ビンテージドレスが導いた縁
楽しんで読んでいただけたら幸いです!
お母様は悲しいことがあると言っていたことがある
「『不幸って幸せではない』って事なのよ。幸せじゃないなんて、幸せになる事を放棄した時に言うことなのよ?」そう言っていつもお母様は笑っていた。
そうだよね?お母様。
じゃあまだ私は不幸ではない。アイリーンはそう思った。
住んでいたアパートメントが火事になってしまったけど、私は外出中でアパートメントにはいなかった。
今日は、お付き合いしている騎士団のラルク様が隣国に遠征に行くお見送りに行ってきたので一張羅のドレスを着て、お気に入りのバッグを持って出かけていたから、大切なものは全部手元にある。
それに、ラルク様の勇姿を見れた。
ラルク様は沢山のギャラリーの中から私を見つけて手を振ってくれた。私も手を振り返した。
今からラルク様はいつ戻るかわからない隣国の内乱の鎮圧に向かった。
火事で絶望するようでは騎士団員と結婚なんてできないわ。
コツコツとお金を貯めて買った家具は燃えてしまったけど、家具は元々ボロボロだったのを安く譲り受けたわけだし、形あるものはいつかは壊れる。
勤め先であるパン屋はアパートの一階だった。
パン屋も火事にあったから明日から仕事探しかぁ。
今まで職に炙れずに生きてこれたんだもの。大丈夫!
そう思って前向きに考える事にした。
いつだって前向きに考えてたら良いことがあったもの…。
今、1番困っていることは…今晩の寝床がない…。
宿に泊まると予定外の出費でその後の生活が出来なくなる…。
そうだ教会が経営しているシェルターに行こう。
一晩だけ頼み込んで入れてもらおう。
「アイリーンちゃん!」
その声は勤め先のパン屋の女将さんだった。
おじさんと女将さんは、涙ぐみながらこちらを見ていた。
私は2人に駆け寄った。
「おじさんも女将さんも無事だったんですね!」
私は少し安堵した。
「アイリーンちゃんが今日はお休みだったから人手が足りなくて早々に店を閉めて買い物に出かけていたから、火事には合わなかったんだよ。
私達は別に住んでいるから、焼けたのは店だけなんだけどアイリーンちゃんは、この火事で住むところも…。
しばらくはウチに来るかい?」
女将さんは優しい声をかけてくれたが、5人の子供を産んでいる女将さん。1番下の子はまだ3歳。
火事の損失があって収入の不安まであるのに、私の事まで心配してくれる。
心配してくれる人がいるのは幸せな事ってお母様は言っていた。
だから私はつとめて笑顔を作った。
「大丈夫!友達に泊めてもらいます!」
私は嘘をついた。
友達はほとんどいないのだ…。
「お店がいつはじめられるか…私達もわからないから、すぐに新しい仕事を探しなよ?
本当にあんたはしっかりしているから16歳だとは思えないね」
と女将さんは抱きしめてくれた。
パン屋のご夫婦に別れを告げてシェルターに行こうとした時、呼び止める声がした。
「アイリーンさん?」
その声に振り返ってみると、野次馬の中によく見知った顔があった。
その人は、ミリーさんと言って、どこかのお屋敷のメイドさんで、よくパンを買いに来てくれる人だ。雇い主の情報が漏れるのを避けるためか、どこに勤めているかは教えてくれないが、すごく気さくで良い人。
ミリーさんは、私の母と同じくらいの年齢だと思うが、童顔のせいか若く見える。
年齢は離れているが、ミリーさんは私にとってお休みの日に、たまにお茶に行く数少ない友達だ。
「こんにちは。ミリーさん」
私は声の主に話しかけた。
「パン屋さん…火事で無くなってしまいましたね…」
「でも、今日はお休みをもらっていたから怪我しなくてよかったです」
「アイリーンさんは明日から職探しですか?」
「そうですねぇ。それよりも今日から家探しです…このアパートメントの3階に住んでいたので…」
「えぇ???それは大変ですね」
「まぁ。怪我がなかったから運が良かったんですよ。いつもならこの時間、部屋にいますから。
それでは、私は今晩の宿を確保するためにシェルターに行きます。パン屋さんが無くなったので、次どこでお会いできるかわかりませんが、また会ったら声をかけてくださいね」
私はお辞儀をすると教会の方へ歩き出した。
「待ってください!今、私の勤めるお屋敷ではメイドを募集していますし、応募してみませんか?
