登校(2)
津傘山駅で下車すると、バスターミナルに向かいつつスマホでバスの時刻表を検索する。
案の定と言うべきか、私が日頃から乗車していた学校前行きのバスは全て運行時間外だった。通学の時間帯はとうに過ぎているのだな……、ということを再認識する。
ただ、現在の駅から学校まで歩くのはやはり途方もないので、どうにか学校に近いバスが無いだろうか……と探していたところ、好都合のものがあったので数分待ち、それに乗車することにした。
そして現在、そのバスを降車すること、三十分もの時間が経過していた。
「…………」
最寄りのバス停から三十分歩く、という点については普段と変わらない……ただ、普段ならば三十分歩けば教室に着き、カバンを机に置きつつ着席していたところである。
だが、現在の私の目前はというと……見上げるのも恐ろしい。
そこに聳え立っていたのは、息を呑むような途轍もない、圧巻の地獄坂だったのである。
「…………」
一歩も踏み出せないままに、肩を落としつつ長い溜息を吐く。
愚直な一本道がそのまま校門に接続しており、その左右には曇り空にくすんだ黄緑色の森林。
二車線分の幅はあるものの階段は敷設されておらず、半ば山登りのような行軍を毎日のように強いてくるスパルタ式の通学路。
これらは全て貴志辺高校の敷地内に存在し、裏庭ならぬ前庭と呼ばれている。
正門の裏側ではなく、表側に位置するため前庭……なのだが、表側と言うからには裏側にも裏庭があり、学校の前後から延びる二つの地獄坂は公道を経由して一本のコースになっている。
何のコースかといえば、専ら体育の授業に使われる……つまり、持久走のコースである。
これが本当に鬼畜であり、毎度のごとく全校生徒の口を尖らせているのだが、その評判は校内のみに留まらず、長期休み中などには他校の運動部までもが体力作りに来訪するという噂だったのだが。
ただ、その噂を聞くと同時に、私の脳内にはある疑問が浮かんでいた。
すなわち、トレーニングのためなら自校の外周を走ればいいだろう……しかも、坂道ぐらいどこの学校の周りにもあるだろうに……と、そのように思っていたのだが。
「あれはスパイだよ。特にサッカー部が実施している」
体育の授業、持久走の時間。
ネオは私の前を後ろ向きで走りつつ、平気の顔で言ったのだった。
「例えば、県大会等でトーナメントが発表され相手校が確定した時、たまにいるんだよ。対戦前に相手校の特徴を調査しよう、という勉強熱心の学校が」
「コースを走るフリをして、相手校の練習風景を盗み見るってこと?」
遊は私の横で走りつつ、息も絶え絶えに聞く。
私も同じ方法を予想していたのだが、しかしネオは首を横に振り、別の方法を提示した。
「いや、その方法だとあまりに露骨だ。実際の練習風景から部員の特徴を調べようとするなら、練習試合をした方が早い。……しかし、この方法も完璧とはいえない。まず、相手校はその意図を警戒して肝心の部分をひた隠しにしてしまうだろうし、一方では自校の弱点を盗み見られてしまう可能性もある。ギブアンドテイクが成立してしまうという意味で、一方的に利益を獲得しようというスパイ行為とは相性の悪いやり方なんだよ」
よく息切れせずに言えるのだな……と、その肺活量および体力に感心しつつ、ならば一体、どのようにしてスパイ行為を働くのだ、と疲労困憊の遊に代わって尋ねる。
「娘を見るより母を見よ、という諺がある」
そう前置きして、ネオは続けた。
「すなわち、相手選手の特徴が知りたければ、その選手を生んだもの……相手校の練習環境を実際に体験し、それによってどのような身体的作用が起きたのか、どの部位が鍛えられたのか、というのをつぶさに記録する。これによって相手校の実力を間接的に計算してしまおうという、やや変態的な方法が存在するんだよ。そのために、相手校のコースを走るというわけだな」
本当にそのような方法があるのか、という疑問はあって当然だろうと思う。
しかし、ネオがそれを発言すると途端に信憑性が付与される……実際、彼女より二周遅れて走っていた私は頷くしかなく、更に一周遅れて並走していた遊には反論の権利が無かった。
