ケモノ耳
はあー、
と深い溜息を吐きながらマルコはチョコを寝かせる。
チョコは目を開けたままだ。その赤み掛かった大きな瞳の美しさに暫し見惚れる。
それから瞼を押さえ、チョコの瞳を閉じてやる。
チョコがマルコに擦りついてくる。
マルコが頭を撫ぜてやると気持ち良さそうに寝息を立てる。
チョコの耳を弄りながらマルコは考える。
一体この子はどこから来たのだろう。
チョコには生前(うさぎだった頃)の記憶しかない。
しかし何故かこの国の言葉を理解し、話す事が出来る。
この国の10歳、あるいはもう少し低い程度の知識を、目覚めた時から自然とチョコは身に付けていた。
文字は読めない。物の名前が分かったり、言葉が話せる程度の知識だ。
再び溜息を吐き、マルコは一本道を見渡す。
チョコの親の姿も分からない。
まあ、子供を探しているなら雰囲気で分かりそうだと監視することにした。
1時間程経ったところで顔馴染みの武器商人を見つけた。
「おーい!ガゼッタさーん!」
武器商人ガゼッタに手を振る。
ほっそりとした中背で、年は60歳ぐらいだが眼力のある、年季の入った褐色の肌の男性だ。
ガゼッタもマルコに気付き応える。
「マルコか!そんなところでなにやってんだ?」
ガゼッタの所へ駆け寄り事情を話すマルコ。
迷子を見つけた事。10歳ぐらいの少女だがケモノの様な耳が生えており、えらく身体能力が高い事。
ケモノのような耳と聞いてガゼッタの顔色が変わる。
眼力のある目をさらに見開き、堀の深い顔から険しく目を光らせ聞き返す。
「ケモノ耳!?」
マルコは何が何だかわからず一歩引く。急にどうした。
「ケモノ耳じゃと!?その少女は一体何処におるんじゃ!」
「あそこの木の下で眠ってますけど、」
すると、ガゼッタは慌てて木の方へと駆け出して行った。
あまりの勢いに固まっていたマルコは、木の下で少女の姿を確認したガゼッタに追いついた。
ガゼッタが騒いでいる。
「ケ、ケモノ耳じゃ!」
「ガゼッタさん、一体どうしたんですか?」
「_獣人じゃ、」
「ジュウジン?」
獣人...なんか聞いたことがある。100年も昔、人と戦争をして滅んだ種族。だったっけ。
「こ奴は身体能力が異常に高かったのであろう。間違いない。獣人じゃ
こ奴は早く処分せねばなるまい。寝ている間に縛ってしまおう」
「__ちょ、ちょっと待ってくれよ!こいつは悪い奴じゃない。俺が保証する」
「何を言っておるんじゃ!獣人を見逃すととんでもない事になるぞ。早く処分するんじゃ。まだ生き残りがおったとは、」
くわばらくわばら、とガゼッタはロープを取り出し、チョコを縛ろうとする。
「だから、待ってくれよ!獣人がなんだってんだ!落ち着いてくれよ!」
その時、チョコが目を覚ました。マルコの横の見知らぬおじさんにきょとんとする。
「いかん!目を覚ました!早く捕まえるのじゃ!」
突然の緊迫した空気にチョコも身構える。
ガゼッタがロープを持って飛び付こうとするが、チョコは森の方へと逃げて行った。
「くそ!やはり速いわ!マルコ!早く捕まえてくるんじゃ。わしは街に戻って警備隊に報告する」
大慌てで街の方へ向かうガゼッタ。バタバタ走る60歳の後姿を眺めながら
「はあ、何なんだよ一体」
マルコはムシャクシャしながら森へ向かい走っていった。
「チョコー」
森へ入りチョコを呼ぶと直ぐにチョコは顔を出した。
横になった木から頭だけ出し、周りをきょろきょろと確かめ、怯えながらマルコに聞いてくる。
「なにあいつ?」
「あー、もう大丈夫だ。あのじいさんは変態ってやつだ。ああゆう大人もいる。気を付けろ」
「ヘンタイ?」
とにかくチョコは人間の怖さを知った。
でも、マルコの顔を見て安心した。
「分かった!」
と言ってぴょんぴょんとマルコの前に出てきた。
◇◇◇◇
にしても困った。
チョコが獣人とかいうやつだとしたら大変だ。
町の人間はこぞってチョコを捕まえようとするだろう。
どうしたもんか。
早くこの場を離れた方が良いだろう。
だが、この近くで町と言ったらガゼッタの住むオルタノースしかない。
取り敢えずこのまま南の森を突っ切って警備隊と鉢合わないように西からオルタノースに入れは何とかなるか。
よし!と決心して、マルコは南の森を抜けオルタノースの西門に向かうことにした。