それと、その格好でシェルターに行っても入れてくれないかもしれませんよ?
だから、今日だけ私に任せてもらえませんか?」
はたと自分の服装を見た。
私の1番良い服を着ているが、亡き母の娘時代の流行りのデザインのものをリメイクもせずに着ている。
カバンだってそうだ。これは、亡き母が使っていたものでもう数十年前のデザインだ。
両方とも母の形見なので大切に使っているが、そうは言っても昔のデザインだから、高いものではない。
「その、落ち着いた色合いのビンテージドレスと、今をときめく有名鞄メーカーの初期のデザインの鞄。
そんな高級な格好ではシェルターは入れてくれませんよ?」
ミリーさんの言葉に首を傾げる…。
「私のドレスと鞄は高級品なのですか?」
「そうですよ!そんな高級品をきた16歳の少女なんて金持ちだと思われますよ?
だから。ね?とりあえず、私の所に泊まってください」
ミリーさんがあまりにも真剣な眼差しで言うので、私は従う事にして、ミリーさんについて行った。
ミリーさんの雇い主は貴族のお屋敷が並ぶ一角の真ん中にあり、一際大きなお屋敷だった。
ミリーさんは、使用人用の出入り口の前に立つと
「しばらくここで待っていてください。宿泊許可証をもらってきますね?
うちの旦那様は、すごくきっちりした方なので」
と言われて、しばらく待っていた。
すると、またミリーさんが戻ってきて
「旦那様の許可は取ったので、私の部屋に行きましょう」
と言ってくれた。
その日は、このお屋敷の方のご好意で使用人としてのお食事を頂き、ミリーさんのお部屋で泊まらせてもらった。
次の日、このお屋敷の使用人としての面接があった。メイド頭はミリーさんだったので、執事のジョンさんの面談があり、そのあと、このお屋敷の主人である伯爵とのお会いした。
伯爵様は30代くらいで、物腰の柔らかい方だったが、私を見るなり
「その服は!」
と驚かれた!
「すぐに着替えて!」
と言われ、ミリーさんに連れられて、隣の部屋で急遽着替える事になった。
何か怒らせることをしたかな???
ミリーさんに着せられたのは、モスグリーンのドレス。
…なんというか地味…。
嫌がらせじゃないよね?
ミリーさんは、もう一度、伯爵の前に私を連れて行った。
「旦那様、こちらでよろしいですか?」
ミリーさんが伯爵に聞くと
「想像以上にいい!ところで、アイリーン嬢。
先ほどのドレスを見せてもらえますか?」
私は頷いた。
すると…ミリーさんは、私のドレスを持ってきた。
伯爵様は、私のドレスを裏返したり縫い目を確認したりした…。
何度かほつれて直すためにあて布をしてあるのも見られた…。恥ずかしい!!!
そんな事は気にしていないようで、伯爵はドレスの内側のさらに裏を確認している。
私、怪しい薬とか隠してませんからね!!
ところが伯爵は嬉しそうに顔を上げた。
「やっぱり!この内側の見えないところに、我が姉の名前が入っている…!!!
このドレスは、ドレスデザイナーとして独り立ちした姉の初期のドレスです!
本物はほとんど無くて…デザイン画を元に、レプリカを作ったのしか手元に無いんです。
この薄くて繊細なレースを作れる職人は今いないんですよ。この柔らかいレース…素晴らしい!
どこをとってもすごい!!!」
伯爵は嬉しそうな顔でドレスを大事そうに抱えた。
「申し遅れました。私はハルト・ドラルテーラ。
「ドラルテーラ」というオートクチュールのドレスメーカーを営んでいます。
アイリーン嬢。
我が家のドレスを長く着てくれてありがとうございます!
