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夜の鳥が啼く  作者: 遊雪
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 私が住む潮原町と田原町の境に公立潮田原高校がある。そこは上下白の男子学生服に、同じく上下白のセーラー服の真面目そうな制服とは反する、偏差値の低い、不良をもつ親が無理矢理行かせるところだった。双方の町から進学するものはほとんどいなかった。近くの馬鹿高校に行って一生笑われるのならば、長時間の通学のほうがましだとまで言われていた。

 私がその学校を選んだのは優人と離れるためだった。無理をしていた勉強からも離れたかったというのもある。

 潮田原に行くと両親に告げたときはひどく泣かれた。何せ中学の成績は優人までとはいかないが良い方で、担任からは有名な進学校をすすめられていた。最後まで私を説得しようと夜遅くまで面談をし、最終的に担任が折れた。

 私が必死に勉強していたのは優人の汚点にならないためだ。がり勉と言われる層は優人に勝とうとして黙々と勉強していたが、勉強ができるイケメン層からはひどく反感を買っていた。顔も性格も能力も何一つ貶すところが優人自身にはない。だから幼馴染である私が標的になったのだ。

 馬鹿だの単細胞だのと言われて、平均的だった成績をぐんと上位にまであげた。決して簡単なことではなかった。部活や休日に友達と遊ぶことを諦めた。

 優秀な人から馬鹿だと言われても当たり前なので腹は立たない。しかし優人から言われる嫌味の種類が増えると思えば胃に穴があきそうになった。

 高校も同じことを繰り返すことだけは絶対に避けたかった。

 有名進学校から馬鹿高校に極端な進路を選んだ私に待っていたのは別世界を生きる自由児ではなかった。優人だった。

私が言えた事ではないが場違いな人であった。新入生挨拶で名を呼ばれ壇上へあがっていく際に、不良たちが脅したり非難の声をあげたりしていた。ほとんどが後ろ側、在校生からのものだった。

 優人は臆することなく堂々と歩いていった。胸に忍ばせていた手紙をだすと淡々と月並みな挨拶を述べ始めた。

 入学式のあと、どうやって家に帰ったのか覚えていない。式典の途中からの記憶すらなかった。

 大学を休んで入学式に来てくれた兄が「いきなり生徒会を乗っ取るとは」と呆れながら言った。兄だけでなく両親も優人が馬鹿校に入学したことに驚いていなかった。

 持って帰ってきた入学式のしおりを読むと優人の名前が私とは違うクラスに載っていた。何を企んで生徒会入りしたのかは全然興味が無い。気にしてしまえば負けだと思うことで優人の潮田原高校の入学と生徒会長を受け入れた。

 次の日には女子のほとんどが黒髪に戻し、スカートを正常な丈にしていた。お嬢様学校かと思うほど言葉使いも仕草も丁寧になった。優人の影響だろう。焼き付け刃ではあるが、女子の演技力のおかげで違和感がない。

 優人会長の改革で荒れ果てた校内が改善された。まずは何代か前の偉大な先輩と言われた人が各教室にあけた大穴を埋めた。壁の落書きを消し、深く掘られたり変形した机と椅子を新品に買い換えた。

 今までの予算の使い方、それから今回の使った内容は生徒会から発行されたプリントに細かく記載されていた。やや小さくなった文字で最後に「次回から学校内の器物を破損した場合には実行した者が弁償すること。一部例外も有り」と書かれてあった。

 好きにしてくれと言って退任した前会長があとになって不満を言い出した。まともな会話ができないと踏んだ優人は十一月に予定していた球技大会を四月の下旬に前倒しにして、前会長のクラスをバスケで完膚なきまでに叩きのめしたらしい。私は最初から勝負が見えていたので見に行かなかった。

 私と彼の関係は、出身中学が同じ男子生徒が喋った。優人のように有名進学校に行くべきイケメン男子の一人、磯崎だった。入学して二日くらいは黒髪に七三わけだったので、同姓同名の人がクラスメイトにいるとしか思っていなった。

 髪染めの取り締まりはしていないのですぐに磯崎は中学のときの茶色に戻し、たまに緑や黄色などの付け毛でメッシュを入れていた。生徒会役員には見えないところが地味に生徒達に受けていた。

 彼が話したのは私が卓球のシングルで戦っているときだった。生徒会長がわざわざ地味な卓球を観戦しにくることが生徒には不思議に見えたのだろう。しかも元生徒会長のクラスの試合時間と私のが重なっていた。優人がぼこぼこにする四時間も前だった。

「立夏、頑張れよ。俺の声援で負けたら仕事手伝ってもらうからな」

 大勢の女子に囲まれても頭一つ分秀でた優人がわざわざ丁寧に私を名指しして手を振った。ここで無視すれば妬みの目で見てくる女子に失礼になる。何て言って返せばいいのかわからず手を振り返すことしかできなかった。

 じきに試合が始まり、私は逃げるように卓球台へ向かった。

「あの子何なの? 優人くん彼女いないって言ってたよね?」

 興奮した女子達の声はおさまることを知らない。お嬢様風のメッキが簡単に剥がれていた。

「あの子って立夏? 立夏は昔俺に」

 結婚の話でまた馬鹿にするつもりか、それとも火に油をそそぐつもりだろうか。打ち返せるはずの球を派手に空振りしてしまった。

「ただの幼馴染だろ。会長殿は人が悪いなぁ」

 優人の汚点にしようと私に話しかけてきたときと同じ鬱陶しい言い方だった。しかしこのときばかりは磯崎が救いの神のように思えた。

「自分がモテるって事自覚してるくせにさ。アイツ使って女子の気をひこうなんてあざとい! こんな男より俺とデートしよう、葉月ちゃん」

 ただの幼馴染と知った女子達の興奮と妬みがおさまっていく気配を感じ、安心していると私の試合は終わっていた。得点表はすでにゼロ点に戻されていて、勝敗がわからない。

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