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テレパシンドローム

挿絵(By みてみん)

 巨大ショッピングモールとはいえ、四方を田畑で囲まれた田舎の商業施設なのだから、夜の八時を回る頃には館内に人が少ない。

 正月はとうに明け、一月の下旬である。

 冬休みが終了した時期なので若者は少なく、平日のために家族連れも居ない……そもそも、閉館こそしていないものの館内の殆どの店舗は「閉店」の看板を店先に出しており、人の居る場所と言えば館内映画館の附近か、あるいはフードコートの周辺ぐらいだった。

 例えば、フードコートで駄弁っている夜型の大学生集団。

 もしくは、レイトショーを鑑賞し終えて満足げに退散しようとしている仲睦まじい老夫婦が館内には居り、それらの発する声音や靴音のみが館内に反響しているといった具合だった……いずれにせよ、彼らは閑散としたショッピングモールをむしろ張り切って楽しんでいたのだが、その一方では不安げな面持ちのまま、ブーツの靴音を鳴らしている女子高校生も居たのだった。

「…………」

 いかにも高校生らしい、垢抜けていない具合の冬服を纏って、人気のない館内の廊下をツカツカと一直線に行く。

 そのままの足取りでエスカレーターに乗り、何を急いでいるのか稼働中のエスタレーターを階段式に上って行きつつ最上階である三階に到達すると、次はどの店舗にも無関心のまま早足で直線の廊下を行き、フロアの端の方まで到達するとようやく止まって振り返った。

 すると、最奥まで行って振り返らないと見つからない位置……すなわち、一直線に来た廊下をU字式に折れ曲がった先に、細い廊下がヒッソリと伸びているのを少女は確認する。

 その確認を終えると彼女は忙しなく歩行を再開し、例の細い廊下を行く。

 途中には二つほどドアがあり、その隣の白い壁にはそれぞれの事務所の表札が埋め込まれていたが、二つともに無視を決め込んだままグングンと先に進んで行く。

 そして、その一番奥に佇んでいる重々しいドア……明朝体で「探偵事務所」と書かれた表札が横の壁に埋め込まれている、シックな木目のドアの前に立ったところで、やっと彼女の早足はピタリと終了した。

 このショッピングモール全館で、最奥中の最奥の一室である。

 もうドン詰まりに来てしまったのだから、これより他に彼女の目的地は有り得ないのだった。

「…………」

 少女は軽く溜め息をしつつ、背に負ったリュックの中身を取り出す。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()を取り出し、ページに紡がれた文字列の数々をパラパラと閲覧し始めた。

「…………」

 彼女には、双子の姉妹が居た。

 幼児の頃から行動を共にし、二人して同じ高校に進学し、共通の友人と輪を囲みながら平凡な学校生活を送って来た姉妹が、彼女には居た。

 しかし、ある日を境に、二人の境遇は一変した。

 すなわち、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……という、平凡とは真逆の出来事が連続して起こったのである。

 昏睡から目覚めた彼女はまず、病み上がりの身で姉妹の捜索に取り組み始めた。

 警察の捜索班が顔を突き合わせてウンウンと唸っているところに割り込み、主に情報提供の方面から捜査に協力していた……学校が終わると真っ先に警察署に向かい、事件の担当者らと顔見知りになる程度には通い詰めていた。

 しかし、高校生活を犠牲にした尽力も虚しく、捜査は一向に進行しなかった。

 警察連中が手掛かりの一つも見つけられないままに二ヵ月が過ぎ、これではいけない……と悟った彼女は、いよいよ探偵の力を借りることに決意したのである。

「…………」

 ただし、このことは父親には秘密にしている。

 というのも、彼女は探偵と電話でのやり取りをする中で、「私に会うことは誰にも言わないように」という指示を受けていたのだった……その意図はともかくとして、彼女は探偵の指示に従いつつ、今日も父親に黙って探偵に会いに来たのである。

 妻と離婚し、二人の娘の片方を失い、あまつさえもう片方の娘は二週間にも及ぶ昏睡状態に陥っていた……という経緯からすっかり過保護の化身になってしまった父親が、出張で家を留守にしている間にコッソリと会いに来たのである。