……と、そのように想起しながら歩いている内に、ちょうど中腹辺りに到達した。
思考を色々に活動させて、実際の疲労感や苦痛から意識を逸らそうという寸法……だったのだが、この辺りからその小細工にも限界が出始める。
というのは、十月の初頭とはいえ、そして未だ朝の時間帯とはいえ、既に私の体温は平熱から逸脱しており、すっかり脳が茹で上がってしまっていたのだ。
口は夏の犬のように開けたままにし、頭を上げるのも億劫になり俯いたまま登山する……脳は肉体の疲労感を無視出来ないようになり、休息を求めるものの気の利いたベンチなどは無く、惰性のままゾンビのように登山していた。いっそのこと、このまま道路の上に仰向けになってしまおうか……と、疲労感のために非常識的な頭になってきたのだが。
しかし、その時。
視界の隅に、……チラリ…………と、何か微妙な違和感が起こった。
草臥れた思考の中、初めはその正体を、……どうせ銀杏の葉でも落ちたのだろう……と思いつつ、特に気にも留めないまま足を進めていたのだが、この微妙な違和感が収まることはない。
次第に気になり始めたので、私は億劫な気持ちを押し退けつつ、半ば無理矢理に顔を上げたのだったが……その異質だったこと。
学校を正面として、左側の森林。
黄と緑で彩られた木々の幹には、それぞれが編まれるようにして、縦横無尽に黄色のテープが巻かれていたのである。
「…………」
同化するように背景に溶け込み、しかし明確な異物感を訴えて来るオブジェクト。
それに目をパチクリとさせつつ、私は道路を挟んで反対側の森を振り返ったのだが、こちらには何等の異常も見当たらない。ただただ黄緑色の木々が立ち並んでいるだけだった。
それを確認すると、再び振り返って例のテープと向き直る。
……進入禁止の合図、なのだろうか。
ドラマなどで散見される、事件現場に張り巡らされた立ち入り禁止の合図……そう思うと同時に、私の中である発想が湧いて来る。
すなわち、ネオが言い淀んでいたのはこれだったのではないか……という推測。
確かにこの場所は今朝のニュースで報道された、例の刃傷沙汰の場所とは違っているのだが、それと近い時間帯に貴志辺高校内でも事件が起きたのではないか。
そして、ネオは得体の知れない事件について無闇に話すものではないと判断し、私が自身で確認するのを促していたのではないか…………と、そういう具合に考えていたのだが。
その過程で、はて……と別の違和感が忙しなく湧いて来る。
私はその場に立ったまま前後左右を振り向き、周囲に誰も存在しないことを確認したうえで、その違和感を確信めいたものとして取り扱うことに決定した。
すなわち、なぜこれだけの規模の規制を敷いているにも拘わらず、周囲に誰も人がいないのか……ということだった。
事件現場には欠かせない、警察も記者も野次馬も、どれも皆無にして絶無。
これでは何のためのキープアウトなのか、皆目見当も付かない……と、呆れて途方に暮れていたのだが。
近づいて詳しく確認しようとした、最初の一歩で踏みとどまる。
前方の遥か向こう。
すなわち、黄と緑で彩られた森林の奥の奥から、何やらザクザクという乾いた音がするのをウッスラと聞いたのである。
……落ち葉を踏む音だろうか、と予測する。
姿は見えず、ひたすらに音声のみが知覚される、正体不明の何かがこちらへ接近して来る…………しかし。
私は相手に対して、別段の警戒心も持っていなかった。
というのは、既にキープアウトが敷かれている以上、足音の正体は犯人のような危険人物ではなく、さっき挙げたような警察や記者の類だと思ったからだ。
記者ならば分からないが、警察ならこの状況について事情を教えてくれるだろう。とにかく、この妙な事態に対する答えを欲しいがために、私は直立して待っていたのだが。
いざその人物の姿を捉えてみると、私は自分勝手ながら落胆していた。
私の予測していた、警察、記者、野次馬といった人物像。
それらのいずれにも明らかに該当しない人物が、そこに居たからであった。
紺のツナギを着崩し、長い黒髪を後ろで一本に結んでいる。