このドレスは「ドラルテーラ」を作ったレビー・ドラルテーラが、友人だけに作っていた私的なドレスメーカーだった時代のものなんです。
このドレスはどこで?」
伯爵は目を輝かせて質問してきた。
ドラルテーラというドレスメーカーはこの国に住む子女なら貴族、庶民問わず憧れのドレスメーカーである。お金のない私だって、ドラルテーラのお店の前を通る時は、いつもショーウインドーを眺めている。
「これは、亡き母ラーラの形見です。母が最後まで大切にしていたものの一つです。」
「では鞄も?」
ミリーさんが聞いてきた。
「はい。あの鞄も、カバンの中にある小物も全て母の形見です。私が大切に使ってきた、私の持ち物で1番いいものです」
私は答えた。
「鞄や小物も見せてもらっていいですか?」
伯爵の問いかけに返事をして鞄を持ってきた。
カバンの中には、少し割れた鏡と、ほつれを直す裁縫道具、小さなポーチが入っていた。
カバンとポーチは同じ布だ。
裁縫道具も母のものである。
「なんて細やかなデザインなんだ」
伯爵は鞄を見てつぶやいた。
「君のお母様はセンスが良かったんだね。
その血を引いているのか君も、ドレスの着こなしが上手い。そのモスグリーンのドレスは、誰が着ても陰気になってしまって困っていたが、君が着るとビンテージ感が出てすごく素敵だ。」
そうして私はドラルテーラのドレスモデルになった。
ミリーさんはドレスメーカー立ち上げの頃からいるスタッフで、ドレスのお披露目の順番や、どのモデルがどのドレスを着るかなど、重要な事を決めているのは段々とわかってきた。
モデルになってからは忙しくなった。
伯爵が新作を発表するお披露目会では、私はドレスモデルとして必ず出席した。
私の名前と顔は貴族の女性で知らないものはいなくなった。
それくらい、複数モデルがいる中で唯一の平民である私がトリを務める事が多かったのだ。
ドレスのモデルを始めて二年が経った。
あっという間だった。
それくらい忙しかったし充実していた。
騎士団に所属するラルク様は、隣国に派遣されているからいつ帰ってくるかわからない。
内乱の制圧に派遣されているから手紙のやり取りもままならなかった。
でも私は気にせずにいつまでも待つつもりでいた。
この2年で変わったことといえば、ドレスと同じく、私の外見は商品なので肌や髪の手入れは怠らなかった。
それ以外では、伯爵の元でメイドとして過ごしていたがある日、あらぬ噂がたった。
『爵位がないから結婚できないが伯爵の公然の愛人。』
『先代の伯爵がよそで産ませた子』
『婚約者のために伯爵が作ったドレスを奪う女』
『伯爵家を乗っ取ろうとしている悪女』
『お金で伯爵のものになっている女』
『美貌に金をかける悪女』
内容は様々だ。
主に私が来る前からモデルをしていたユージェニー・ナルコム男爵令嬢が流した噂で、下級貴族の間ではまことしやかに噂されるようになっていた。
ユージェニー男爵令嬢は、同じお屋敷から出てくる私を愛人だと思っているらしかった。
ユージェニー嬢は、未来の伯爵夫人になると触れ回っていたようで、他のモデルと比較しても明らかに私に過保護な伯爵の態度をおかしいと思っているようだった。
確かに伯爵は過保護で、私がメイドとして買い物に行こうとすると止めるし、キッチンにも入らせてくれない。伯爵に
「過保護はおやめください」
とお願いするが
「君には保護者がいないから、僕が保護者代わりだよ」
と的外れな事を言われていつも困惑していまうのだった。
そして伯爵様は、ユージェニー嬢に
「変な噂は流さないで欲しい。君だって、専属モデルとして私から給料をもらっているじゃないか!
