リンゴ
もう陽はだいぶ傾いている。
薄暗い森を二人はゆっくりと進んでいる。
森にはいろいろな魔物が住み、時に二人に襲い掛かる。
大蛇や吸血蝙蝠、毒蜘蛛などが生息する薄暗い森を、マルコがチョコの手を繋いで進む。
チョコは最初に大蛇を見て恐怖で固まってしまった。
その後はすっかり大人しくなり、マルコに手を引かれながらついて行く。恐怖で中々足が進まない。
「しゃがめ!」
いきなり現れた吸血蝙蝠3匹を、マルコは手を繋いだまま倒す。
マルコの剣の腕前は中々のものであった。
そんな二人の隙を窺っていた魔物が死角からマルコに襲い掛かった。
キラーベア。獰猛で俊敏な森の曲者だ。
蝙蝠を攻撃していた隙を突かれたマルコは反応出来ない。
チョコがマルコのピンチに反射的に飛び出した。
圧倒的な初速から、絶妙なタイミングのカウンター頭突。
それは見事に顎にヒットし、キラーベアを一撃で気絶させた。
「助かったよ、ありがとう。」
マルコからのお礼に、チョコは顔を真っ赤にして喜びながら、マルコの元へと駆け寄る。そして、
勢い余ってマルコにまで頭突きを決めてしまう。
グハァ!
マルコは頭突きを水落ちに決められ、暫し立ち上がれない程のダメージを受けた。
くぅっ油断した!なんて子供だ。やはり戦闘センスは抜群だ。この俺からダウンを奪うとは。クリティカルで喰らったキラーベアは当然無事では無いだろう...
しばらく悶えていたマルコが立ち上がる。
「あー、チョコ君。なかなか良い技だ。だが、防御は全然なっていない。この森の魔物相手に無防備では危険すぎる。チョコ君は周囲を警戒しつつ俺のサポートに回ってくれ」
マルコは腹の痛みに震えながら余裕ぶって言った。
チョコは落ち込んでいる。せっかくの活躍を台無しにしてしまった。立ち上がったマルコはどこか冷たく、あれから一言も発することなく移動している。
そんな空気とは裏腹にそれからチョコの足取りも軽くなり、二人は順調に森を進む。
すっかり暗くなった森を暫く進むと、遠くに街が見えた。
「チョコ、あれがオルタノースの南門だ。俺たちはあそこを通らず西門まで迂回する。」
門の前ではいくつもの灯りが、何やらざわざわと蠢いている。
「やはり、南門でも警備隊が準備してやがった。森を捜索される前にここまで来れればOKだ。」
チョコは何のことかよく分からないが、マルコの顔が晴れているのがうれしくて笑った。
「うー♪」
「よし!このまま西に行こう。」
街の明かり沿いに、さらに暫く進むと遂に西門が見えた。
ここから街に入るのだ。
そこでマルコは一旦止まる。
「街では今、お前の情報が出回っているはずだ。チョコ、フードを被って耳を隠してくれ。」
そう言ってマルコがチョコにフードを被せてやる。
「よし、行くぞ!」
マルコが笑顔で言った。
獣人騒ぎと逆方向である西の門の警備は薄かった。頼りなさげな門番が一人いるだけで何の問題もなく街へと入ることが出来た。
マルコは街の様子を観察しながら極力平静を装い路地を進む。
オルタノースはそこまで栄えた街ではないが、こまごまと色々な店が並ぶ、住む分には困らない街だ。
大方、街の活気は変わりないが、やはり、あちらこちらで獣人の噂がざわざわと耳に入った。
商店街から外れた路地裏、街灯も疎らな一角に情報屋と言われるお店がある。
表向きは喫茶店、夜は酒場となるのだが、そこの店主は国中の色々な情報に詳しく、通な冒険者はそこで情報を買うのだ。
マルコ達は、情報屋を訪ねた。
木製の古い扉が ギィ と響く。
アンティークな椅子やテーブルが並ぶ店内。だが雰囲気は質素で、観葉植物やポスター等の飾りは無い。あるのはお尋ね者の張り紙ぐらいである。
「やあ、マルコ。いらっしゃい。」
薄暗い店内に客は誰もいない。カウンターの奥で一人新聞を読んでいる赤い髪の中年女性が声を掛けた。
マルコとチョコはカウンターまで進み女性に話しかける。
「リタさん、獣人騒動は知っているよな。」
喫茶店兼酒場のマスター。リタリー リズリラ。
年齢は50代初めといったところ。身長は160cmくらいであろうか。黒のワンピースで誤魔化されているが体型は、まあ、良く言うと膨よかだ。赤い髪の毛は肩まで伸びている。瞳はつり目気味だが、愛想の良い女性だ。
出生も仕事も謎多き女性だが、機密厳守の情報屋だ。
獣人の情報を聞くにあたり、ここしかないと踏んだ。
「獣人について知りたい。何か知っていることを教えてくれ。」
「獣人ねぇ」
リタリーは鋭いつり目をチョコに向けながら呟く。
「この子を見てくれ」
と言って、マルコがチョコのフードを取る。
やっとフードが取れた事でチョコは耳をパタパタと振った。
「あらー、これは本物ねぇ」
リタリーは満面の笑みでチョコの耳をなぜなぜし、チョコに向かって挨拶する。
「こんにちはー!お名前はー?」
チョコは見ず知らずの人が怖いのか、頬を赤らめながらそっぽを向く。
「チョコ、挨拶は?」
マルコも挨拶を促す。
よくある近所の家族とのやり取りみたいになってしまった。
獣人騒ぎはどこへ行ったのやら。
だが、挨拶は基本である。
チョコを立派な大人にする為には、まず挨拶を教え込まなくてはならないだろう。
人か獣人かはその次である。
「...チョコ」
チョコは小さく答える。
「チョコちゃん!よろしくー!いくつですかー?」
「・・・」
チョコは自分の年齢が分からない。うさぎの時12年生きたが、チョコにそんな概念は無く、答えられなくてもしょうがない。
「好きな食べ物は何ですかー?」
リタリーは構わず次の質問をする。
これはもう無駄な質問が続くやつである。一刻も早く話を戻す必要がある。
「リンゴ!」
チョコは答えた。
これには元気に答えることが出来た。
「わーあ!リンゴが好きなんだ!おばちゃんが剥いてあげるね!」
リンゴが食べれると聞いてチョコははしゃぐ。
この世界にもリンゴはあった。ただ品種改良はそれほど進んでおらず種類はそれほど豊富ではない。それでも甘い果物としてデザートによく食べられている。
好きな食べ物に喜ぶチョコの顔を見ながら、良かったなっと和んでいたマルコが、趣旨を思い出して叫ぶ。
「リタさん!獣人について教えてくれ!」
「まぁそうね。取り敢えず座りな。」
リタリーはリンゴを取り出しながら、マルコとチョコをカウンターに促す。
「正直、これはかなり大変よ。」
リタリーは、リンゴを剥きながら語り出す。