第七十三話
食堂にはタムラさんがいたので、
また、フルーツミックスを水筒にもらうと
部屋に戻る事にする。
途中でチャッキーが
「俺は神を信じていないが
神を信じている奴は信じる事にしたぜ」
などと意味不明な供述をしていた。
俺は「そうか」とだけ言っておいた。
部屋に入って大丈夫な状態かどうかを
確認するため、俺はデビルアイで
部屋のある樹木の外から調べる。
ヨハンは部屋外の扉前に立っている。
もう大丈夫な様だ。
俺とチャッキーは部屋に戻った。
「うわ、やっぱコレは上手いなぁ」
すっかり元通りなヨハン。
ミックスジュースがお気に入りだ。
チャッキーは飲み物よりも
浮いている物体に驚いている。
「どこから氷が出て来たんだ!!」
脱衣所では終始気絶していたので
チャッキーは初だ。
「この氷もさっきの話にも関わる事だ。
俺はコレも最終的には学べば誰もが
出来る【魔法】として定着させたい
と考えている。」
俺はチャッキーの目の前で
ゆっくりと熱交換による結露、そして氷に
変化する様子を見せながら
追加の氷を作り、ガラス容器に貯めた。
金属性のトングもオマケで乗せる。
秘術をそのまま広めるのではなく
それを元に、より安全な魔法として
この世界に定着させるのだ。
「兄貴の居た世界では、みんな魔法を
使えたのか?」
「いや、極一部の人間が作成し
その恩恵は一般市民に普及していた。
誰もが夜でも魔法の明かりの元で読み書きし
魔法の板で遠く離れた知り合いと会話していた。」
要するに科学技術で魔法では無いのだが
違いを説明するのは面倒だったので
魔法で通した。
「そんなワケでまず最初に治癒の魔法だ
こいつを完成させる。」
破壊の力よりも、治癒ならば
神父とて反対はすまい。
俺は夜なべで書き上げた懇親の一作
【魔法陣】を取り出す。
ヴィータが行った治癒の奇跡を
解析しエンチャントインクで書き上げた。
そいつをテーブルの上に広げると
俺はチャッキーに言った。
「風呂場で出来たばかりの肘の擦り傷
そいつをここに乗せてみてくれ」
チャッキーは言われるがままに
羊皮紙に書いた魔法陣の上に肘をついた。
俺は完全人化する。悪魔状態で
聖刻から力を引き出そうとすると
体が崩壊する。
人状態ならばある程度なら問題は無いが
強力な力だと、いつぞやの様に千切れ飛ぶ。
俺は聖刻からヴィータの力を借りる。
手を魔法陣に着け、力を注ぎこんだ。
銀色の光はインクに沿って流れて行き
魔法は発動した。
銀色の光、元はヴィータの黄金の輝き
なのだが、人の身体を介する事で
変質、劣化と言うべきか
見た目には色が変わる。
その光は傷の部分を覆い。擦り傷は
見る見る修復されていった。
「おぉ成功か?!」
実際に行うのは俺も初めてなのだ。
興奮に声が少し震えた。
「すげぇ・・・コイツは凄いぜ兄貴!!」
俺とヨハンはハイタッチをした。
「ただ、問題があってな」
ギクリとするヨハン。
「やってから言うかよ兄貴」
「いや、危険な事じゃないんだ。
この魔法陣を使えるのは俺だけかな」
魔法陣に書かれた文字は日本語なのだ。
当然の事ながら、こちらの文字でないと
こちらの人は意味を理解出来ない。
言葉そのものに意味があるのでは
無いのだが、術者の脳内に強烈に
イメージを構築する為には
こちらの文字で描かなければならないだろう。
俺を含めたプレイヤーは日本語を
話している。しかし出てくる言語は
聞く対象の理解出来る言語に変換されて
発音されている。
当然、こちらの世界の言語を知らない。
この仕組みで会話は問題無いが
読み書きとなると、脳が存在しない
紙とインクなのだ。
読めないし書けない。
ある程度は覚えて店のメニューぐらいは
読める程度にはなったのだが
魔法陣作成など遥かな高みにあるのだ。
俺はヨハンにそう説明し続けた。
「そこで、俺が読むから、ヨハン書いてくれ」
「ああ、お安い御用だが・・・兄貴
あんなオーラ誰でも出せるってわけじゃ・・・」
ヨハン自身も出してはいるのだが
本人、人間の目で視認出来るレベルまで
来ていない。
発動する最低限度の魔力が
どの位なのか、この術式で治療可能な
傷のレベルはどの程度なのか。
研究はこれから始まるのだ。
今は人が魔法を使用出来た。
これは将来、誰でも出来る様になる可能性
その第一歩として十分なのだ。
俺はヨハンにそう説明した。
ヨハンも理解してくれた。
「兄貴、先は長そうだが、こいつがうまく行けば」
「あぁ、不幸は確実に減る。死なないで済む
人が増えるんだ。」
喜び合う俺とヨハン。
「よっしゃ、早速、書き写すとするか」
振り返るとチャッキーはまだ
テーブルの上に広げた魔法陣の上に
肘を着いた状態だった。
まさかな
「おい、チャッキーもう肘をどけてイイぞ」
俺はそうチャッキーに話しかけるが
チャッキーは微動だにしない。
今回は治癒だぞ
いくらなんでも
そこからは無理だろ
いくらチャッキーでも
「おい・・・チャッキー?」
「嘘だろ・・・。」
チャッキーは死んでいた。