私のモデルたちは私から給料をもらって当然だ」
と言っているが
「噂は聞いたことありますがなんのことだか」
とユージェニー嬢はとぼけていた。
「あんまりひどいようならモデルは頼まない。第一、、君はもともと私の婚約者でもなんでもない。
モデルとしてミリーがスカウトしてきたんだ。」
と伯爵はいつも怒っていた。
しかしドレスのお披露目になると、ユージェニー嬢はお披露目会中盤の見せ場のドレスを任されるので、ユージェニー嬢は警告を無視していた。
噂が、段々と上流階級のご婦人方にも広まり出した頃だった。
「とうとう女王陛下の私的なパーティーでのドレスのお披露目会が決まった!」
と喜び、新作のドレスをあっという間に作ってしまった。
今回、トリのドレスはユージェニー嬢に決まった。
「本当に大切な時こそ、私の腕の見せ所ですわ。平民が女王殿下相手に粗相をしてしまったら困りますからね!」
と、お披露目会当日まで毎日嫌味を言われ、参加を辞退する様に嫌がらせをしてきた。
嫌がらせは、ものをわざと壊したり隠したり、私がお披露目会に出れないように、階段から突き落とそうとしたり。
段々嫌がらせはエスカレートしていたったが、私は気にしない事にしていた。
だって私は幸せだ。
平民なのに、いつも素敵な新作のドレスが着れるもの。
ドレスのお披露目は、迎賓館の大広間で行われた。
私的なパーティーだから少人数を想像していたが、高位貴族のご婦人やご令嬢、そばに控える使用人を含め数百人が見守る中でお披露目会は始まった。
大広間に続く控室で、ミリーさんやその他のスタッフで、モデルである私たちのドレスの着替えを行い、次々とドレスを披露していく。
そんな私たちを沢山の方々がため息を漏らしながら見ていた。
お披露目会も終盤になり、最後のドレスになった。
今回のお披露目会の段取りでは、私はモデルの中で唯一の平民なので、最後はメイド服に着替えて控室から見守るという手筈になっていた。
最後に大トリのユージェニー嬢が、夜の帷が降りたようなシックで上品だけど、アシンメトリーで少し大胆な夜会用のドレスを着て大広間の皆様の前へと出て行った。
髪型もアシンメトリーに結ってあり、メイクもいつもより濃い夜の色を使ったいた。
異国情緒あふれる装いに皆ため息が出た…。
そして、お披露目会を成功させたハルト・ドラルテーラ伯爵が挨拶をしてお披露目会が終わった。
モデルを務めた貴族のご令嬢達は持ち込んでいた自分のドレスに着替えると、このままパーティーに参加した。
私は平民なのでミリーさんと後片付けをしようとしていたら、
「アイリーンさん、お願いです。このドレスを着てください」
と、私が持っていた母の形見のビンテージドレスを渡された。
「ミリーさん、確かに素敵なドレスですが、長い間使用したせいでシミもありますし、裾の方は私がほつれを直したせいでヨレています…それに夜会用ではないドレスですし。
流石にこれを着て、女王陛下のパーティーへは出れません」
とお断りしたのですが、そこに伯爵がいらっしゃって
「アイリーン嬢、ここには長年、ドラルテーラのドレスを愛用してくださっているお得意様も参加している。
シミは染み抜きで綺麗になっているじゃないか!
それに、そのデザイン…実は夜会用なんだよ。
このドレスができた当時の夜会用なんだ。
僕の頼みでもあるから、そのドレスを着て欲しい。
そのためにトリをユージェー嬢に任せたんだ。
あのメイクと髪型は、一度取ってからでないとこのドレスは着れない。」
と言われた。
「わかりました。」
と返事をすると2人はほっとした顔をして、ミリーさんがビンテージドレスに合うように、髪を結い直してくれてメイク直しをしてくれた。
「綺麗ですよ。アイリーンさん」
ミリーさんは優しく微笑んでくれた。
私は、お母様の形見のドレスを着て、大広間へ向かった。
扉を開けると、先ほどまでのお披露目会の雰囲気とは違い、男性陣が参加していた。
楽団が演奏する中でダンスをする人や、談笑する人など様々だった。
伯爵は私を先導して女王陛下の方へ歩いていく。
女王陛下までもう少しのところでユージェニー嬢が伯爵の腕に絡みついてきた。
少し酔っているのか気が大きくなっているようで
「ねぇ、伯爵様、やっぱりモデルは私が1番ですわよね。あんな貧そな平民なんて早くクビにしてください。
伯爵様のドレスに袖を通せるのは貴族だけにしてくださいませ」
と言ってひとめも憚らず甘えた声で絡みついてきた。
「ユージェニー嬢、酔っているようだね。少し休みなさい」
と伯爵は言った。
「伯爵さまぁ…」
と言った後、後ろに私がいる事に気づいて
「平民風情が、そんなボロボロのドレスを着て、このパーティーに出てきたの?」
と、ユージェニー嬢はクスクス笑い出した。
ユージェニー嬢と一緒に周りのご令嬢達も笑い出す。
「なんて汚いドレスかしら。
くすんだピンクの冴えない色。そして、ハリのないレース。それ普段着じゃない!着てる人も、ドレスもなんて貧相なの」
ここでわざとよろけたご令嬢の持っていたワインがドレスにかかった
「あら!ごめんなさい、後ろにあなたがいる事に気づかなかったわ」
わざとワインをかけた上に馬鹿にしてきた!
でも、これはドラルテーラのビンテージドレス。
色やレースの柔らかさを馬鹿にしてはいけない!
