第九十六話
「でだ、9大司教の武の座なんだが
なんでもハンスは力づくで奪うと」
食後の片づけが終わった所で
俺はそう切り出した。
「ほーぅ、言うじゃねぇか」
ニヤニヤするヨハン。
物凄い速度で手と顔を横に振るハンス。
「ヨハン様、いつものアモンさんの
悪いクセですよ。そんな事私は一言も」
「分かーってるって」
なんだ二人とも
いつものとか、分かってるとか
俺はそんなに嘘ばっかり言ってるのか
「大体、武の証は渡したじゃねぇか
アレはそういう意味だぞ」
その後はハンスの治癒魔法の話に
なり、俺の新たに持ってきた資料を
広げ二人は熱心に談義になった。
この時点で追いてけなくなった俺は
チャッキーとゲカイを連れ、聖都内の
パトロールに出かけた。
「あの二人、何言ってるのか
全然分かんねぇっすよ」
純粋な格闘家であるチャッキーには
神の加護だ、聖属性だ
その言葉だけで理解しようとする
気力が出てこないそうだ。
「分かんないモンは考えても
分かんないっすよ」
うーん
彼はこれでいいと思う。
「お、ちょっとこの店に入ろう」
スラムを抜け繁華街に入った辺り
ちょっと高級そうな洋服店を
見つけた俺はそう提案する。
「え、何でっすか」
「ゲカイの服装はここいらの
様式じゃないだろ、目立つ
それにくたびれてきてるし」
受肉の面々は服装も人間同様だ。
ヴィータも人里に辿り着くまで
結構苦労した。
幼いヴィータに合わせて
作ったサンダル。
あれ、どうしたのかな
いつ捨てたのかな
まぁいいけど
俺の言葉に身だしなみを
チェックする仕草を始めるゲカイ。
うん、いいよ
かわいいよ
「確かに黒とか赤とかが主体で
鋭角なデザインが多いっすね
攻撃性をモチーフにしたっぽいすね
調和をモチーフにするバエリアじゃ
確かに見ないファッションっす」
え
なんだって
俺には
露出の少ないババァルの仲間っぽい衣装
としか表現できないんだが
この世界では珍しいと思われる
黒の皮ジャケットに金属鋲
何つけて形を保ってるのか分からない
ツンツンした髪型
チャッキー君はもしかして
オサレ人間なのか
バイザーの一件もデザインしか
気にしていなかったし
「この服は・・・」
ゲカイちゃんの話によると
魔都では、ごく一般的な衣装だそうだ。
「じゃ、益々マズいじゃないか
魔都の人間がウロウロしていたら」
「解除していれば、裸でも同じです」
それを聞いた俺は獣になり
ゲカイちゃんの服を脱がしにかかったそうだ
なぜか記憶が飛んでいて
思い出せない。
思い出せるのはチャッキーの踵遅しが
決まった辺りからだ。
「解除にも力を使用するだろ
肝心な時に燃料切れじゃ困る
ここで目立たない服に変えよう」
俺はそう言ったのだがゲカイちゃんは
乗り気ではない。
理由を聞いて見たら
「お・・お金は持っていないのです」
なんだそんな理由か
「それなら心配無い」
俺は懐から布袋を取り出す。
わざわざ手書きで$マークを描いたのだが
残念ながら、誰も分かってくれなかった。
中身をチラ見せすると
二人とも叫び出さない様に
両手で自分の口を塞いだ。
「ささ、行こう行こう」
俺はズカズカと店の前まで歩いた。
「失礼ですが、お客様。紹介状はお持ちですか」
店に入ろうとしたら
入り口のガードマン二人に止められた。
彼等は衛兵とは違い鎧こそ来ていないものの
腰には豪華な装飾の入ったレイピアを下げている。
うーん、金持ちや要人御用達の店なのか
丁度良い、バルタん爺さんがお詫びついでに
くれた物を試して見るか。
俺は返事の変わりに懐から指輪を出し
はめてガードマンに見せる。
「失礼、これでいいかい」
ガードマン二人は怪訝な表情をしながらも
指輪を確認すると物凄い速度で左右に分かれ
ご丁寧に扉も開けてくれた。
「大変失礼をいたしました。」
「お許しください」
180度態度変更だ。
「君たちの仕事は完璧だったよ
こちらのミスだ。
安心して買い物ができそうで良かったよ」
俺は酔っぱらいAから教わった
頷き挨拶で優雅に中に入る。
優雅になってないかもだが・・・。
チャッキーとゲカイの二人は
遅れて小走りになって入って来た。
「何すかその指輪」
なんでそんな小声になるチャッキー君。
「いやな、なんでもな・・・」
俺は指輪の説明をした。