「…………」

 深い溜め息を肺の奥から出しながら、彼女はジッと床を見つめていた。

 というのは、彼女は警察には慣れていても探偵に関しては未知だった……電話では会話したもののその時点から既に委縮してしまっていて、実際に対面するとなればなおさら緊張するのだったが、しかし、その躊躇は数分も掛からずに終了した。

 アウターのポケットから、厚みのある細長い茶封筒をおもむろに取り出す。

 今までに貰った小遣いの総額と、汗水垂らしながらバイトで稼いだお金。総額三十一万円が一挙に集まった茶封筒を手汗で濡らしつつ、探偵への依頼料にこの全額を支払うつもりだったのだ、私は……ということを再確認して、彼女は探偵事務所のドアを三回ノックしたのである。

「入り(たま)え」

 という、どこか古風な声色を使った女性の声が、ドアの向こうからくぐもって聞こえた。

 探偵が女性であることを電話でのやり取りから事前に把握していた依頼者は別段に驚いた素振りも無く、「失礼します」とドアを開けて室内に入る。

 しかし、彼女は大学ノートと茶封筒を片手に、もう片手にはドアノブを握ったまま、室内には踏み入らずに廊下側で立ち尽くしてしまっていた。

「…………」

 まず、室内は明らかに探偵事務所の様相を呈していなければ、事務所然ともしていない。

 コンビニエンス・ストアほどの面積をした縦長の部屋に、最低限の家具しか置かれていない部屋……手前には見るからに新品のモコモコとした白いソファが置かれていて、その奥にはこちらに背を向けた黒革張りの回転椅子、更に奥の壁には六枚ほどのガラス窓が嵌められているのだがブラインドやカーテンは備わっておらず、机のようなものは皆無で本棚は無く、天井から床から壁まで真っ白という有様である。

 言うなれば、テナントの入っていない部屋に前の持ち主の残して行った家具が置かれているだけのような……蛍光灯だけが無機質に室内を照らしている、そのような空間だったのだ。

「行方不明になった双子の姉妹を探したい、という依頼内容で来たんだね、君は」

 殺風景を極めた空間については無説明のまま、話は進む。

 依頼者は当惑しつつも、手に持った茶封筒とノートを見て気を取り直し、ドアを後ろ手で閉めながら、

「はい、その件で来させて頂きました」

 と言って室内に入る。

 そしてノートと茶封筒を持ち上げつつ、未だ振り返らない回転椅子に向かって話しかけた。

「電話では話さなかったんですけど、実は彼女が意味深な書き置き……というか痕跡を、とあるノートに残していたのを発見したので持って来ました。ぜひ調査の参考にして頂ければ……」

「その必要は無い」

 すると、全身を回転椅子の背にすっぽりと隠されている向こう側の探偵は、依頼者の思惑をバッサリと切り捨てつつ、例の古風な声色で淡々と続けた。

「なぜなら、私は君たちの情報を既に完璧に把握しているからだ。……私はその文通用ノートに書かれた内容の全てを知っているし、君がなぜ意識不明状態に陥ったのか、そしてなぜ君の姉妹は行方不明になったのかを全て知っている。だから君から聞くことは何も無いのだ」

 その話を聞き終える頃、依頼者は「この探偵こそが犯人なのではあるまいな」と思っていた。

 すなわち、依頼者の手に持ったノートは今日初めて探偵の手に渡るはずの代物であり、以前からの連絡ではその存在すら伝えていない……にも拘らずそのノートの存在を知っており、あまつさえ内容の方まで把握しているというのだから、その疑念も当然だったのだが、

「事件を解明するはずの探偵が実は犯人だった、というのは如何にも文学少女らしい発想ではあるけれど、事態はそう単純ではない。今回の事件は、単に悪人と善人同士のイザコザから、対立する二つの組織同士の諍いにも関連し、あるいは同一の組織内での内部的な衝突から派生していれば、とある少女たちの利己心と利他心が同時多発した結果に招かれた結末とも言える。すなわち、そもそも犯人と形容すべき存在は単一とも言えず、そういう意味ではこの私も犯人だと言えなくは無いのだが、少なからず私は君が最も忌避すべき存在ではないのだよ……とは言っても、慎重かつ優柔不断の君は迂闊に警戒を解かないだろうが」