それがポケットに手を突っ込み、張り巡らされたテープをハードルのように飛び越えながらこちらへ近づいて来るのである。
「…………」
この時点で、私は彼が、貴志辺高校の用務員であることに気が付いていた。
なぜなら、彼は眼科で視力測定をする時に掛ける、レンズ着脱式の眼鏡をしていたからだ……屋外で検眼枠を装着する人物といえば、少なくとも同じ地域に二人と居ないだろう。
だが、彼の正体が発覚したところで、謎は一層深まるばかりだった。
というのは、彼は何のためにそのような奇行を働いているのだろうか……という疑問である。
具体的に彼の奇行を検討すると、彼はキープアウトを障害物として煩わしく飛び越しているのかと思いきや、屈めば簡単に通れそうな高さのテープにあえて飛び掛かって、見事に失敗しつつ受け身を取るなどしている……かと思うと、靴の裏に付着したテープを後ろ手に剥がして、また奇行を再開するのだ。
検眼枠を常備している以外には変人的の要素もない彼が、一体何の故あってそのような行為に及んでいるのだろう……、と。
そのように、疑問を覚えているのか呆然としているのかも分からない時間を棒立ちで過ごしていると、いよいよ私と彼とを隔てるテープは目の前の一枚のみとなっていた。
……飛び越えるのか、それとも失敗して受け身を取るのだろうか。
などとボンヤリ予想してみるものの、しかし結果はいずれにも該当しなかった。
彼はテープを両足で踏みつつ、私の眼前に、両手を突き出しながらしゃがみ込むように着地したのだった…………と、そこで私の意識はハッとし、勢いに気圧されて後ずさりした。背丈のある成人男性がこちらへ飛んで来た迫力に、若干の時差を経て反応した形だった。
そのまま硬直し、呆然として用務員さんを眼下に見ていると、当の彼はまるで落ち着いた様子でスックと立ち上がり、片手間に靴裏のテープを片足ずつ剥がすと、どこか含みのある笑顔を向けて挨拶をする。
「おはよう」
「おはようございます……あの、何をされていたんですか?」
挨拶も程々に尋ねると、彼は剥がしたテープを毛糸玉のように丸めつつ手繰り寄せ、口の端に皮肉めいた微笑を浮かべながら言う。
「気になる?」
「はい、気になります」
「なら、その疑問には応えてあげないとね。生徒の疑問を知識に変えるのが、我々教師の使命とも呼ぶべき役目なんだから」
「教師ではないと思いますけど」
「教える者は誰だって教師だよ。教職に就いていなかろうとね。森の方を見ていてごらん」
促されるままに、私は用務員さん越しにテープだらけの森を見る。
彼も森を振り返り、丸めたテープを片手に持ち替えると、玉から伸びたテープをもう片方の手でグイと引っ張った。
すると、木々に巻き付いていたテープは、手前から奥へと波が引くように剥がれ落ちる。
彼はその光景を腰に手を当てつつ満足そうに見届けると、ツナギから取り出したハサミで玉を切り離し、玉は森の奥へ投げ捨てつつ私に向き直って言った。
「と、まあこういうことだよ」
「こういう……、え? 何がですか?」
目の前に繰り出された光景に困惑しつつ聞き返すと、彼はハサミを片手に持ったまま、手元のテープを今度は何重にも折り畳むようにして手繰り寄せつつ言った。
「君はさっきのテープの張り方を見て、どんな印象を覚えた?」
「……事件現場みたいだ、と思っていました」
「妥当な考えだね。さしずめ、私はお巡りさんの手を煩わす、とんでもない悪党ということだ」
と言って快活に笑うので、呆気に取られてしまう。
それは一体、どういう意味の笑顔なのだろう……彼は本来、無闇に人を困らせるような性質でもなかったはずなのだが…………、と。
用務員さんの豹変ぶりを唖然として見守っていると、何やら彼は手元をガチャガチャと動かし始める。
今度は何をし出すのだ……と思って見ると、彼は十回ほど折り畳んだテープを最前のハサミで切り離し、今度は森の方に投げずに無言で私に差し出した。
「……なんですか、これ」
「私が何してたか、気になるんだよね」
恐る恐る束を受け取ると、ハサミをツナギのポケットに仕舞いつつ尋ねる。
「はい、そうですけど……」
