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乙女ゲーの世界を生き抜くには

作者: 頭武野 藤四郎

 世の中には乙女ゲーといわれるジャンルがある。

 男の子が登場人物の女の子の好感度を上げ親密な関係になるギャルゲーなるビデオゲームの逆で、女の子が男の子を攻略するゲームの総称だ。


 当然プレイヤーもギャルゲーは男子、乙女ゲーは女子に偏っている。ゲームメーカーがそれぞれをターゲットにしたからだ。異性との疑似恋愛を楽しむものだから当たり前のことである。


 しかしなんにでも例外があるように、ゲームとあらばさまざまな作品に挑みたい(さが)を持つゲーマーもまた当たり前のようにゲームに興じたのである。

 つまりギャルゲーをする女子、乙女ゲーをする男子が少なからずいたということだ。


 かくいう俺も乙女ゲーを(たしな)んだ一人である。もっとも俺の場合他のプレイヤーと少々違う動機だった。有り体にいえば妹に巻き込まれたのである。

 それまで乙女ゲーをしたこともない妹が登場人物のビジュアルに一目惚れをし、衝動的に購入したものの勝手がわからず、ヘルプを頼んできたのが最初だった。

 以降二人がかりでずいぶんやり込んだものだ。




 朝目覚めたとたん、ぼく――ランドール・ディ・コンクドールはそんなことを思い出した。姉さんはいるが妹などいないというのに、確かにそれはぼくの中にある記憶だった。日本の高校生、天見(あまみ)(たける)の記憶が。


 いきなり別人の記憶が甦ってきて二人分の記憶に混乱はしたものの、物心ついてから三年程度のぼくの記憶は短い。しばらくすると混乱は収まってきた。どうやらぼくはぼくになる前には天見尊であったようだ。


 なぜこんなことになったのか、いまはわからない。天見尊のすべてを思い出したわけではないからだ。

 それにしてもなんだか妙に頭がはっきりしている気がする。まるで尊の経験をベースにぼくの記憶が理解されているかのようだ。

 昨日までのぼくはこんなことを考えもしていなかった。ぼくなのにぼくじゃないようでなんだか心地悪い。


 普段よりずいぶん早く目が覚めてしまったが、異常事態に目が冴えてしまったのでベッドから出て着替えた。いつもはお付きのメイドが起こしにきて着替えさせてくれるのだが、起きた時間が早すぎたのでしかたがない。馴れないことに四苦八苦してようやく着替えをすませて部屋を出た。


 父上も母上ももう食堂にいるだろうからぼくも向かうことにする。階下ではメイドたちが忙しく立ち働いているだろうが、この階はいまの時間ならぼくと姉さんが寝ているだけなのでとても静かだ。


 だからだろうか、途中姉さんの部屋の前に来ると部屋の中からしくしくと泣く声が聞こえた。

 ホントはいけないんだけど、そっとドアを少し開けてみると、


「なんなのよ、これ。どういうことよ」


と姉さんの呟きが聞こえた。なんだかよくないことがあったらしい。ぼくは気づかれないようにそっとドアを閉めてその場を後にした。



 階段をおりると二階とは違ってたくさんの人の気配がする。


「まあまあ、ぼっちゃま。こんなに早くお一人でどうしたのです? まったくエリーナは何をしているのですか」


 マーサに見つかってしまった。


「うん。目が覚めちゃったからぼくが勝手に起きてきたんだ。エリーナを叱らないであげて?」

「まあ、お優しいこと。エリーナ、エリーナ! こちらに来なさい!」


 マーサはぼくの返答に少し目を見開きつつ、大きな声でエリーナを呼びつけた。


「はい、どうかいたしましたか、メイド長?」


 近くにいたようでエリーナはすぐにやって来た。マーサの影にいるぼくと目が合うと、


「ランドール様!? 申し訳ございません! あれ、でも時間は……?」

「目が覚めちゃったから。勝手にゴメンね」


 慌てるエリーナに謝ると、失敗したのでないとわかったのか胸を撫で下ろしつつもマーサと同じように目を瞠ってぼくを見つめる。

 無理もないね。自分で言うのもなんだけど昨日までのぼくは大分わがままだったから。


「父上と母上はもう食堂に?」

「はい。食堂にいらっしゃいますよ。エリーナ、あとは他のものに任せてぼっちゃまにお付きなさい」

「解りました。さあ、ランドール様こちらに」


 エリーナを引き連れて食堂に向かった。


「父上、母上、おはようございます」

「おはよう、ランドール。早いわね」

「おはよう。どうした、眠れなかったのか?」


 二人とも手にした書類から顔をあげて心配気に挨拶を返してくれる。


「ううん。目が覚めちゃったんだ」

「そう。早起きはいいことだけど、無理をしてはダメよ?」


 両親は過保護というか、ぼくと姉さんをかなり甘やかしている。優しい母上はもちろんのこと、厳格という言葉が服を着たような父上さえもぼくたち姉弟には甘甘だ。だからか、ぼくも姉さんもわがままに育ってしまっている。