ベレン領・領主ローベルト・ベレンの
庇護下になる貴族や要人に与える
身分証で手紙を蝋で封印する時にも
使える便利なグッズだ。
爵位はもらっていないので
友人とか重要人物みたいな事が
書いてあるらしい。
ハンスは教会からの地位があるので
無理だが、俺はこれで取り込めないかとの
考えなのだろう。
「人間風情が13将に対して・・・。」
話を聞いたゲカイは怒りだしそうになるが
俺はすかさず諭す。
どんなに偉くても、それは自分の領地内だけだ
人間の食事をし
人間の衣服を着る
人の世界で活動するのだから
それに便利に越した事はない。
「ですが・・・」
納得いってないようなので
俺は嘘でゴリ押す事にした。
「どうせ俺が世界を支配するまでの
つかの間の余興だ」
「はいっ」
キラキラした目で答えるゲカイちゃん
うん、かわいいよ
「アモンさん店の中でそのオーラ出しちゃ
マズいっすよ」
チャッキーが小声で言って来た。
「うん?出てないだろ」
完全人化だぞ。
しかし、チャッキーは否定する
見間違うハズは無いと
彼曰く漏れ出ていたそうだ。
うーん
そんなハズは無いんだが・・・。
「いらっしゃいませ。お客様は当店は
初めてでございますね。」
いきなり俺達の前に現れた男は
膝をついて畏まった。
ガードマンの情報が行ったのか
この男の服装は他の店員とは異なって
上質な物を着ている。
よく観察してみた。
頭を垂れているので表情は分からないが
体型はチャッキー君よりもっと痩せた
痩身で・・・ん
隠そうとしているが小刻みに震えているな
そんなにベレン侯はおっかない存在なのか
「んー君は」
俺はなるたけ偉そうにならない様
かつ舐められない様に気を使いながら話した。
「ここの店長をしております。はい」
顔を上げた店長。
色白で頬がこけているが貧相な印象では無い。
鼻の下に細く手入れされたヒゲ
オールバックの髪型
今はいいが
なんかキレたら怖そうな感じだ。
「店長、今日はこの娘の服一式を
つま先から頭のてっぺんまで
全て揃える。今だ」
俺はオサレなテーブルに無造作に
$袋を置いた。
店長は一礼すると
中身を確認した。
「ここここんなには御必要ないかと」
中身の金貨軍団を見た店長は慌てた。
俺は冷静に言いのける。
「いちいち持って来るのはおっくうだ
余った分は今後の買い物用に頼むよ」
「仰せのままに。」
その後店長は小さな声で「おい」と
後ろを向いて言った。
店長の後方に控えていた店員が
慌てて袋を受け取りにやってくる。
あー中身、金だから
見た目の大きさに反して
重いよ
気を付けてね。
「アッ」
言わんこっちゃない
想像以上の重さに袋を落っことして
しまう店員。
派手な音と輝きで金貨軍団は散らばった。
「このバカ」
失態を犯した店員に平手打ちを
入れようとした店長の腕を俺は
後ろから掴んで止める。
「ははは、ベレン侯もよくそうやる
こっちでも流行っているのかね」
大きな声でそう言った後
店長の手を放しながら
小声で店長にだけ言った。
「客の目の前で怒るな」
元の世界の会社でも良く見た光景だ。
これで満足するのは怒ってる上司だけだ
怒られている下っ端も
一番大事なお客様も不愉快極まりない。
更に言うと
ヘマはこいつです。私はちゃんとやってまーす
って言う、更に上司へのアピールだ。
ヘドが出る。
空気を替える様に新たな店員が現れた。
「色々、お持ちいたします。
こちらにお掛けになってお待ちください」
横から女性の店員、こちらも
隊長機なのか他の女性店員より
似ているが凝ったデザインの服を着ていた。
出てくるのに時間が掛かったのは
お茶を用意していたからだろう
押してきたワゴンにはお茶セットが準備されていた。
手下が手際よく椅子を引いて俺達を促す、
腰掛ける動作に入っている間、視線が外れた
タイミングで床の金貨軍団を数人で片づける。
ああ
ここもだ、この世界にも居るのか
この人がトップだったらなーって言う
有能なセカンドだ。
これが困ったモンで
有能が故にトップがミスっても
見事にフォローしちゃうせいで
トップがいつまでも失脚しないんだよね。
もう少し野心を持って欲しい。
俺は感心したので
つい名前を聞いてしまった。
「ジュ・・・・ジュリエットと申します。」
まさか店長ロミオじゃないよね。