旅立ち_
九月に入り、窓を開ければ気持ちの良い風が入る夕方。
夕日の差し込む静かな部屋で、弘行はゲージの中の一羽のうさぎをやさしく撫でている。
うさぎは、弘行が10歳の時買ってもらったネザーランドドワーフという品種で、チョコという名前のうさぎだ。
文字通り毛色が茶色いからチョコと名付けられた。
もう12年生きており、最近はめっきリゲージの外に出なくなり大人しく丸くなっていた。
そして今、静かにその一生の終わりを迎える。
ゔっゔっ
と、小さく囁きチョコは目を閉じた。
弘行はチョコが動かなくなったことに気づき名前を呼ぶ。
強く撫で付け、身体を揺するがチョコはぐったりと動かない。
何度呼んでもチョコは動かなかった。
弘行は泣いた。
ひたすら泣いていた。
◇◇◇◇
『 今までありがとう。ひろゆきくん
__わたしは世界で一番幸せだったよ 』
遠くなる意識の中、チョコはその様子を眺めながら弘行に別れを告げた。
・・・
・・・・・
「う、、、あれ?」
チョコは目を覚ました。
だがそこは見知らぬ土地。
見渡す限り草原が広がる大地だ。
ずっと生活圏が屋内だったチョコは見晴らしの良すぎる草原に混乱した。
慌てて辺りを見渡すが何もない。気持ちの良い草原だ。
チョコはゆっくりと立ち上がる。
そこで再び混乱する。
高い。やけに視点が高くなった。
飛び退いて自分の身体を確認する。
手がある。
ひろゆきの様な美しい手だ。体毛も無くなっている。全身ツルツルで頭と尻尾だけ毛が生えている。
耳はひろゆきと異なり以前のままピンと伸びていた。
そのウサ耳がぴくりと反応する。草原を分ける一本道を何やら人間が一人歩いてくる。
こちらに気付いておらず、チョコは草むらに隠れながら様子を窺う。
人間の男性だ。
頭に布を巻いた怪しい男だ。
男がチョコの近くまで差し掛かった瞬間...
チョコが動いた。男に向かって飛び掛かる。
「ひろゆきーー!!」
「うお!魔物!!」
男は慌てて躱そうとするがチョコの素早さからは逃れられなかった。
ヘッドバットからの羽交い締めを食らい男は倒れた。
やばいと思った男は渾身の力でそれを跳ね除け体勢を立て直す。
そして、襲ってきたものをよく見ると女の子だと気付いた。
10才ぐらいの少女。
髪の毛は艶やかに輝く黄金色。ぱちりとした瞳は、微かに赤み掛かり宝石の様に美しい。人形の様な少女だった。
しかし、それ以前にまず、素っ裸だ。
男は慌てて問いただす。
「え、何きみ?どした?」
「あ!ごめんなさい。またひろゆきに会えたのがうれしくて」
少女ははにかみながら言う。
「ひろゆき?人違いだ。」
「うそ!どう見てもひろゆきだよ!ひろゆき!」
「いやいや、おれはマルコだ。マルコ・アルバート」
「嘘だよ!わたし分かるもん!」
言いながらチョコは再びマルコに突進する。
必死で受け止めながらマルコが抵抗する。
「分かった!分かったから!取り敢えず服を着ろ!」
マルコは何とか少女を宥めて自分の上着をチョコに羽織らせた。
「ありがとー。ひろゆき」
チョコが嬉しそうに礼を言う。
マルコは面倒くさそうに頭を掻きながら少女の身辺調査を行うことにした。
「名前は?」
「チョコ!」
「親は?」
「ひろゆき!」
「どこから来たんだ?」
「ひろゆきの部屋!」
「いや!そういうことじゃなくて。出身地」
「分かんない」
「どっちから来たんだ?」
「分かんない」
「うーん... ていうか君、頭のそれ何?」
マルコがずっと気になっていた事を聞く。精巧に出来たケモノの耳の様なものが、たまに動いているように見える。
「これ?耳!」
え、マジで?
冗談にしちゃリアルすぎると思い、マルコはまじまじとチョコの耳を観察した。
動いている。触ってみる。動いた。
どうやら本当に頭から耳が生えている様だ。
となると出身地は街ではない。
魔物の村まで送り届けるのは危険すぎる。
かと言ってここに置いていくのも不安だ。
「はあー、しょうがないな。よし!一緒に親を待っててやるよ」
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日が沈むぐらいまで一緒に待つ事にしたマルコは、チョコと追いかっけこをしていた。
「あはははは!」
チョコの笑い声が響き渡る。
「マルコおそーい」
マルコはげっそりしていた。
チョコは速かった。速すぎる。ちょっと付き合ってやるかぐらいの気持ちで始めたのだがもうクタクタになっている。
最早待ち人の事などどこか行ってしまっている。
「フフフ!誉めてやろう!お前は速い。だが、大人を甘く見ると痛い目に合う事を教えてやろう!」
マルコは大人げなく本気を出した。
強化魔法で素早さを上げ、一気に距離を詰める。
チョコはフッと微笑みを浮かべながら、余裕で後ろに飛び再び距離を取る。
構わず突っ込み、掴み掛ろうとするマルコの左手を、チョコは素早く反対方向へ飛んで交わす。
が、その瞬間、
ドン!!
思いっきり木に突っ込んでチョコは捕まった。
一本道を見渡せるなだらかな丘の木陰で、二人は休憩しながらゆっくり親を待つことにした。
「あー楽しかった!」
「もう絶対追いかけっこはしない...そもそも、なんでそんなに速いんだ?」
「またやろ!かけっこ大好き!」
「はあー、、ところで、お父さんお母さんも君みたいに耳があるの?」
・・・
あれ?
「自分の種族とか分かる?」
・・・
あれ?
「いくつ?」
・・・
...「あれ?チョコちゃん?疲れた?」
・・・
寝てる!!目開けたまま寝てるぅうぅ!!!
こうして、チョコとマルコの旅が始まった。
続く!