「……テレパシーでも使えるんですか?」

 当たり前のように自身の思考を読んできた探偵に対し、諸々の疑問点は保留にして依頼者はそう尋ねる。

 というのは、()()()()()()()()()()()()()()()()()使()()()()()()()()()……論理的な整合性はともかく、依頼者にとって「相手の思惑を読み取る方法」といえば、真っ先にテレパシーの使用が思い浮かぶのであった。

「ある意味では、テレパシーかも知れない」探偵は完全には否定せずに、続けて言う。

「私は全てを知っている。過去に現在に未来、有形に無形、実在から非実在……そして相手の思惑の、その全てを知っている。すなわち、見方によれば私はテレパシー使いと言えなくもないのだよ。もっとも、君の操っているソレとは随分と勝手が違うがね」

 こうなると、いよいよ探偵の言うことはハッタリではなくなってきた。

 依頼者がテレパシーを使えることは、ごく一部の人間を除いてトップシークレット級に秘匿されている。探偵が本当に「全て」を知っているのかはともかく、相手が全く侮れない存在であることを依頼者は確信しつつあった。

「いや、私のことはどうだって良いんだ。君は知りたいのだろう、なぜ自分は意識不明になり、双子の姉妹は行方不明になったのかを」

 探偵はそう言い、依頼者が反応する前に次の句を継いだ。

「ソファの上を見給え。全てはその書類に記した。君はそれを読むだけで良いのだ。姉妹の居場所も何もかも、そこの紙束にちゃんと書いてあるのだから」

 依頼者はモコモコの白いソファの横に立ち、そこに置かれていた原稿用紙の束を拾い上げる。

 原稿用紙は右の余白に二つの穴を開け、そこに麻紐を通して結ぶという極めて簡単の方法で綴じられているのだが、一枚目は右側の中央に[テレパシンドローム]というタイトルが書かれているだけで、他の部分は全て余白という有様だった。

「そこは後で書くつもりだから飛ばしてくれ給え。まるっきりフィクションの童話でも書くなら別だが、確定していない出来事をさも現在のように書くのは趣味では無いのでね」

 後に続けた言葉の意味は分からないままに数百ページはあろうと思われる原稿用紙を左手で支えながらパラパラと捲ると、唐突に文章が出現する。

 というのは、空白のマス目で埋め尽くされた原稿用紙の左側に、「第一章」という簡素な単語が周囲を空白に囲まれつつポツンと書かれていたのである……これを唐突と表現せずして何と表現しよう。

 しかし、依頼者はこの時に別のことを気にしていた。

 すなわち、これだけのページ数で書かれている書類を、閉館までの一時間足らずで読み終えられる筈がない……しかし、別の日に改めて読みに来るには父親との兼ね合いが難しく、かといって持って帰ることを許されるものだろうか……などと考えていたのだった。

「今日から明日に掛けて読めば、君の父親が帰って来る時間には十分間に合う計算だ」

 すると、またしても見透かしたような探偵は、例の古風な声色を使って言い出した。

「閉館の件についても安心し給え。このショッピングモールは全館が私の管理下にあり、従って閉館の時刻は私の気分次第で何とでも可変なのだ。君はその書類を徹夜で読み通すなり途中で仮眠を取るなり、好きに読めば良いということなのだ」

 それを探偵が言い終わる頃、依頼者はソファに腰掛け、膝上に原稿用紙の束を広げていた。

 どうやら、あらゆる煩雑な手続きや難解な折り合いは全て探偵の手によって調整済みのようだ……自分が今更アレやコレやと思考を巡らしたところで、それは余計な心配なのだろう……と悟って、ならばさっさと書類に目を通してしまおうと思ったのだった。

 ……長きに(わた)る捜査の日々、姉妹の不在に涙を流す毎夜。

 そのような生活も今日で打ち止めになるのだ……という期待に突き動かされるまま、彼女は真剣一辺倒の眼差しで原稿用紙と睨み合っていたのだった。

「ちなみに書き始めから数ページは文通の内容をコピー・アンド・ペーストしたものであり、君自身はその内容を知っているだろうが再確認の為に読むと良い。意味があって構成しているのだからね」

 という探偵の言葉も耳に届かないまま、依頼者はワープロ打ちの文章を食い入るように読み進めていた。

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