!」


 二回目のちょうどしたいよぉっ!のクライマックス直前だったのだ。我を無くすのもしかたがないと自分を慰めて俺はステテコみたいな下着とズボンを履き、シャツを着てかまどに向かった。


 外に出てすぐにわかった。ずいぶんと久しぶりに嗅ぐ。みそ汁と焼き魚の匂いだった。


「おお、すげぇ! 魚とみそ汁だっ。うわっ納豆もあるっ!」


 テンションが上がりきった俺ははしゃいだ。サトミはほほえみながらながら言った。


「よかった。喜んでくれて。わたしの地元じゃ臭いと言って忌み嫌う者たちもいてな」


「確かに好き嫌いはあるからな。安心してくれ。俺は大好きだ」


「よかった。もう十分だ」


「なにが?」


「いや、なんでもない。さあ食べよう。米がないのが残念だが」


「これで十分だよ」


俺は正直根菜のスープや小さな干し肉に飽き飽きしていたところだった。がっついて食べた。腹が落ち着くとサトミの地元に引っ越してもいいような気がしてきた。日本にいるときはそんなに食べていたわけでもないのに食えなくなると味噌、魚、納豆などを夢に見ることさえあった。俺はいつも大切さなものに失ってから気が付く。


「なあ、サトミの地元はどんなところなんだ」


「明るくてまぶしい暖かい海の町だ。ずっと南にある。テンブリ島の南に東西に長い大陸がある」


「うん」


「そして海を挟むように南北に長い大陸があって、そのふたつの大陸に挟まれた海、ジタレイン海の船乗りをしていた」


「遠そうだな。でもなんでわざわざこんなところに?」


 サトミは肩をすくめて言った。


「そうか。知らなくても無理はないか。ジタレインを仕切っている帝国が東の帝国と張り合うために帝国の民をまとめるために勇者教というのを国の教えと定めた」


「ああ」


「勇者教は勇者と勇者に力を授けた神を信じるすべての人間を受け入れるとしていたからな。だがしばrかうして、その教皇が決めたのさ」


「何を」


「猿族以外の種族は人間ではないってね。ま、私たちは八百万やおろずの神々を信じていたっていうのもあるけどさ」


 俺は言葉を失った。サトミから目を逸らさないでいることがせめてもの誠意の表れだった。


「まあ、そういうわけで商売をさせてもらえなくなった。追い詰められているところに襲われた。捕まった船長は公開処刑された」


「そうか」


「そう…… そうなんだ。それでみんな散り散り。船長は日ごろから戦って死ぬより生き延びろと命じていたしね。それで私は仲間を集めて父親から聞いていた黄金の島に行って再起を図ろうと誓ったのさ」


 一つ予感があった。踏み込むべきなのか? 逡巡した、サトミは危険を冒して俺に犬族だと明かした。これくらいのハードル越えられなくてどうする!


「もしかして船長はサトミの父親か?」


 サトミは黙って肯いた。その後、天を見上げた。その頬に一滴伝わるものをさんさんと輝く朝日が見逃してくれるはずもなく刹那きらめき流れて落ちた。


「もう疲れた……」


彼女の口からこぼれたその言葉は俺の目を覚まさせるのに十分すぎた。

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