第九十四話
まぁ俺がいないと無理なんだが
魔王が転移出来る程
聖都の結界は機能していない。
この事実は二人には衝撃だった。
バルバリス帝国の首都でもあり
教会の本拠地、聖都でもあるバリエアは
これから戦場になるだろう。
「逃げ惑う人々の受け皿に
ベレンがなれないかと思うんだ」
そう言った俺の意見に対して
ハンスが言う。
「それは分かります。しかし
ベレンを聖都にしてしまうなんて」
気持ちは分かる。
「最初から表立っては言わない
自然にそういう話が持ち上がる方向で
領主も大司教も動いてもらう
それにこれは
領主の協力のエサとしては十分だと
思わないか。」
どの位の数の難民が出るか
予想は難しい。少なければ問題は無いが
ん万人規模に膨れ上がった場合
教会だけでは対処出来なくなる。
「領主が付け上がるのは面白くないのぉ」
腕を組んで考え込んでいるヴィータが
そう言った。
なんで少女化したままなんだ。
「そこは俺が特別に釘を刺すよ」
考え込む二人
話がいきなり過ぎたか
その静寂を破る様に
扉の向こうが慌ただしくなる
そして扉が強めにノックされた。
「女神様。よろしいでしょうか」
声の主はさっきの表にいた
お姉ーさんの内の誰かだ
「おい子供のままでいいのか?」
俺はヴィータにそう言うと
しまったと言う顔になる。
「ぬおっ、ま待たせるのじゃ」
ハンスが素早く扉の方に近づき
扉越しにあの魅惑の低音ボイスで言う。
「女神様はお休みだ。何事ですか」
そこからは声が小さくなり
何を言ってるのか聞き取れなくなった。
振り返ったハンスは軽い声で言った。
「急患だそうです。私がいってきます」
柱付ベットのカーテンを降ろして
なにやら変身中のヴィータは答える。
「おぉ、任せたぞ」
その後、俺も行けと言われた。
ハンスと俺は侍女に導かれながら
教会の外の庭に出た。
何とそこには、バルタん爺さんが倒れている。
俺の荷物を抱えていた。
傍には部下の執事達が囲んでいる。
ハンスは素早くバルタん爺さんの元に
膝を着くと、手をかざす。
何とハンスの手は銀色に輝きだす。
ハンスは目を閉じ小声でなにやら呟いている。
呪文なのか?
バルタん爺さんは急に咳き込むと
意識を取り戻した。
「心臓発作でしょうね。戻って
しばらくは安静にしてください。」
帰る頃にはすっかり元通りの元気な
バルタん爺さんになっていたが
ハンスは先程の注意を再度繰り返し言った。
一同はハンスに深々と礼をして
馬車は出て行った。
馬車が遠くに去ったのを確認すると
ハンスは、ガッツポーズを取って吠える。
「どうですか!アモンさん」
「おい、今の治癒魔法なのか」
俺にそう言われたハンスは懐を探り
魔法陣のコピー版を取り出す。
「はい、これを元にヴィータ様から
指導を頂き、私は私は」
興奮しているハンス。
呆気にとられる俺
ヨハンもそうだがハンスもスゴイ。
「やっと私も役にたてますね」
嬉し涙を浮かべているハンス。
手伝いはしていたが
ハンスずっと傍で見て来た
戦う俺と人々を癒すヴィータを
誰もハンスを役立たずなどとは思っていない
が、他の誰でも無いハンス自身が
無力感に苛まれ続けていたのだ。
全く気が付いていなかった。
いや、考えようともしていなかったな俺は
「後ですね、これは解毒でえーとこれは」
そう言うとハンスはあちこちから
羊皮紙のメモを次々と取り出して
説明してきた。
「ハンス、お前はスゴイ奴だよ」
俺は素直にハンスを賞賛する。
それを聞いたハンスはポロポロと
泣き出し、声を絞り出すように呻いた。
「ずっと、あなたに、そう言われたかったんです」
穏やかで、いつも笑顔を絶やさなかった男だった。
でも心中はそうじゃ無かったんだな
デビルアイでは見えない大事な事だった。
明日は休日という事なので
領主とパウルの件は休み明けに回し
俺はヴィータの許可を貰って
ハンスをヨハンの隠れ家に連れて行く
事にした。
二人に治癒魔法のすり合わせを
してもらう為だ。
「こ、こんなに高く飛ぶ必要は」
次の日、俺は背中にハンスを乗せバリエアまで飛んだ。
もう、バリエア上空に居る。
背中のハンス君はくしゃみと一緒に
飛行の喜びの感想を発言中だ。
「低空じゃ目撃されるだろ」
ハンスは何か答えようとしているみたいだが
くしゃみを連発しているので
何を言っているのか分からん。
「もしかして寒いのか」
震えているのは恐怖だけでは無かったようだ。
高度を上げ過ぎたか
悪魔化した俺は温度変化とか
気にした事が無い。
「直ぐ降りるからな・・・って丁度」
俺のデビルアイ望遠モードが
戦闘中の場所を捉えた。
「丁度?」
「ヨハンが戦闘中だ。加勢するぞ」
ハンスの返事を聞かずに降下
この時点で半人化する
着地は最近習得した足の裏での重力操作だ。
翼に比べれば出力も精度も
酷く劣るが、軟着陸位なら出来る。
なにより見た目が人間のままという
替え難いメリットがあるのだ。
降下中に状況を把握する。
敵は20人程の下級悪魔で
既に半数は紫色の煙を上げ
チリ化していっている。
ヨハンとチャッキーが奇声を
上げながら奮闘中だ。
ゲカイちゃんは存在の認識を解除して
隠れてるのだろう
捕捉出来ない。
二人から離れた位置に居る
悪魔目掛けて、空中から悪魔光線を
2~3度照射、瞬間で真っ赤に
ただれた金属の塊化する下級悪魔達。
俺もチャッキーを見習って
派手に名乗りを揚げてみるか
「天が呼ぶ!地がよ」
「へーっくしょん」
「人が呼ぶ!悪を倒せと」
「へーっくしょん」
「俺を」
「へーっくしょん畜生め」
ハンスお前は凄いよ。