 たとえわが家が侯爵家であろうとも、このままでは将来大変なことになってしまうだろう。いまからでも遅くはない。現状を認識し矯正しなくては。


「朝食までおとなしく待てる?」

「うん、気にせず続けて」


 ぼくの返事に二人はやっぱり少し驚いて、再び書類に目を落とす。朝食前にも領地からの報告書に目を通すのが日課なのだそうだ。

 仕事をする二人を見ているだけで不思議と退屈しなかった。やがて書類が片付けられると姉さんも食堂に降りてきて朝食が準備される。テーブルに次々と皿が並べられ準備が整うと、


「朝のお恵みに感謝します」

「いただきます」


 父上の祈りの後に皆で唱和して食事に手をつける。ぼくは最初にスープに手を伸ばした。一口スープを口にしたとたん記憶がフラッシュバックした。




 天見尊の両親は晩婚だった。それというのも母さんがいわゆるキャリアウーマンで()()の良い姉御肌のリーダー気質であったため、バリバリと仕事をこなしていて婚期が遅れたのである。いつだったかそんな話を聞いたことがあった。

 その頃から付き合っていた温厚で優しい父さんは料理人でレストランで副料理長まで勤めた腕前だった。だから家でもよく料理をしてくれていて、その中のスープは尊の好物の一つだった。




 一瞬でそんな記憶がよみがえる。

 そう、いま口にしたスープは、いつも食べている味、でも懐かしい味だった。


「父さんの味だ」


 思わず口をついて出た言葉に皆が反応した。姉さんは皿を覗き込むように顔を伏せ、父上と母上はビックリしたようにぼくを見つめている。まさか……


「父さん……なの?」


 父上に向かって問いかけた。父上は言葉も出せないぐらい驚いているようだ。心なしか父上の目が潤んで見えた。すると思いがけない方向から声がかかった。


「そうよ。父さんよ。あなたは尊……ね?」

「うん、そうだよ。じゃあもしかして母上が母さん?」


と訪ねたら母上は目に涙を浮かべながらニッコリと笑って、


「そうじゃないわ。わたしが父さんよ」


 右手を胸に当てて答えた。意味がわからない。ワタシガトウサンヨ?

 徐々に言葉が脳に染みてきた。


 な、なんだってぇー!!


「じゃ、じゃあ母さんは……?」

「私が母さんだ」


 いかつい声で父上が言った。なんてこった。母上が父さんで、父上が母さんだなんてややこしい。するとたぶん……。


美紗(みさ)は、美紗はどこだ? 美紗もいるのか?」


 勢い込んで父上が聞いてくる。ぼくがフッと姉さんに視線を向けると、おずおずと顔を上げた姉さんと目が合う。


「お、お兄……ちゃん……?」


 やっぱりかー! 姉さんが(みさ)だったー!


 色々間違ってるが、天見家集合の瞬間だった。



 驚きと嬉しさと混乱のなかでともかくも食事を終えたぼくたちは団欒の間へ移動して話し合った。


 ちなみにあのスープは母上が料理長に伝授したそうである。それどころか、侯爵婦人でありながら時々厨房に立つことがあるという。初めの頃はそれこそとんでもないことと使用人一同止めにかかったそうだが、いまではもう諦められているのだそうだ。


 知らなかった。母上いわく、料理をしないと落ち着かないのだそうだ。これも職業病なんだろうか。前世のだけど。



 話し合いでわかったことは、まず天見家は家族旅行中に土砂崩れに巻き込まれ、山中の道から車ごと崖下に転落したとのこと。

 姉さんはぼくと同じく今朝、美紗であったことを一部認識したこと。

 父上と母上は子供の頃から少しずつ記憶が蘇り、いまではすべての記憶があること。


「偶然母さんに出会えたときはそれはもう嬉しかったわ。いえ、いまから思えば必然、いいえ神様の思し召しだったのね」


 二人が出会った当初は全く分からなかったそうだが、なぜか強烈に惹かれ合ったそうだ。共に相手が気になり何度も合ううちにお互いのことがわかってきたという。


 なんだろうね、両親の馴れ初めを聞くのはなんだか気恥ずかしいね。


 二人とも性別が違うことにはさほど違和感を持っていないそうだ。初めの頃はともかく、元々の性質のこともあろうが、長年の振る舞いのせいかいまのほうがしっくり来るそうで言葉遣いも堂に入っている。むしろ以前の言葉遣いのほうが違和感を持つらしい。こっちは混乱しちゃうね。