「じゃあこれを持って、後についてきてもらえるかな。そうすれば分かるから」
すると、彼はそう言ったきり、私の返事も待たないまま森の奥へとズンズン入って行った。
……若干の逡巡の末、私は彼の後をついていく。
どうにも私は、彼のことを存分に訝しみつつ、危機感を抱くには至れていなかった……むしろ、何か悪党じみた事でもするつもりなら、私が改心させなければならない……といった、ある種の使命感を抱きつつ勇み入ったのである。
その程度には……つまり、生徒に対して本当に危害を加えるようなことは無いだろう……と、面識は無いながらに思いつつ同行していたのだが。
……しかし、よくもこんな場所を転がり回れたものだな……、と思う。
というのは、一歩踏み入れた途端に鼻の奥を突いてくる、イチョウの臭い。
地面には銀杏の実が夥しく落ちていて、それらの一つ一つがめいめいに悪臭を漂わせているのだが……その強烈なこと…………。
ここを転げ回るなど、何度洗濯すれば臭いが落ちるか分からない……もしかすれば、用務員専用の強力洗剤等があるのかも知れないが……、などと思いつつ、銀杏の実をなるべく踏まないように、地面に落ちているテープの上を踏みながらジグザグに進む。
一方の用務員さんはというと、右に左に顔を動かして、足元の落下物については無頓着を極めながら直進していた……。今更気にしたところで、ということなのかも知れないが。
「あ、見つけた」
そう言いつつ用務員さんは歩くのを止めたので、隣に立って視線の先を追う。
すると、私たちの眼下には、さっき彼が投げ捨てたテープの玉が落ち葉に紛れて転がっていた。色が全く同化していたので、何を見つけたのかが一瞬分からなかった。
私は彼を横から見上げつつ、例の球体を指差して尋ねる。
「これがどうかしたんですか?」
「仮にこの玉を、人間の死体だとする」
「……え?」
唐突に繰り出された物騒な単語に、彼から一歩分の距離を取る。
しかしそれには構わずに、彼は次の句を繰り出した。
「その場合、君がお巡りさんだったら規制のテープはどうやって張るべきだと思う?」
と言って、私の手元のテープを指差す。
実践してみせろという意味なのだろうが……なぜ私にさせるのだろうか。
しかし、特別に断る理由も見つからなかったので、私は訳も分からないままに実践する。
とはいっても、何のことはない。玉の周りに生えていた四本の木に、纏め上げるようにテープを張るだけの一分にも満たない作業時間だった。正方形にはいかなかったが、上から見ればテープの囲いは歪な四角形になっているだろう。
「……こうしますけど、私なら」
作業を完了し、用務員さんを向き直りつつ言うと、彼は満足そうに頷いて言う。
「うん、模範的だね。規制をするためには、当然その範囲を囲わないといけないからね。それは多角形でもいいし、円でもいい。要は図形だったら何でもいいんだ。だけど、」
ここで彼は言葉を区切り、おもむろに私が張ったテープを剥がして回る。
そして今度は、私の位置から左奥、右奥、左手前、右手前の順に、木々にテープを張った。上から見れば、テープはZらしき形に見えるだろう……というところで、彼は振り向いて言う。
「実際にはテープは、こんな具合に張ってあった。何角形にも属さない、かと言って円でもないただの折れ線だね。つまり?」
ここでようやく、私は彼のした一連の奇行の意味を、すっかり納得することが出来ていた。
すなわち、キープアウトのように思われていた黄色いテープは規制の目印などではなく、警察ではない何者かによって張り巡らされた傍迷惑のテープだったのだ……そして彼は、敷地内に無断で張り巡らされたそのテープを用務員として回収し、その行為を私に誤解されていると悟るや否や、弁明のためにこのような実演をしてみせたのである。
「うん、概ねその通りだ。理解が早くて助かるよ、流石は貴志辺の生徒だけはある」
そう言いつつ、彼はZに張られたテープを回収し、死体代わりの玉も拾い上げて一個の玉に纏める。
どうやら、彼を改心させる場面は無いままに済みそうだ……と安堵しつつ、しかしテープを張り巡らせたのが警察ではないとなると、自然このような疑問が浮上して来る。