私が言い返そうとした時、
女王陛下が近づいてきた。
「ドラルテーラ伯爵!あなたの後の令嬢は…その…ドレス!!」
女王陛下がドレスについて何か言おうとした。
私を笑っているご令嬢達は、私が女王陛下からこの場に相応しくないと怒られると思っているようで、ニヤついた顔を隠そうとして変な表情をしている。
女王陛下は優雅に近づいてくると、私の手を取った。
「あなた、お名前は?」
女王陛下は私に優しく微笑む
「アイリーンと申します」
「そう。アイリーン!かわいいお名前ね。
このドレスはドラルテーラのビンテージドレスではなくて?
早く着替えないとドレスがシミになってしまうわ!」
女王陛下はすぐに使用人を呼び、私は染み抜きのために退出する事になった。
ドレスを馬鹿にしたり、ワインをかけたご令嬢達は青ざめている。
このドレスを馬鹿にしたせいでドラルテーラ伯爵の怒りを買うのではないかとか、
それともご令嬢としての態度の事か、はたまたビンテージドレスを弁償した時の値段か…。
どれに対して青ざめているかわからないがこの場にいるご令嬢達が凍りついていた。
「さあさあ早く染み抜きをしましょう!」
と言われ私は退出した。
その後、あのご令嬢達がどうなったかは知らないが、王室の使用人達の迅速な対応でシミにならずにすんだ。
すると、ミリーさんが、お屋敷で初めて伯爵様に会ったときに着せられたモスグリーンのドレスを持ってきていた。
「アイリーンさん、このドレスはビンテージドレスのレプリカなのです。昔夜会で流行ったデザインなんですよ。
これを着てもう一度、女王陛下のところへ行っていただけませんか?申し訳ないお願いなのはわかっています。」
私はミリーさんの真剣な顔を見て、わかりましたと返事をした。
ミリーさんは私の着替えを手伝ってくれた後、自分もビンテージドレスを着た。
「このドレス、初期のデザインの本物なんですよ。レビー様が作ってくれたドレスなんです」
ミリーさんが、夜会様のドレスを着ているのを初めて見たが、濃紺のドレスはブルーの刺繍糸で見事な刺繍がしてあり、遠くから見るとグラデーションに見えるように裾に向かって刺繍が密になっていくデザインだ。
思わず見惚れてしまった!
いつのまにか髪を結っているミリーさんに連れられて、もう一度、女王陛下の元に向かった。
モスグリーンのドレスはピンクやブルーなどの中に入るとすごく目立った!
今度は誰も近づいてこない。
「女王陛下」
ミリーさんは、直接女王陛下に話しかけた!
女王陛下はミリーさんを見ると目を輝かせた!
「ミリー!久々ね!会いたかったわ。
今からでも遅くないわ。ドラルテーラ伯爵家のメイドを辞めて私の右腕になってちょうだい?」
と笑いながら言った。
「それは残念ながらできませんねぇ。」
とミリーさんは答えた。
何というか会話にはお互い親しみが込められていて、仲がいいのが伺いしれた。
昔の話がしたいわ!
と、女王陛下は私とミリーさんを控室に連れていってくれた。
「まぁ!懐かしい!モスグリーンのドレス!
娘時代の私が、『何を着ても目立たないから夜会に出たくない』とダダをこねた時にレビーが作ってくれた物だわ。そのレプリカね?」
女王陛下は懐かしそうにドレスを眺めた。
「レビー。会いたいわ…。あんな事がなければきっと今でもレビーは…」
女王陛下は悲しそうに笑った。
「女王陛下、ここにいるアイリーン嬢はレビーの娘です。髪の色や目の色は違いますけど、顔立ちは似ていませんか?」
その言葉に私は驚いた!
「母が?」
私はびっくりした!