 二人は互いに両親に働きかけめでたく結婚。姉さんとぼくが生まれた。尊と美紗を早くに亡くした罪悪感からか、二人の分も合わせてこれでもかっていう愛情を注いだらしい。どうりで甘甘だったわけだ。そのせいで大変なことになりそうなのは困ったもんだ。


「子供を産むのは大変だったわ。あんなに苦しいとは思わなかったもの。尊と美紗を生んでくれた母さんにすごく感謝したわ」

「ああ、お互い子を産んだ経験があったからお前たちが余計にいとおしく感じたよ」


 嬉しいことだけど、聞きたくなかったよ、父上と父さんの出産話なんて。



 おおよその事情はわかった。今度はぼくたちが、今後のことで大事な話をしなくちゃならない。


「ええと、これからのことで重要な話があるんだけど、まずぼくたちの国の名前なんだけど、エルネシア王国で間違いない?」

「そうだ」


 父上が頷く。ぼくは天を仰いだ。もう間違いないのだろう。


「それがどうかしたの?」


 いぶかしげに母上が尋ねてきた。どちらにせよ、みんなの協力が必要だ。すべてを話そう。


「信じられないかもしれないけど、最後まで聞いてほしい」


 それから姉さんに目を向けて


「状況はわかってる? アレのこと覚えてる?」

「覚えてる、何とかしなきゃね」



 そしてぼくたちは話始めた。ぼくたちがやっていた乙女ゲーのことを。


「その舞台がエルネシア王国なんだ。ここにも王立の学院があるでしょう?」

「あるな」

「そこに入学した主人公は攻略対象の男の子たちと出会う。王太子となるエルリック王子もその一人なんだ」


 王子の名で父上がピクリと動いた。


「王子には婚約者がいて、その名前がアマリエ・ディ・コンクドール侯爵令嬢、つまりわたしね」

「王子の婚約者候補の打診が来てるんじゃない?」

「……」

「まあいいや、侯爵令嬢は主人公のライバル、というかゲームの悪役だね」


 王子たちと仲良くなる主人公を悪役令嬢は虐げるのだが、王子の卒業パーティーで断罪イベントが起こる。数々の悪行を暴露され、婚約を解消される。


「このとき悪役令嬢を取り押さえる攻略対象の一人がぼく、ランドールだ」


 この醜聞で侯爵はお役目を降格、なんとか復権しようと悪事にてを染める。が、約一年後、令嬢の卒業前に失脚し爵位を剥奪され侯爵家は潰される……。


 最後まで聞いた両親は頭を抱えた。


「信じられんが、いちいち符合しているな」

「どうしましょう」

「ともかくぼくたちは起こり得る将来を知っている。このまま流れに身を任せれば最悪ぼくたちの命はない。それでなくても無一文になったらどうしようもない。なんとか悲惨な未来を回避しないと」

「だがどうすれば」


 父上の言葉にはいつもの力がない。


「原因を一つずつ潰していかなくちゃ」


 ぼくは案を出していく。


 まずは甘やかされたぼくたちの意識改革だ。わがままなままでなく他人を思いやる人になること。


「いいね、姉さん」

「もちろん。お兄ちゃん、じゃなくてランドールもわたしを大切にしてよね、取り押さえるんじゃなく」

「わかってるよ」


 あとは、


「婚約者を断るのは無理?」

「そうだな。候補の打診を断ることはできないし、それに王家に求められたら婚約を断るのはなおさらできない」

「選ばれないよう下手に動いたら、それはそれで家が危うくなるわね」


 父上も母上も婚約回避はまずいと考えているようだ。確かに無理にでも断れば王家に目をつけられてしまうか。


 それなら万一に備えて味方を多く作ってもらおう。父上は仕事を頑張って、母上は社交で伝を広げてもらい、ぼくは身を守る術を身に付けよう。


「姉さんは友達をたくさん作って信頼を勝ち取ろう。支えてくれる友達を」


 周りに無体なことをしなければ、悪い未来は回避できるはず。


「だから周りに優しく、誠実に。そうすれば最悪な未来は回避できる」

「そうだな。せっかくまたこうして家族になれたんだ。今度こそ」

「そうね、今度こそ幸せになれるよう頑張りましょう」

「わかったわ。わたしも頑張る」


 家族の心が一つになった。ようし、ぼくも頑張るぞ。




 頑張ってこの世界を生き抜かなきゃね。

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