狼と魔石
本日最後3話目
少年は竹刀を振っていた。
一心不乱に振っていた。
かと思えば、次の一手は静かに振った。
横一閃に払った。
「おや、まだやっていたのかい?」
「……先生」
かけられた声にも少年は素振りを止めない。
「そんなに根を詰めても急激に上手くなることはないよ」
「だったら、強くなる、技を、教えて、くださいって」
言葉を切っているのも素振りを止めていないから。
先生と呼ばれた男はそんな少年の態度に眉一つ動かさない。自分が彼の邪魔をしていることは重々承知しているからだ。上下関係が厳しい世界であるものの、男は少年を大事にしていた。いや甘やかしていた。礼儀を後回しするほどに少年の剣技の向上に目を離せないでいたからだ。急激に強くなることはないと言いながらも、確実に強くなっている少年の将来を楽しみにしている。だが、そんな優しい微笑を少年はついぞ見ることはなかった。
男はさっと表情を変えると、厳しい声音で言う。
「今まで教えてきたことは全て強くなるための技だ。実感がないからといって今の素振りの価値を見下げるのではない」
少年は素振りを止めた。
男の言葉の真意はわからなかったが、大切な言葉であることを肌で感じる。
その言葉に隠れている怒りと素振りの型に込められた意味の深さを。
少年は頭を下げた。
「先生……すみませんでした」
「頭を上げなさい。邪魔して悪かったね。身体を休めることも強くなる秘訣の一つだ。覚えておくといい」
「はい」
「よろしい」
ふっと口端をあげて男は踵を返す。タタタと音のする方角に目を向けると、竹刀を二本両手に持った少女が少年めがけて走ってきていた。男を見ると少女は急停止。試合前に見せるような綺麗な礼をとった。そして男に。
「先生! __を倒すから見ていてください!」
「今日もやるのかい、ほどほどにね? 先生は忙しいから結果だけ教えてくれるといい」
「もう! 先生の意地悪っ」
少女は先の少年よりも礼儀がなっていなかった。
いや、所作は綺麗なものだった。だが口が悪かった。
少女は男が自分には怒らないことを知っている。溺愛されている自覚があるからだ。しかしこの場所が親子の呼び方を否定する場所であることはわきまえていた。
頬がぷくりと膨れていたが、自分の好敵手を横目にした途端、どう猛な笑みを少年に向けた。
「__! 勝負よ!」
またか、と少年はため息をこぼした。
斎藤流剣術道場へと入ってくる夕暮れの淡い光は今日も彼らに見られることなく闇に消えてゆく。
―――――
オーク騎士団と京之助は先行した三人に追いついた。
「……強いな」
京之助の呟きに反応したのは団長のゾゴルガーグ。
「ブハハ、まぁ腕は立つ方ではあるな」
少し謙遜が過ぎる表現ではなかろうかと思いながらも、先行して犬―彼らの言うフォレストウルフ(狼です)―を蹴散らしているオーク達を見やり、彼らとの戦闘を避けられて良かったと感じる京之助であった。
前方から途絶えることなく狼が増えていく。
「加勢するか?」
「貴殿がか?」
俺たちから逃げたのに?という含みを感じ取った京之助は苦笑を漏らすも前を見据えていた。だんだん殺気が強くなっていく京之助の雰囲気にオーク達は一瞬たじろいだ。彼らは騎士。その一瞬が勝負を分けることを知っている。オーク達は焦りと冷や汗をなんとか気合で押し隠した。
京之介は彼らに聞こえるか聞こえないか微妙な声で呟く。
「それじゃぁ、討伐といきますか」
そして何事かを口にした。
刹那。
爆発的な速度でその場から消えた京之助を目で追えたのはゾゴルガーグだけだった。
「っ!? はやっ!?」
先行組三人を追い越し、京之助は後続の狼たちへと肉薄する。すでに倒れている狼も多数だが、消えるように進んだ京之助の軌跡には、縫い目のような進み方をしていたであろう狼たちの、これまた縫い目のように列をなし横たわる狼たちの末路たるものが並んでいるだけだった。
「なん……だ、これ!?」
先行三人を含んだオーク達はポカンとみっともなく開けた口が塞がらないでいた。ずいぶん先には拾った葉っぱを布代わりに、刀から血を振るい、拭っている京之助の姿がある。
彼との戦闘を避けられて良かったと思うオーク達の姿には僅かに哀愁が漂っていた。
オーク達の到着を待っていたが、なかなか自分のところに来る気配がないために京之助は振り返った。何やら狼たちの死体を調べているようだった。
「どうかしたのか? 調査?」
彼らの元に戻りながら、作業をするオーク達に声をかけると、怪訝な顔をする者と呆れた顔をする者と驚いた顔をする者と様々な反応があった。しかしオークの顔の変化が判る京之助ではない。
「いや、いい素材になるぞ、皮も魔石も。鮮やかな手並みだな、損傷が少ない」
「……素材? 魔石?」
京之助にとっては、皮は何となく売れる想像はできたが、素材や魔石という言葉に違和感を感じて首を傾げた。
「わからねぇのか?……まぁ、解体は俺たちがやっとく。というかキョウ強ぇな!」
「あんな強ぇのに、なんで逃げたんだよ」
「おかげで、助かったけどよ」
「いや、お化け怖いし」
「てめぇ、またお化けって」
「ほんとにお前、どこの誰なんだよまったく」
何の役にも立たない会話をオーク達と繰り返す。見かねたゾゴルガーグは素材について教えることにしたようだ。京之助が無知であることを仮定して。そして狼の骸を指す。
「こいつらは野生の狼ではなく、フォレストウルフという魔物だ。そして魔物は爪や皮、目や内臓、体内にある魔石……はこいつだな。こういった素材が取れる。そいつを剥ぎ取って街に持っていけば金になるってことだ。キョウ殿は見たところ金もないのであろう?」
取れたての石をつまんで「魔石」をこれだと見せる。手渡された石を掌に乗せてコロコロと転がしながら、きれいなもんだな、と返す京之助に対して十五の口がそれはそれは長いため息を吐いた。犬じゃなかったのかと静かに零す。
「団長~、コイツやべぇやつだ。村すっ飛ばしてあの方のところに直行した方がよくねぇか?」
「激しく同意したいところだが、そいつはできん。あの村にも助けは必要だろう」
「まぁ、しかたねぇなぁ」
「キョウ殿、貴殿が倒したフォレストウルフの素材は我々が解体を引き受けよう。どうせ、やったこともなかろう。売り上げの幾らかは解体代として頂くからそのつもりで」
会話の内容がさっぱりだが頷いておくことにする京之助であった。そんな態度も十五の顔の三十の眼は見透かしているようだったが。
ようやく彼らの恐ろしい顔にも若干、ほんの僅か慣れてきた着物の男はしげしげと解体の様子を見て、やはり地獄絵図にしか見えないな、と思い直すのだった。
解体を終わらせたオーク一行は京之助を連れてまた歩き出す。
「それで、村にはいつ頃着く?」
京之助の質問に一行は揃ってビシッと指さした。京之助が見る騎士団初めての阿吽の呼吸にゾゴルガーグはため息を隠せずにいる。もっとましなところで一致してほしいと願うのは、指揮官の悲しい性だと肩をすくめた。
「あれが、獣人の村だ」
お読みいただきありがとうございました。