「でも、規制のためじゃないのなら、誰がこんなことをしたんでしょうね。イタズラにしては大掛かりすぎる気もしますし」
「さてね。ただ、「あの事件」があったタイミングと被ってこのテープが張り巡らされたというのは、あまり偶然だとは思えないな」
「……あの事件?」
この時、私の頭の中には大小様々な思考が巡っていた。
すなわち、このテープは警察によって張られたものでは無いのだから、事件とは無関係という話ではなかったのか……また、あの事件というのは一体、どの事件のことを指しているのだろう……既に私の知っている事件か、それとも未知の事件のことなのだろうか…………などと考えていたのだが。
結論からすると、その事件とは私にとって未知のものだった。
「そうか。事件が発覚したのは今朝だから、まだ報道されてないんだね」
彼は独り言のように言うと、こう続けたのである。
「実はうちの生徒が一人、昨日の深夜から行方不明になってるんだよ。第一発見者は彼の母親。朝になっても一階の食卓に下りてこない息子を起こしに彼の部屋に入ったところ、そこはもぬけの殻だったらしい。その事件とテープの件が関連してるんじゃないか、と私は思ったんだけど」
「行方不明……」
そう呟きつつ、まずテープと事件との関係性。
要するに、テープを張り巡らせたのは警察ではないにしても、何者かが犯行の一環としてそれを行った可能性はあるだろう……そういう事件性もあるだろう……ということだったのだ。
ただ、それが具体的に行方不明事件とどう関わってくるのか……また、彼はどう関わると踏んでいるのか……については、気にはなりつつも思考の枠から外していた。
それよりも私は、行方不明事件という未知の事件、それ自体に強い関心を持っていたのだ。
「…………」
みるみる下がっていく体温に身震いしつつ、腕を抱えて俯く。
……こうなってくると、いよいよ気味が悪い。
昨晩から同時刻、もしくは連続的に発生した、様々な事件の数々。
すなわち、自宅から刃物類と睡眠導入剤が無くなり、姉は幽体離脱する。本棚には見覚えのない目覚まし時計が置かれていて、今日未明に起きた刃傷沙汰。犯人不明のキープアウトと、果ては行方不明事件にまで至る…………。
あまりにも節操が無く、枚挙に暇が無い連続事件。
これだけ立て続けに事件が起きるのだから、互いに関係している事件も中には存在すると考えるべきだろう……ただ、それが何と何なのかも分からない。
……一体、私の身の回りで何が起こっているのだろう。
こうなると、家で起きた諸々の事件以外についても私とは無関係に思えなくなってくる……何か背後で強大な存在が蠢いていて、それが私に対してある目的を果たすべく様々の事件を立て続けに起こしているのではないだろうか……という妄想が、どこからともなく降って来る。
……私が、何をしたというのだろうか。
何のために私の周囲で事件が起き、その責め苦に私は遭わされているのだろうか……と、俯きながら得も言われない恐怖感に苛まれている時。
「そういえば君、何年生だっけ?」
用務員さんは突拍子もない質問を投げかけてきた。
私は顔を上げつつ、ほぼ反射的に「二年生ですけど」と答えたのだが……ここにきて私の学年が、何にどう関係してくるというのだろう。
なぜだか、無根拠な胸騒ぎがしてくる。
「そうなんだね。じゃあ、一応聞いておきたいんだけどさ」
そう前置いた彼の次の句を、どうしても聞きたくない……という気分になる。
理由は不明なものの、その言葉を聞くと同時に、今以上に状況が悪化するような……または、状況が想像よりも更に悪いものであることを知ってしまうような……そんな予感がしていたので、私は現実逃避式に耳を塞ぎたくなる。
だが、それは叶わなかった。
彼は一拍の後、例え私が耳を塞いでいようと貫通して聞こえて来たであろう、超重要の報告を私にする。
そして、否応なしにそれを聞かされた私は、理解不能の頭痛に意識を失ったのだった。
「行方不明になったのは2年A組の落合視聡くんなんだけど、彼が行方不明になる前に何をしていたかとか、君は知らないかな?」