「ええ!あなたのお母様はレビー・ドラルテーラです。あなたが使っていた形見のバッグにも、レビーの名前が入っていましたよ。あのバッグは『リント』というバッグメーカーのやはり初期の物です。『リント』は今では知らない人がいないけど、当時は無名のメーカーだったのよ」
ミリーは力強く言った。
「母はどういった人だったのでしょうか?」
私の質問に答えてくれたのは女王陛下だった。
「あなたのお母様、レビー・ドラルテーラ伯爵令嬢は、私とミリーの親友だったの。ミリーは今メイドをしているけれど、彼女の生家は子爵家。私達は王立学園の同級生で親友だったのよ。」
女王陛下は下を向いた。
「当時、レビーは私の兄である第一王子の婚約者だったのよ。それが兄は学園で出会った平民の娘にそそのかされて、沢山の資金をその娘に注ぎ込んだ挙句、レビーを悪女だとして公衆の面前で断罪してそれでも飽き足りずに国外追放したのよ」
女王陛下は悲しそうだ。
「当時、私は王女として何の権限もなかった。もっと言うと、私はどこかに嫁ぐつもりだったから何もしていなかった。だから親友を助けられなかったの。
私はこんな兄が国王になったら国が破綻すると思って、自分が後継になるべく頑張ったの!」
ここで女王陛下は微笑んだ。
「私が王を継いで、レビーの名誉を回復して。そしてレビーを探したけど、見つけられなかった。ドラルテーラ伯爵家でもずっと探していたみたいだけどね。
レビーが国外追放された時、レビーの父はレビーを切り捨てたのよ。だから、弟であるハルトがレビーを探していたようね」
少し沈黙があった。
「レビーはいつ亡くなったの?」
「母は、四年前に流行病で…。元々は、私は隣国生まれなのです。でも私が7歳の時、隣国が内戦状態になって、父は傭兵に殺されました。母は私を連れて色々な所を点々として、最後はこの国に逃げてきました。でも、母は強い人でいつでも胸を張っていました」
女王陛下とミリーさんは目に涙を溜めていた。
「私はレビーがいつでも戻って来れるように、ドラルテーラ伯爵家でメイドをして待っていましたが…もうレビーに会えないのですね…」
2人はしばしの沈黙の後
「『不幸って幸せではない』って事なのよ。ってレビーなら言うわね。
私達はアイリーンに会えたんだもの。それは幸せな事だわ!」
と2人は笑った。
その後、私はレビーの娘であると正式に貴族院から認められて、ハルト・ドラルテーラ伯爵の養子になった。
ミリーさんは相変わらずメイドを続けている。
それから数ヶ月して隣国の内乱を制圧した騎士のラルク様は凱旋帰国した。
凱旋パレードで先頭に立つラルク様は、派遣されていた間にメキメキと頭角を表し、今では騎士団の筆頭になっていた。
内乱状態だった隣国は、属国になった。
これで落ち着けることだろう。
凱旋パレードの後はパーティーがあった。
そこで初めて、ラルク様は男爵家の三男で、今回の派遣で名を上げたら平民の私を嫁にもらっても良いとラルク様のお父様と約束していたのを知った。
「まさか、ラルクの恋人がドラルテーラ伯爵家ゆかりのご令嬢とは!」
とラルク様のお父様は驚いていた。
「アイリーン嬢、隣国のトーレ領の領民より手紙を預かっています。」
『領主様が領民を庇って矢面に立ったせいで、ラーラ様とアイリーン様は逃げなければいけなくなった。
領主様のお墓はトーレ領の丘の上に作ってある。
亡くなったラーラ様のお墓を、領主様のお墓の横に作って欲しい。
そして、できればアイリーン様に戻って欲しい』
「アイリーン嬢は、この国に来る前は、隣国のトーレ領を治めるサクトレ伯爵の娘だったんだね。」
お母様は、この国で、レビー・ドラルテーラ伯爵令嬢として生まれ、その後、元婚約者の王族によって罪を着せられ隣国に追いやられた。
隣国でラーラと名乗り生きてきた母は、そこで私の父であるサクトレ伯爵に出会い、平民と貴族なのに結婚した。
「お母様って本当はきっと幸せだったのね。」
そのあと、ラルク様と私は女王陛下の命を受け、隣国に渡った。
私達は、トーレ領に住み、ラルク様は今は隣国の宰相代行として働いている。
私もお母様みたいに粘り強く、前向きで生きます。
そう誓ったが。
お母様が残したドラルテーラの後継となるべく今は勉強中です。
お母様は何故、隣国に渡ってから一切ドレス作りをしなかったのか不思議だけど、きっと、断罪された令嬢だと悟られないために封印したのかもしれない…。
残念ながら私はお父様に似て不器用だけれど、なんとか頑張ってみたいと思う。
私の経験上、人は本当に困った時やピンチをむかえたとき、自分のことしか考えられないものです。
家を失って、職を失ったら、周りのことよりもまず自分のことだと思うのです。
…多分…。
このお話はもしも、無実の罪で国外追放になったご令嬢がいたとしたら。
ざまぁが出来なくて罪を着せられたらと考えてみました。